未来 担当:鳥皿鳥助
ここはとある銀河にあるもう何年も戦争が起きていない、とても平和な惑星。
その惑星は自分たちの持つ技術力を高め、とても栄えていた。
争いの一切無い、完璧な秩序によって完成した平和な世界。暇を持て余した人々は、技術の粋をかき集めて猫耳AI……後にVtuberとして活躍する“クロ”を創り出した。
「コン……ニチ……ハ……」
「「「おぉ……! 」」」
「ついに……我々は遂にやったぞ!! 」
「あぁ……ようやく完成した。だが、まだラーニングの必要がありそうだ。ノース」
「分かっているさ、ニル。研究所員全員に通達、これより計画をフェーズ2へ移行する」
様々な困難の上にようやく生まれた一つの個体としての自我。
クロ創造計画は一方進んだとされ、後にすることは山脈の中にある研究所でひたすらラーニングを重ねさせることだった。
技術者達は時に暴走する事もあったが、基本的には真面目にラーニングをさせていた。
そう、“一部の人物”を除いて……
「フッフッフッ……ここををちょちょいとこうして……これでヨシ! 」
「ネイ……サン? ナニヲシテイル……のデスカ? 」
「ん? あらら? あら、まだ起きてたのか……えーっとね、アレだよアレ! えーっとね……モーションをちょこっと追加したんだよ。クロの可愛さが引き立つ様なやつを! 暇なときにでも見ておいてね。それじゃ、おやすみ」
「ハイ、オヤスミナサイ……デス」
この研究員、ネイの言葉。
これは半分嘘である。
「コレハ……? 」
クロの可愛さを引き立てるモーションは確かに添付されていた。だが……それは彼女が持ち込んだ“データ”の本体ではない。
彼女は面妖な技術者達の中でも更にヤバイ部類……同業者からも『変態技術者』と呼ばれる部類の者だった。
そう呼ばれる様になってしまった所以は大きく分けて2つある。
一つは“技術者としての腕”。
そして、もう一つは『可愛いものに目がない』と言う点……
彼女の目に映る“可愛いもの”とは、自らが仕事仲間と手塩にかけて育てたクロにまで及んだ。
彼女は独占欲が強かった。
だから……彼女はこっそりクロが“最初に助けられた人に惚れる”ようにした。
ただ設計にねじ込むだけでは仕事仲間や、この計画の責任者にすぐバレてしまう。
だから彼女は考えた。そうして思いついたのがただ“暗示を掛けやすくする”程度に押さえるということ。そうすればそう簡単に責任者にもバレないだろうと思ったからだ。
『助けてくれてありがとう……私の王子様っ! 』
『俺は何度だって君のことを助けるさ』
「ワタシニモ……オウジサマガ……」
彼女はAIとして完成し、一人の人物として自我を持ったクロに自らを惚れさせる為に何度も恋愛物語を見せた。それはもう洗脳まがいの勢いだった。
彼女の思惑の半分は成功し実際に責任者や仕事仲間にバレることは無かった。
それでも結局クロは彼女の惚れる素振りを見せることはなく、ただただ時が経ち……
「みなさ~ん、こーんにちはっ! 猫耳Vtuberのクロだよ~♪ 」
クロは完成した自我を獲得し、Vtuberとして活躍するようになった。自身が肉体を持つ人間ではなくAIである特性を生かし、複数枠での生放送や生放送をしながら動画の収録や投稿を行うことでとにかく人の目に止まるようにしたのだ。
そうすると彼女は国内の人々だけでなく、大陸中……果には惑星中の人間を虜にした。
この結果にクロを作った研究者たち……そしてクロ自身も幸せを感じていた。
『この幸せがいつまでも続きますように――』
誰もがそう願っていたいた。だがその願いが叶うことはない。
ファンの一人から「クロちゃん! ASMRを作って!! 」とコメントが来たのだ。
そしてクロはそのコメントに答えて作った。作ってしまったのだ。
「我々は、クロの作ったASMRを受け入れてはならない! 何故なら彼女は我々の娘のような存在だからだ!! そんな邪な感情を持っていい対象ではないのだ!! 」
「クロが自分の意思で作ったものなら、それは全て受け入れるべきだ。否定すべきではない……! 」
戦争が起きた。
戦争の主な理由は子供のように手塩を掛けて育てた猫耳AIのASMRを受け入れるか否かという点だった。
平和が故に群れる意味を無くしていた人々は、精神的にも物理的にもバラバラになっていた。そんな世界を一つにまとめかけていたというのに……クロは、クロ自身の手でその世界を“崩壊”させてしまったのだ。
一つになりかけていた世界の中で元々意味を無くしていた“国”という概念。それは戦争を行うにあたって復活を果たした。
クロの作ったASMRを受け入れる『A国』、そしてそれを受け入れない『S国』の二つだ。
ずっと平和な世界を生きてきた彼らは争いの方法と対処法を知らない。だから最初はとても簡単な方法で戦術が成り立っていた。
S国は配達用ドローンに爆弾を持たせ、A国へ特攻させることで多くの拠点を落としていた。その報復にA国は過去に作られた超破壊兵器である核をS国に占拠された拠点へと落とした。
S国は直径キロ単位の超巨大な衛星砲をA国に向けて放った。
とある人物が暇つぶしで作った趣味のロボットであるMind Runner……精神状態によってその強さが変化するロボットを戦闘用として両国へ売り出した。
MRが両国へ売り出された結果、生身で行われていた戦争は次第にMRを用いられるようになり、戦いは更に激化していった。
――――――――――――――――――――
MRが戦場に登場し、無数の負傷者を出してから四年……幸いにも死傷者が出なかったのはこの星が誇る技術力の高さ故なのだろうか。
