第1話 明星の騎士カラフ
いつ誰が言い出したか定かでないが、近衛騎士団に所属するカラフは、『明星の騎士』と呼ばれている。
異国出身の母譲りの淡い金髪に、彫刻のように整った甘い顔。そして、王から賜った白金の鎧。
並み居る近衛騎士の中、ひときわ眩く輝くカラフは、まさに明星の如しだった。
その名は王城内だけでなく、民衆の間にまで広く浸透し、美しい騎士を誰もが誉めそやした。
……本人が望むと望まざるとにかかわらず。
***
ある日のこと、カラフは王から呼び出しを受けた。至急、執務室へ参じるように、と。
ただちに命に従ったカラフは、机を挟んで王の御前に跪いた。
王は側付の者たちを下がらせると、カラフへ「楽にして構わない」と声を掛けた。
カラフは言われた通りに立ち上がり、王の尊顔を拝する。
巌のような巨躯を誇る王は、精悍な容貌に柔和な笑みを浮かべ、親密そうにカラフを見つめてきていた。
だからカラフも、遠慮混じりの微笑みを返しておく。
国王とカラフは共に二十五歳。同じ師の元で剣技を学んだ仲であるが、やはり一線を引く慎みは必要だ。
「突然のことですまないが、すぐにでもガーシュへ向かって欲しい」
出し抜けにそう言われ、カラフはわずかに目を見開く。
「ガーシュといいますと、現在王妃様が静養なさっている、湖畔の街ですか?」
「そうだ。王妃の護衛には騎士ハンネス他十数名をつけたのだが、ハンネスの父が病に倒れ、もう長くないそうだ。
至急、ハンネスを呼び戻してやりたいのだが、そうなると万が一の事態が起こった際、指揮をとれる者がいなくなってしまう」
「そういう事情がおありでしたか。では、ハンネス殿に代わりまして、わたくしが王妃様の護衛の任を承ります。
まずは、ハンネス殿が一刻も早く王都へ戻れるよう、疾くガーシュへと向かいます」
恭しく一礼すると、王は短く笑った。
「そう気負う必要はない。お前も、ガーシュで羽を伸ばしてくるがいい」
予期せぬ言葉に、カラフは困惑を隠せなかった。
「そうはまいりません」
「いや、これは『前休暇』だ。秋になれば、収穫祈念の儀や建国記念祭など、行事が立て続く。
『明星の騎士』として衆望を集めるお前には、騎士団の代表として民の前に出てもらわなくてはならない。それまで、とくと英気を養っておいて欲しい」
――そういうことか、とカラフは心の中で冷めた笑みを浮かべる。
大した武功も立てていない自分が民からの信望を受けるなんて、まことに滑稽な話だと思っている。
だが、平時が続いている今は、仕方のないことだ。
それでも、ただ外見がいいからといって、騎士団のマスコット的存在にされ、王家の人気取りに利用されている現状には、いささか倦み疲れていた。
「……では、お言葉に甘えて。王妃様の護衛の任に励みつつ、適度に羽を伸ばさせてただきます」
かくしてカラフは、その日の夕刻にガーシュへと発った。馬を飛ばし、約三日の距離だった。
ガーシュは森に囲まれた静かな街で、湖のほとりに王家の別荘がある。
先々代の時代に建てられた古く小さな城だが、手入れは行き届いているように思えた。街の者が管理の任を十全に果たしているのだろう。
騎士ハンネスはすでに帰還の準備を済ませており、挨拶もそこそこに、カラフと入れ違いに王都へ戻っていった。