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第10話 互いの決意

「カラフ、あなたの心の内を明かしてくれて、本当にありがとう」


 エレインの物言いは柔らかく穏やかで、あふれんばかりの慈愛を感じた。

 思いもよらぬ感情を向けられたカラフは、ただ呆然とエレインを見つめる。


 すると、彼女の顔が近付いてきて、くちびるが触れあった。

 軽く重ねるだけのキスは児戯のようなものだったが、とても優しく、温かかった。皮膚を通り抜け、心の奥まで染みていくよう。


「ごめんなさいカラフ。私、あなたの気持ちなんてなにも知らないで、理想と憧れを向けて、意に添わぬ役目を負わせていたのね」


 心の底から申し訳なさそうに目を伏せるエレイン。彼女にそんな顔をさせてしまうことが心苦しく、カラフは必死にかぶりを振った。


「ああエレイン、あなたが気に病む必要はありません。すべて、わたくしの弱い心根がいけないのです」


 しばらく二人の間に沈黙が流れた。エレインは瞳を揺らがせ、なにかを言い淀んでいるようだった。


 やがてエレインは、決然とした様子で顔を上げる。カラフが思わず息を呑むほど、凛とした気迫に満ちていた。


「カラフ、あなたはとても立派なひとです」


「エレイン?」


 唐突な称賛の意図が掴めず、カラフは首を傾げることしかできなかった。

 エレインはカラフの目を真っ直ぐ見据え、はっきりと言う。


「あなたにとって『明星』の名がそうであるように、私もまた、『王妃』という立場を、押し付けられたものとして疎ましく思ってきました」


「なるほど、我々は似た者同士というわけですね?」


 真意を察せぬままに尋ねると、エレインは首を横に振る。


「似た者同士だなんて、とんでもない。私が今までしてきたのは、王妃という役目から嫌だ嫌だと逃げ回ることだけです。

 それに比べてあなたは、『明星の騎士』としての役目を十全に果たしてきたではありませんか。そして、これからもそうしようと心を決めている。

 それはとても立派で、価値のある生き方です」


 予期せぬことを言われ、カラフは大いに混乱した。乱れた思考の中、必死で言葉を絞り出す。


「い、いいえ、それはただ、それしか道がないだけです。ただ流されるまま、求められるまま、生きる以外のすべを知らないから……」


 しかしエレインは、その美しいかんばせに柔らかな笑みを浮かべ、言った。


「そうだとしても、あなたが立派に務めを果たしてきたことは、誰もが知っています。そうでなかったら、あなたはとうに『明星』の名を剥奪されていたでしょう。

 あなたが今もその名で呼ばれるのは、あなたの努力の賜物(たまもの)なのです」


「エ、エレイン……」


 固まるカラフの手を、エレインは優しく包み込む。


「カラフ、私は改めて決意しました。

 私もあなたと同じように、与えられた役目を(まっと)うしてみせます。誰からも敬われるような王妃になってみせます。

 それが、公爵家に生まれた女の義務。何不自由ない暮らしと引き換えに、果たすべき生涯の務め。

 私は、明星であるあなたに守護される価値のある女になります」


 今このとき、エレインは間違いなく『王妃』としての顔をしていた。凛とした雰囲気を全身にまとい、威厳を備えた顔つきで、『臣下』たるカラフに宣言している。


 それはもはや、カラフの知るエレインではなかった。カラフの腕の中でされるがままになっていた女はどこにもいない。

 カラフの眼前にいるのは、一人で決意して、一人で歩んでいこうとする、美しく誇り高い王妃。


 強烈な寂寥感がカラフを襲った。母に置いてけぼりを食らった幼子のような心細さ、暗闇の中に一人取り残されたような孤独感。

 渦巻く激情のまま、様々な言葉が口を()いて出そうになった。


 立派な王妃になんてならないで欲しい。

 一生涯カラフのことを想い続けて欲しい。

 決して、王を愛さないで欲しい……。


 恥も外聞もなく(すが)り付き、涙を流して懇願してしまおうか。

 誇りをかなぐり捨てて願えば、きっとこのひとは叶えてくれる。


 だがそれは、女性として一皮むけたエレインの足を引っ張る行為だ。


 きつく瞼を閉じて苦悩したのち、カラフもまた思いを新たにした。

 心から血を流しながら、『騎士』としての顔で『王妃』へ誓う。


「ならばわたくしも、あなたに倣いましょう。明星としての役目を、生涯をかけて(まっと)うしてみせます。

 そして……王妃様。王家を守護する近衛騎士として、あなたを陰ながらお守り致します」


 騎士カラフは、『王妃エレイン』の前に跪く。

 それから恭しく手を取って、忠義を示すキスを落とした。

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