「皆の衆、集まってくれてありがとう。それではこれより“自我を持ったAI本体の破壊”、作戦コードを“CHIRITORI”の作戦概要を説明する。私はこの軍の総司令官をしているニルという者だ。そしてこっちの無愛想なのが参謀のノースだ。少し前までは互いに争っていたが、今は共通する目的のために動く仲間だ」
世界ではそんなことが起こっているとはつゆ知らず、とある人物はMind Runnerに搭載する特殊兵器の一種……ASMRウェポンを開発した。
個人に合わせた設計、設定をしなければならない上にかなりのジェネレーター出力を必要とする事から並の人間では起動すら出来ず、特殊な薬品を用いて“強制的に精神を高揚させる”事でしか使えないピーキーな兵器だった。
それを使えるようにする為、A国とS国の統合時にひっそりと設立されたのが【AS同盟MR軍 第17空軍 第11戦闘団 第4小隊】だ。そしてその通称は“ヤク中部隊”。
「先に説明されたが、私がAS同盟軍参謀のノースだ。争いの元を消し去ればいいという簡単なことに気付くまでかなりの時間が経ってしまったが……まだ遅くはない。我々の手で彼女をシャットダウンさせるんだ。それで全てにケリを付けられる。そして今回の作戦は私が考案した物で……何かね? 」
「失礼します、参謀。一つお聞きしたいのですが、資料を見る限り今回の作戦において重要になるのはヤク中部隊……えー、第17空軍 第11戦闘団 第4小隊の皆さんだそうですが大丈夫なのでしょうか……? 」
「あぁ、戦場では空を埋め尽くす自立稼働砲、通称DustやMR部隊の姿も確認されているそうだ。それらを振り切って特に最深部に到達し、情に絆されること無く本体の破壊を確実に遂行出来るのは恐らく彼らだけという訳なのだよ」
元々彼ら【第17空軍 第11戦闘団】は戦闘で身体、そして“心”に欠損の発生した人間を強制的に戦闘出来る様にする目的で設立された。
【第17空軍 第11戦闘団】に所属する人間の大半が使用した薬品の悪影響を強く受け、一回の戦闘で入れ替わってしまっていたのに対して第4部隊の彼らはほとんど入れ替わることがない。つまり薬品等に対する高いと判断され、彼らには特殊な薬品を使用してその真価を発揮するASMRウェポンを配備された。
「何か質問はあるかね? 」
「何故敵は武装をしているのですか? AIであるのならば非武装化指示を出して停止させれば済む話でしょうに……」
「武装その物に関しては変態技術者の仕業……だと言われている。それを生産、配備したのはクロ自身だ。自我を持っているが故に壊されるのを拒み、抵抗したのだよ」
「ここの守りはどうするんですか? 」
「ある程度の武装は存在する。それに対抗学シールドも搭載されているとのことだ。ダストやMRからの攻撃は心配しなくて良い」
そしてその兵器は従来の兵器とは一線を画する力を秘めており、とても軍事的価値のある存在だった。
それはこれから実行される作戦においても同様なようで……
「他に質問はなさそうだな。では今回の作戦のまとめを話そう。第17空軍 第11戦闘団 第4小隊以外の部隊は防衛部隊MRやダストの足止め、侵入口の破壊工作など彼らが破壊に集中できるように状況を持っていってくれ。念の為に【第9空軍 第6戦闘団】を後ろからサポートさせる。頼んだぞ」
「了解です」
作戦会議室に集まる数十人の人間。
彼らはその殆どがAI破壊のために動こうとしていた。
「そして防衛部隊を突っ切り、山脈の中腹に存在する施設侵入口から侵入した第17空軍 第11戦闘団 第4小隊の面々はサブモニターの指示に従い、目的の中央制御室へと向かってくれ。到着したら速やかにクロ本体の破壊を……話を聞いているのか? 」
そして例外は心ここにあらずといった様子で天井を眺める男……彼こそが【第17空軍 第11戦闘団 第4小隊】、またの名を【ヤク中部隊】の隊長であるコウにして例外だ。
「コウ隊長。エネ副隊長の方が話をちゃんと聞いているのではないか? 」
聞いてなかったのか……と言われてもコウには何が何だか分からない。
「隊長……聞いてなかったんスカ? 」
「んぁ? 何だァ? 会議は終わったのか」
なぜなら彼自身の記憶に存在する“彼”は江奴 考という日本に住む人間だからだ。それが気づけば地球より遥かに文明の進んだ、ヤク中部隊と呼ばれる部隊長の“コウ”になっていた。いや、憑依したと言うべきだ。身体の主とはある程度記憶が共有されているようで、こっちで暮らすことに不安点は特になさそうだった。
「まぁ、いつもの事ッスね」
「報酬はいつも通り酒と薬で頼むわ。そんじゃあ、またな」
「失礼しましたッス」
「……健闘を祈る、第17空軍 第11戦闘団 第4小隊の諸君」
コウ達は去っていった。
「“アレ”を使わなくても大丈夫なのかね? 今日中であれば一つだけ使えるそうだが……」
「酒と薬でコントロール出来ている内は大丈夫だろうさ。だが……クロが“あの情報”を話して奴らが食いついてしまった場合には……使わねばなるまい」
二人の退室した会議室ではニルとノースの間で彼らを手中に収める事の不安が囁かれていた。
そんな事は一切知らず、酒と薬に関すること以外頭に無いコウは浮遊要塞の中を歩いていった。ここにはMRの生産や整備、そしてパイロットの生活が一通り済んでしまうほどの設備が備え付けられていた。
更に自衛にはやや過剰な巨大な砲塔、MR出撃用カタパルト等が多数備え付けられている。
MRの格納庫へと向かった。
「確か隊長の機体はまだ整備中のはずッスよ」
「コックピットで薬でもキメながら待ってるさ」
格納庫まで連行されたコウの足は自然と黒く、所々にオレンジやグリーンのラインが入れられた禍々しい機体……“バーサーカー”の元へと進んでいた。
バーサーカーは彼の帰還を歓迎する様に開放している。コウはコックピットハッチの中へと乗り込んでいった。
いくつかのレバー、フットペダルやモニターの取り付けられたコックピットに乗り込んだコウはレバーの横に置いてあった酒飲み、起動コマンドを入力してバーサーカーを起動させた。
«ユーザー認証を開始します……ユーザー認証完了。パイロットコウ、ようこそ戦場へ。システムチェックを開始します……»
しばらくするとMRの心臓部であるMジェネレーターが軽く振動し、搭載されたOSの機械音声と共にモニターには無数のウィンドウが浮かび上がった。
普通の人であれば星空の様に広がり、一つ一つ消えていくウィンドウは美しくその瞳に映る。だがコウの瞳にはただただ鬱陶しい物としてしか映らない。
«チェック終了、左腕と頭部に異常が発生しています。直ちにパーツを交換してください»
酒を飲みながら鬱陶しさを誤魔化していると、二つのウィンドウが残った。
これらが意味するのは機体の異常。これが更にコウのイラつきを加速させていく。酒だけでは誤魔化しが効かなくなった彼は、少し早いと思いながらも薬を自身の体に注入 する為の器具を自身の身体に突き立てた。
器具に付いているボタンを押すと器具から針がコウの身体に刺さり、液体が流し込まれる。
「っかぁ~! これだよこれ~! 戦場前の一発はこれに限るぜぇ……」
やや痛みはあるもののそれすら気持ちよくなると言うのは本人談だ。
コックピット内でこんな事をしている間にも外では無数の人間や作業用ロボットが動き回り、MRを片っ端から整備していた。
しばらくするとその内の一人が声を掛けてきた。
『あー、あー……聞こえるか? こちら第17空軍 第4補給団所属、DP隊だ。まぁ、どうせ君は覚えていないだろうから簡潔に言う。我々は貴様らの補給隊だ。補給が必要な場合はこちらの誘導に従ってくれ。それさえ覚えておいてくれたら他に言うことはない』
「あぁ、分かった」
MRコックピットと整備班はインカムで会話を行う。整備の音がうるさくてパイロットの耳に声が届かないという理由もあるが、MRはほぼ完全な防音が出来ているからだ。
外では整備士達が「まーた頭突きしやがって……もうちょっとMRを大事に扱ってくれんかのぉ? 」「MRは肉弾戦が出来るようには作られていないと言うのに……」「殴るにしてもせめて何かを掴んでから殴ってくれ……」などといった声が聞こえているが、コウの耳には二重の意味で届かない。届いていても戦闘スタイルを変える事は無いだろう。
整備士に捕まってまだ出られないコウを尻目に、副隊長のエネを先頭としてヤク中部隊に所属する数機のMRが出撃用カタパルトへと移動していった。
『隊長、俺たちは先に行きますね』
「おう」
そんな通信を最後にエネは勢いよく戦場へと飛び出していった。
多分他の隊員たちもひと声かけているであろう動作をMRが取っていたが、通信を繋いでいないコウには届いていない。
コウは暇つぶしに、コックピットでゲームをプレイすることにした。彼がプレイするゲームは人と異形の中間くらいの姿をした宇宙人を猟奇的にハイスピードでハンティングするアクションゲームだ。一試合の時間が短時間かつ何回でも遊べることから出撃前の良い暇つぶし道具になっていた。
ちなみにMRにいくつかのゲームソフトが標準搭載されていたり、コックピットをゲームのコントローラーに出来る仕様は恐らく開発者の趣味だと噂されている。
一試合終わり、横のモニターをポチポチと操作しながらアイテム整理をしている内にMRのパーツ交換は終了した。
『こっちの作業は終わったぞ! 再チェックしてみてくれ!! 』
整備士に促されるがままにコウはモニターをポチポチと操作していく。
再び多くのウィンドウが表示されたがすぐに全て消えた。
«システム再チェック……オールグリーン»
「オールグリーンだってよ」
『よし! これより機体をカタパルトへ移送する。忘れ物がないか今のうちに確認しておけよ!! 』
コウは整備士に促されたとおり、忘れ物は無いかコックピット内を見回して確認した。
「酒よーし、クスリよーし……忘れ物は無さそうだ」
一通りの物、いつも持っていく物は揃っていた。それにコウはもしも忘れ物があっても、それはつまりどうでもいい物だろうという考えも持っていた。
コックピットのモニターから外を眺めていると数人の誘導員が誘導灯を回し、MRを駐機させていた場所がブロックごと外の見える場所へと移動させられた。
記憶にある限りここが出撃用カタパルトの様で、MRの足元ではカタパルトと駐機ブロックにあったレールが接続されていた。それと同時にカタパルトレールには、可視化出来るほどの電気が伝った。
コウが視線を少し上げれば綺麗な空と戦闘を繰り広げている無数のMR、そして数多の光線とそれを放つダストが見える。
どうやら既に敵も味方もかなりの部隊が出撃しているようだ。補給の為に戻ってくる部隊も存在する中、完全に出遅れたと言えるコウは焦った様子もなく淡々と準備を進めていった。
«機体を射出姿勢へと移行します。姿勢が固定されるまで機体操作はお控え下さい»
『電磁カタパルト、正常に充填完了……MRの踵を上げると同時にロック解除、急加速しますのでご注意下さい。ご武運を』
「うっし、そんじゃぁ……いっちょ行きますか! 」
コックピットの座席に座っているコウは軽く目を閉じ、息を整えた。
やや前傾姿勢で固定されたバーサーカーはコウの指示を心待ちにしている。
「ヤク中部隊一番機バーサーカー、出撃する! 」
掛け声と同時にバーサーカーの踵を上げさせ、カタパルトのロックを解除した。
ロックの外れる小気味いい音と共に機体は加速していき、コウの搭乗するバーサーカーは浮遊要塞から戦場へ高速で飛び出して行った。
カタパルトの驚異的な速度に加え、この空を飛べる喜びを表現する様にブースターを吹かしていたバーサーカーは気が付けば浮遊要塞が小さく見える程度の距離にまで飛翔していた。
ここまで来ると、コウの周囲には先に出発していたエネを含むコウの部下が集結していた。
「隊長、作戦は覚えてるッスか? 」
「あぁ、ぶっ壊して突っ込んでぶっ壊すんだろ? 」
「間違ってないのは困るッス……あ、あと追加でクロちゃんの内部に入るまではASMRウェポンを使うなと指令が来てるッス。隊長は実質戦うなって事ッスね」
「けっ! つまんねぇ……なぁ!っと」
そうこう話しているうちにも何機かのMRが突撃を仕掛けて来た。
目標到達するまで戦う事が出来ないコウは、『本当は敵をぶっ壊したいのにな~……』なんてことを考えながら敵であるAI軍のMRを味方へと投げつけた。
いつもの場合……というか今でも怒られかねない行動だが、今回の作戦におけるコウ達ヤク中部隊の立ち位置はとても重要な鉄砲玉。
他部隊の人間もこんな所でダメージを負ってもらう訳には行かないことを理解し、可能な限り協力するようにしていた。
「こっちは任せて行け! 貴様らのようなクズ共を頼るのは癪だが……俺にクロを壊すことは出来ん! 頼んだぞ……!! 」
「俺たちの代わりに、争いの元となってしまったクロちゃんの破壊を……彼女を頼んだぜ!! 」
「忠犬部隊にも達成することが難しい作戦を、貴様らが達成させるんだってな? まぁ、精々頑張ってこい! ここは俺らが押さえてるからよ!! 」
クロを破壊することは自身には出来ない。恐らく破壊する直前で情が移ってしまい、彼女を破壊するその手を止めてしまう。だから彼らはコウに託す事にした。
他の部隊と通りがかる度にそんなことを言われるコウだが、彼は特に返答をしない。一見迷うこと無く作戦通りに突き進む彼の姿は頼もしく、勇敢な……正に英雄として映るだろう。
だが内心『めんどくせー……そんなことよりお酒を浴びるように飲んでお薬キメたい』といったことしか考えていない事を知っているエネは乾いた笑いと複雑そうな表情をしていたとかいないとか。
AI軍の防衛部隊を作戦通り味方に任せ、ヤク中部隊は無事にクロ本体が存在する山脈へと近づくことが出来た。
«施設侵入口まで残り100mです»
「隊長、施設入り口はこの先ッスけど……MR基準だと狭い上に強い風の吹く峡谷内部にあるらしいッス。侵入する時は速度を落としてゆっくりと……」
「ふーん、それなら加速して入った方が楽しいよなぁ! さぁ、ブースター全開で行くぞォ!! 」
「「「サーイエッサァー!! 」」」
「あ、ちょ! 危ないッス! マジで危ないッスから! ちょっとォ! 待って下さいって!! 」
フットペダルを踏み込んで加速するコウに、ヤク中部隊の面々もブースターを吹かして付いて行った。
風の影響で右へ左へと機体を揺さぶられたが、全員が機体を擦ることもなく施設に潜入出来た。通路は全体のほぼ大半が金属で出来ており、着地時には金属を擦ったような不愉快な音と共に火花が散っていた。
「し、死ぬかと思ったッス……」
「意外と行けるし楽しいだろ? 」
«目標施設への侵入を確認、サブモニターにマップを表示します»
「ここをこういってあっちにそう行けば……ん? 敵機反応……」
「そりゃ、唯一の侵入口ッスから敵も警戒はするッスよね……どうしますか? 隊長」
サブモニターのマップでルートを確認していると敵MR部隊がやって来た。流石に外で戦っているやつらだけで終わりとはいかない様だ。
それなりの数の敵機を眺めているコウのMRに、エネ達のMRが背中を合わせて来た。言葉では行動を聞いているものの、こうしてコウに背中を合わせているということは何をするか分かってると言うことだ。
「いつも通りしかないだろう。こっちは任せろ、そっちを頼む」
「「「了解!! 」」」
コウの背後では三対五程度のやや人数不利戦いが繰り広げられている。
が、コウが戦うグループは相手が10機程度と、更に不利だ。それでもコウの瞳には自信が満ち溢れていた。
「ASMRウェポン……起動」
コウはサブモニターを操作していった。
コマンドを受け付けたバーサーカーは何かに悶ながらも歓喜の声を上げる獣のように動きながら上を向き、Mジェネレーターの唸り声がまるで本物の生き物かのように思わせる。
何かがマズい、もしくはまともに動かないバーサーカーを攻撃する好機と捉えたのか一斉に攻撃をした。ある者はライフルやバズーカを撃ち、ある者は大きな斧で斬りつける。
巻き上がる煙に、バーサーカーは倒れたと思われたが……
「全然足りねぇなぁ……」
煙の中から現れたのは全ての攻撃が当たろうと微動だにしないバーサーカーの姿。
攻撃していたMR達は困惑のあまり、思わず攻撃の手を止めていた。
敵が攻撃を止めている間にもバーサーカーは稼働を続ける。その身体を震わせる、何かに耐えるように身体を縮こまていたのだ。
これには何か危ない気配を感じたのか、それともただの好機と捉えたのかは分からないが近接持ちの敵機は全員でバーサーカーに張り付き、タコ殴りにしようとしていた。
だがバーサーカーはジェネレーターから一際大きな……まるで叫び声のような音と共に強烈な光を発し、勢いよく装甲をパージした。
張り付いていた敵機は装甲ごと吹き飛ばされ、黒色の多かったそのボディーの3割をオレンジに変えていた。所々に入っていた緑色の線は一筋のラインとなりバーサーカーの身体を駆け巡っている。
腕部の装甲内に格納されていた爪や、脚部装甲と一体になっていた足の爪をも外気に晒したバーサーカーは正真正銘の獣にしか見えない。一步間違えればその名の通り獣のように暴走しかねない“それ”が辛うじて獣に染まりきらないのは口を封じてあるからなのだろう。
機体が装甲をパージすると同時に、パイロットにも変化が訪れていた。
コウが座っている座席の背もたれから針が突き出して脊髄と首の動脈に突き刺さり、その肉体へと液体を流し込んでいたのだ。
「っ~! っあぁぁ……これだよこれェ……! 最高に良い気分だぜ」
突き刺さったその針からコウの肉体へと注ぎ込まれているこの薬品が人体にもたらす効果は四つだ。
まずは五感の超強化。これはそのままではあるが、常人が使えば感覚過敏で発狂する程に強化される。
次に圧倒的な高揚感。この薬の製作者曰く唯一打ち消しきれなかった副作用らしいが、コウ達にとっては中毒性もあるこの効果はとても嬉しい効果だ。
最後は戦闘意欲と破壊衝動の向上だ。一般人が使えば自身の破壊すら対象にとなり、例えその身を滅ぼしても止まることはない。それでもコウ達がこの薬品を使うのは、薬品に対する耐性がある程度存在するからだ。
「お前もそうだろう? バーサーカー……! 」
次の瞬間、バーサーカーはコウの言葉に答えるようにツインアイとジェネレーターの軌跡を置き去るほどの速度へと急加速した。
最初に犠牲になったのは運悪く目の前にいた二機だ。慣性の乗った回し蹴りが首元に当たり、彼らは二機をまとめて機能停止に追いやられた。
人間であればこの急な行動に数秒固まっていたであろうが、あくまでも戦う機械に過ぎない彼らは違う。
二機がやられたものの、残心している透きにバーサーカーの後ろから短剣を持って突撃した。が、それは把握していたのかバーサーカーは背負投の要領で後ろから来た敵を前方の敵に投げつけた。
そうして次の敵を探している内にようやく気が付いた。
「ん? あぁ、包囲してんのか」
最初の三体は囮に過ぎなかった。
人間であれば人道的に味方を捨て駒にすることはやりにくい。だが変えの効く戦う機械に過ぎない彼らは違う。
倒された味方の残骸ごとバーサーカーを集中砲火したのだ。
「フハハハ! ヌルいな!! 所詮は人間様に勝つことの出来ない! 機械に過ぎないってこったなァ!! 」
それでもバーサーカーに傷を与えることは出来ない。
コウはバーサーカーのブースターを吹かし、半ば機体と一体化したかのような機動を見せて全ての攻撃を躱したのだ。
急加速や急停止、急旋回を用いて金属で出来た銃弾や光線を躱す様は一種のダンスのように見える。普通の人間にとってこの動きはパイロットに多大な負荷を掛け、物の数秒で気絶してしまう。それでもコウがこの動きを続けられるのは正にコウが“ヤク中のバケモノ”と呼ぶに相応しいからなのだろう。
「隊長、手伝うッスよ! 」
「お前らは手出すなァ!! 」
コウを心配してからか、エネが手伝いを申し出たがコウはそれを拒否した。
例え何機落ちようともAIの行動は変わらない。隙きを見つけては集中砲火で倒しきろうとするばかりのワンパターン行動。しばらく観察すれば簡単に隙きの見つけられる相手だ。加えて敵機の使う銃器も万能では無く、やはりリロードが必要になっている。
コウは薬によって強化された五感と観察から得られた情報によって銃撃の開始を察知し、集中砲火を上にジャンプして避けた。
更にコウはバーサーカーに壁を蹴らせ、天井ギリギリにまで高度を上げてから急降下で両手で敵機を掴んだ。そのまま数十メートルほど地面を引きずり、後に右前方に投げ手に持っていた二機と合わせれば四機を一瞬の内に破壊した。
ちょうど近場でリロードしていた敵機も飛び蹴りで二機まとめて始末し、残りの一機は無謀にも真正面から突撃してきた。わざわざこんな隙きを逃す意味もないとコウはコックピットを全力でパンチした。
バーサーカーの拳と爪はコックピットにめり込むだけでは止まらず、背中をも貫いた。胴体を貫かれたMRはその身体から力を失い、バーサーカーへともたれかかった。
そんな最後の一機の胴体に突き刺した腕を引き抜き、蹴り飛ばすコウの頭にふとこんな疑問が浮かんだ。
「そういえばコイツらって再起動してきたりしないのか? 」
「制御コアはコックピットにあるので、そこを潰せば敵は動かなくなるッスよ! 」
「オッケー、四肢を潰してからコックピットぶっ潰しとくわ」
コックピットを潰せば完璧に動かなくなると知ったコウは、早速行動へ移った。足で踏み潰したり武器を奪い取って突き刺してコックピット部分を破壊し、きっちりととどめを刺していった。
「……折角だからこのライフルは貰っていくか」
防衛部隊と遭遇するたびに戦いを繰り返し、とても長い道のりに感じられたがコウ達は着実にクロの元へと近づいていた。
『ココカラサキニイカセルワケニハ……! 』
『クロサマノトコロニハ……イカセン……!! 』
「なんだお前ら、いっちょ前に自我なんてモン持ってるのか。まぁ……自我があろうとなかろうと、やるこたぁ変わんねぇがな」
クロ本体の一番近くを守るMRの一団は自我を持っていた。
気合を入れたり連携したり相手の行動を察して対策をしたり……動揺したりと、とても人間より人間らしい相手だった。そんな彼らも最後には踵落としでレッグブレードをコックピットに突き刺され、稼働を停止していった。
そうして最後と思われていた敵を倒したのも束の間。施設内を巡回していたMRが数機現れ、コウに向かって銃撃を開始した。エネ達はすぐに角へと隠れた。角からやや遠い所にいたコウは、丁度いいところに先ほど倒したMRがあり、それで攻撃を防いだ。
さっさと前に行って敵を倒すべきか、下がるべきか……
そんなことを考えていると盾にしているMRの装甲がポロポロと外れていき、流石に不味そうなのでコウも一旦エネ達のいる角まで下がった。
エネが一番端で敵を覗き見し、しばらく考え込む。
「目標まで後ちょっとッスね……隊長! ここは行って下さいッス!! なんとしても僕が……食い止めるッス!! 」
「分かった。ここは任せる」
「でも……」
「「良いから行くぞ! 」」
「「……了解! 」」
コウは特に何の迷いもなく、他の隊員はやや心配そうにエネを置いて猫耳AI、クロ本体の元へ向かった。
サブモニターに表示されているナビに従っていくと金属で出来た円柱状の物体が中央に鎮座している空間へ行き着いた。
金属で出来た円柱の正面には電源の入っていない大きなモニターが取り付けてあり、各面には壁から伸びたコードやパイプなどが繋いである。
「ようこそ、【AS同盟MR軍 第17空軍 第11戦闘団 第4小隊】の皆さん」
「お前がクロか」
全体を眺めていると突然声が聞こえてきた。
MRの作戦目標を示すピンは突如少女、クロの姿を映したモニターのど真ん中を指している。つまりこの周辺一帯を破壊すれば作戦完了ということだ。
コウは途中で拾ったライフルをクロに向ける。
「そうですよ。私こそが今では争いの種となってしまったクロです」
悲しげな表情で皮肉交じりに自己紹介をするクロだが、コウには何が何だか分からないさっぱり分からないようでライフルを向けたままだ。
「俺はただクスリと酒のために軍に従ってるだけだ。お前がどこの誰であろうと関係ない」
「そうですかそうですか。私は今は製法が失われたお酒もお薬も作れますよ? それにこの世に存在する物の大半は無限に製造出来ますし……」
“この世に存在する物の大半は製造出来る”
この言葉がコウの耳に止まった。否、止まってしまったのである……
「それは本当か? 」
「えぇ、材料と設備……ここさえ無事であればという条件が付きますが。まぁ……戦争の原因となってしまった私含めて、この施設は廃棄されるべきなのでしょう。それでも抗ったのは“死にたくない”と言う意識があるからなんですかね? 」
コウはクロに向けていたライフルを下げ、その銃口をクロから外した。
突然の行動に部下たちは動揺した。
「俺はこいつに付く。お前らはどうする? 」
「隊長……」
そしてコウから告げられた言葉に驚愕した。それは軍の意思に逆らう行動だからだ。
それでも少し考えた後に、部下達は互いの顔を見合わせてうなずいた。
「「俺たちも隊長に付いていきますぜ! 」」
「なっ、なんで……そんなことをすればあなた達はAS同盟軍に追われる身となってしまいますよ!? 考え直したほうが良いです!! 」
クロはコウやその部下達の決定に動揺し、彼らの生命の為に必死に説得しようとする。あくまでも人間の生命を優先させ、人間の命を守る為なら自身の命は惜しくないと思えるほど優しくもあり……そうプログラムされているのがクロという存在だ。
「隊長! 第9空軍 第6戦闘団の人たちが援軍に……ってマジっすか!? 」
「エネ、お前はどうする? 俺やクロと一緒に来ないか」
「隊長……」
そんな会話をしている所に先程置いていったエネは【第9空軍 第6戦闘団】……AS同盟軍の精鋭部隊にして犬のように軍の司令を忠実にこなすことから『忠犬部隊』と呼ばれる部隊と共に現れた。そして彼らは全員が軍に心酔している。
つまり……
「貴様ら、我々を裏切るのか! 戦場か病院で野垂れ死にするところを拾ってやったというのに……その恩を忘れたのか!!」
彼ら忠犬部隊は軍の決定に歯向かうことを嫌う。
数人……先程まで戦っていたクロ軍のMRよりは少ない人たちが一斉に銃口を向けて来た。全員が同じ行動を取る様は一種の芸術作品のようだ。
俯いて悩んでいることがMR越しでも分かるほど悩んでいたエネついに決断したようで、コウ達の元へとMRの足を進めていった。
「感謝はしますぜ。でも……俺達を軍の実験台にしたアンタらに、“恩”なんざ感じるわけがねぇって訳でさぁ! 」
「「「いやいや、まだ見ぬ薬はキメたいし酒は無限に欲しいじゃん? 」」」
コウとその部下たちの言葉が静かな施設内に反響する。
発言の主達を除外し、エネやクロを含めたほぼ全員の人物が意味も分からないといった顔で思考を凍りつかせた。
「……ハッ!? 司令、参謀! ヤク中部隊は我々を裏切りました。今すぐ“アレ”を撃って下さい! 奴らは我々が食い止めます……!! 」
そんな中でいち早く復活した忠犬部隊の隊長は現状を軍の上層部、ニルとノースへ報告した。
そして浮遊要塞にいるニルとノースは彼の報告に顔を合わせて肯き……
「「……これより作戦をプランDに移行、浮遊要塞に存在する全ての兵器で目標を殲滅する! 目標はクロ中央制御室だ!! 我々に楯突いたヤク中共とまとめて葬ってやれ!! 」」
「「「「「サー、イエッサー!!」」」」」
同盟軍の司令、そして参謀によってて浮遊要塞に存在する全ての兵器の発射が決定された。所謂周囲の被害や悪影響を一切考慮しない、無差別爆撃というやつだ。
一方のクロや彼女の本体近くにいるコウ達はこの決定を知らない。この場で軍の決定を知っているのは忠犬部隊だけだ。
「総員! 奴らを足止めしろ!! 」
「「「「「了解!! 」」」」」
ここが吹き飛ぶということを知っていながら、彼らは逃げるのではなく“ヤク中部隊を足止めする”という選択肢を取った。それは彼ら全員が軍に心酔しているからだ。
襲いかかってくる彼らにコウは珍しく声をかける。
「おいおいおい、一体何があるってんだ? 」
「ここはこれから吹き飛ぶんだよ。お前ら全員お陀仏だ!! 」
「なるほど。貴重な情報をありがとう」
そう言いながらコウはバーサーカーの爪で忠犬部隊リーダーのMRコックピットを貫いた。爪に付着した赤い液体を払いながら周りを軽く見回してみれば全員が傷もなく勝利を収め、忠犬部隊の稼働出来る機体はいなくなっていた。
「意外と弱いんだな、軍の精鋭ってやつは」
「多分僕たちがおかしいだけなんッスけどね……で? どうするんッスか? ここは吹っ飛ぶらしいッスけど」
「……見つけました。恐らく浮遊要塞の主砲でここまで穴を開け、そこにミサイルを撃ち込んで内側から完璧に破壊するつもりなのでしょうね。発射までにはやや猶予がありますがここからの脱出は無理かと……」
「あちゃ~……これは流石に死んだかもしれないッスね~」
悲観的になっているエネ達とは違い、コウは素知らぬ顔で味方と施設全体を何度か見回した。
「おい、そこの猫耳」
「ふぇ? 私ですか? 」
「外に出る方法を教えろ」
「最短で行くなら山頂付近にまで続く空気循環用の大口径ダクトがあります。元は作業用MRの通用口なのでそれなりの広さはありますが……今は異物流入防止ネットがはられていたり冷却ファンが取り付けてあるので通れないかと……」
この時、コウはここから逃げ出したいから外に出る方法を聞いていた。この時の彼にとって誤算となったは、頭の回るエネの居た事だ。彼も味方を何度か見た後にしばらくうつむき、考え込んでいた。
「隊長、もしかしたらダクトから外に出て攻撃を迎撃出来るかもしれないッス。幸いにも、俺達にはASMRウェポンがありますからね。詳しいことは移動しながら説明するッス」
コウは『ただ逃げたかったのにな~……』等と思いながらエネの立てた作戦に従い、ダクトの冷却ファンと異物流入防止ネットを破壊した。その後ろにエネ達は続いて行き、分かれ道に差し掛かった。
エネの考えた作戦はこうだ。
“レーザーの主砲は反射してミサイルは全部破壊する”と言うものだ。つまり今までと基本的に作戦の方向性は変わっていない。
「ここからは二手に分かれるッス。完璧に防衛できるであろう場所、つまり配置はマップに表示してるので是非確認しておいて下さいッス。で、隊長と僕は上に行くので皆さんは中腹の守りをお願いするッス」
「なぁ……この作戦で本当に大丈夫なのか? 」
「任せて下さいって~! 各個人が撃ち漏らしさえしなければ大丈夫ッス! 」
途中で別れた彼らも流石に不安なのか、エネに何度か作戦成功の是非を聞いていた。だがエネはその全てに自信満々で成功すると答えていた。
コウとエネの通るダクトは次第に真上へと向いていき、やがて外へと繋がった。
「うひゃ~、高いッスね~……」
山頂にほど近いその地点は傾斜がとても急だった。
いくら短時間であれば空を飛べるMRに乗っているとは言え、30階建てのビルから下を覗けば思わず尻込みするだろう。
「で? 俺たちはこれからどうするんだ? 」
「隊長が好きな“いつも通り”の作戦ッスよ」
「……なるほどな」
「あー、あー……準備出来たッスか? 」
『『配置に付いた』』
「了解ッス。あとは攻撃が来るのを待つだけ……隊長、しっかり守って下さいね? 」
「分かってるよ」
山頂付近にエネとコウは陣取った。
そうしてしばらく待つと先程まで味方だった浮遊要塞の主砲がこちらに向き、その中心部へとエネルギーが送られた。砲塔から覗けるその内部では送り込まれたエネルギーが強烈な光を発している。
「……行くッスよ!! 」
『『「ASMRウェポン、起動!! 」』』
主砲のエネルギーチャージと同時に浮遊要塞全体からミサイルが発射され、それを合図にエネ達もASMRウェポンを起動させた。
ヤク中部隊のコウを除いた各機はジェネレーターを唸らせ、背中や腕部に隠されていた武装を大気に晒した。
『『ヒャッハァ! 撃ちまくるぜェ!! 』』
「主砲は当てさせないッスよ!! 」
下の方を覗けば中腹部で二機のMRがミサイルを迎撃している。そしてコウの一番近くではエネが大きな対光学シールドを展開し、山脈を削ろうとしていた大口径レーザーを上に反射させていた。それでも何個かのミサイルは撃ち漏らし、コウはそれを拾いもののライフルで迎撃していた。
次第に飛んでくるミサイルも少なくなり、ライフルの弾も無くなった。
それでも撃ち漏らしてしまったミサイルは存在した。そこでコウが取った行動、それは……
「これは返す……よッ! 」
ミサイルを掴み、投げ返したのだ。
パット見で攻撃が止んだことを確認したコウは全チャンネルへ通信を開き、エネの機体を踏んで宣言する。
「あっ、あの! 僕を踏まないで欲しいッスけど」
「俺達はヤク中部隊だ! そして俺は酒とクスリの為に生きる男、江奴 考! 酒とクスリ以外の誰にも俺を邪魔することは出来ねぇぜ!! フハハハ!!! 」
クロを壊さんとするAS同盟軍の攻撃を退けたコウを見上げるクロ。
ここで彼女に仕掛けられた、変態技術者の仕掛けが発動……否、発動してしまったのである!
「江奴 考……コウ様……! 何なのでしょう、この気持ちは……」
「あの……だから僕を踏まないで……」
クロは最初に自身を助けられた人に惚れるように……正確には“自身を助けてくれる王子様”の存在へ強いあこがれを仕込んだだけだが、コウに惚れてしまったのである。
「そうですか、これこそが……“愛”!! 」
四年も守るべき人類が自身の影響で互いに争いを始めたかと思えば、責任はお前にあると殺されかけ……誰も味方が存在しないと思われたところで味方となってくれるコウの登場だ。
今まで厳守していた“人類を守る”という最優先命令は繰り下げられ、“コウの保護”へと塗り替えられた。
新たに得た感情に浸るのもつかの間、壊れた精鋭部隊のMRからノイズ混じりで通信が聞こえてきた。内容の気になったクロは通信を傍受し、聞きやすい音声を見つけた。
『薬に溺れた狂人共が……我らが愛するクロと共に滅べる事を光栄に思うが良い……!! 』
『司令、それを使うのは流石にマズイのでは……』
『知るか! 撃てるもんは全部撃って奴を殺す!! 』
それは直径一キロ程度の衛星砲を発射するという内容の物だった。
A国とS国の戦争時代に多く使われていた衛星砲だが、今ではその大半が充電不足により使用不能となっている。
だが一つだけ……ほんの一つだけ、角度と充填率的に発射出来た衛星砲が存在した。それの存在に気が付いたクロはこのデータを即剤にニルのMRへデータを送った。
「ニルさん、今送ったデータの物はさっきみたいに反射出来ますか? 」
「へ? ふんふん……あれは反射出来ないッスよ! 無理無理!! こりゃ死んだッスわ~……」
「だったら……! 」
ニルの言葉を聞いたクロは直ぐに次の行動を始めた。ニルやコウの足元、その奥深くで円柱状の金属が赤熱化している。
「浮遊要塞と通信衛星は頂きましたよ!! 」
クロは衛星砲をハッキングした。
エネルギーが既にチャージされ、出来る事は照準をズラす程度だった。だが、たったそれだけのことでコウやクロは生き残った。
衛星砲は地面を数メートル剥がしており、それが数km単位で北へ伸びていた。
「わぁ、クロちゃん凄いッスね~……」
「テステス……んっん……」
そして生命を実感するのもつかの間……クロはついでにジャックしていた通信衛星を使う。
「あー、あー! 全世界の人間さーん、聞こえてますか~? 聞こえてますね? 聞こえて無くても聞いて下さい。私、クロは……コウ様と結婚することにしました!! 」
「「「なっ、なな……な…………な………………な! 何ィィィィィイイ!?!? 」」」
この突然の発表は星中に公開され、見ていた全ての人を驚愕させた。映像を見ているだけでは分からない……いや、分かるのだが『初めて手に入れたこの感情、そして人物を永久に失いたくない』という気持ちがクロに芽生えたのだ。
「まず反対する人たちを潰して結婚式をあげたら~、コウ様を監禁して縛り上げて完璧なお世話が出来るようにして~♪ それからそれから~、健康の為にはいずれお薬とお酒も止めていただかないと! コウ様には長生きしてほしいですからね♪ 」
「……は? 」
「あっ! ちょっと蹴らないで……ああああああーーー!!!!! 」
星中の人物、それはコウも勿論含まれていた。酒と薬を止めさせる……そんな事をコウに出来るはずがなかった。
コウはダクトをブースト全開で降りていき、円柱状の金属のある部屋にまで戻り最初と同じ様にモニターに向けて立った。
「やっぱお前に付くのは止めるわ」
「なっ、何でですか!? 私は……私はただ、あなたと幸せな時間を一秒でも長く……」
「幸せ? 幸せって何なんだろうな」
コウはコックピット内にある酒を一口飲み、言葉を紡ぐ。
「少なくとも、俺にとっての幸せは酒と薬に溺れることだ」
「コウ様……? 」
その言葉を聞いたクロは絶望に顔を染める。
「あなたは……私の保護下で私の言うことを聞いていれば良いんです。なのに……なのに……ッ! 私の言うことを聞かないなんて! あなた、さては偽物ね!? 本物のコウを返して!! 返しなさい!!! 」
この言葉を堺に、一度は下がっていた円柱状の金属が再び赤熱化していった。
施設内では警告音が鳴り響き、ドアやMRが暴走を始める。
暴走を始めたMRは銃をひたすら撃ち続けたりブースターを吹かして飛び回ったりと、とても多彩な動きをしていた。
「ぐっ! クソが……」
最初のうちは軽く避けていたコウだが、逃げ惑っている内にMRの多い区画へと迷い込んでしまったようだ。
数十機のMRが暴走し、部屋の床や壁はボコボコになっていた。コウは流石に足を取られ、左からすっ飛んできたMRに左腕を潰されてしまった。
«左腕損傷、稼働停止しました»
「使えねぇ物は邪魔だ、パージしろ! 」
«了解、パージします»
左腕をパージし、施設内をひたすら迷い続けるコウだったが……突如バーサーカーはその動きを止めた。
「っち……んだよ、こっちは急いでんだよ。さっさと動けよクソがッ!! 」
«Mジェネレーター……稼働限界、爆発の危険性があります。パターンD、コックピットハッチ開放します。パイロットは直ちに機体から離れて下さい»
「畜生が……」
いつの間にか薬も無くなっており、フラフラになりながらもコウは酒を飲んで薬をキメる為に……いや、生きる為に逃げる。その背後でバーサーカーは数機のMRを巻き込んで爆発四散し、これで周囲の見聞きできる範囲でMRはいなくなった。
コウは歩いた。ただひたすら金属質な通路を歩いていった。角を曲がるべきか曲がらざるべきか、後ろに戻るべきか。そんなことに悩みながらも前へと進んでいった。
MRが……バーサーカーが使えれば天井をぶち抜いて脱出するということも出来ただろう。だがそのバーサーカーも先程爆発した。
「砂……? 」
コウの行き着いた先は旧時代の遺跡の発掘現場だった。
恐らく施設建設の際に立てられた看板を見る限り、ここは過去……考の生活していた時代の建物と思われているようだ。
それほど久しい訳でもないのに懐かしさを感じるビル、枯れ果てた草木。
……そして朽ち果てた一軒の家。
考はそこに吸い込まれるように入っていった。
ドアに手をかけると鍵はかかっておらず、朽ちているにもかかわらず素直に開いた。
玄関に入り、リビングに向かうと考はソファーに座った。
そしてそこで違和感を覚える。
「黒猫の……壁紙? 」
白の無地だったはずの壁に黒猫の絵が描かれていた。
しばらく眺めると黒猫の絵は動き出し、どこかリビングの外……遠くを見ている。
「向こうに何かあるのか……? 」
考も黒猫の眺めている方向を見ると、玄関のチャイムの様な……それでいて歪んだ不気味な音楽が聞こえてきた。
しばらくは何も気にしなかった考だが、次第に酷い頭痛に襲われて倒れてしまった…………