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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
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ちょっとでいい、

 馬村がそう言うのには、ちゃんと理由がある。馬村とて、女の子を師匠に紹介するなど進んでしたいものではない。揶揄われることは受け合いだし、何なら師匠が事実を脚色しまくって、新藤を馬村の恋人だと認識するところまで予想できる。だが、馬村は師匠には頭が上がらない。それを知っている師匠は、事前に手を打っていたのだ。

 それは、馬村がまだ中学生だった頃の話。師匠は馬村を正座させ、自分は椅子に踏ん反り返って座っていた。師匠は手に竹刀を持っている。


『いいか、少年。浄化師になりたいって子が、いつかお前の前に現れる』

『え?』

『いつか必ず、お前を1人にしないやつが現れるって言ってんだ。賭けてもいいぜ』

『はぁ』

『興味なさそうだな』

『いやそれ成績に関係あるのかなぁ〜〜と』


 椅子に座っていた師匠が、一瞬で竹刀を馬村の首につけた。竹刀がいやに冷たいのは、恐怖のせいもあるのだろう。


『ほぉ?』

『いや、僕は勉きょ』

『首、大事にしたくないんだ』


 馬村の首に竹刀がめり込む。


『いえ僕にがっつり関係してます、僕の僕による僕のための話ですね、うわーナカマッテウレシイナァ!』


 馬村はやけくそであった。師匠は満足げに笑い、馬村の首につけた竹刀はそのままに、馬村を脅す。


『連れてこいよ』

『え』

『その子に浄化師を諦めるよう言うのもなしだ。お前の元にその子が現れたら、確実に連れてこい。なんならその日のうちに連れてこい!』

『いや僕が言わなかったら師匠わからないんじゃ……』

『ほぉ?』

『え、嫌、だって』

『ほぉ?』

『ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!嘘嘘嘘嘘!紹介します、させてください!』


 馬村は当時の会話を思い出して(正確にはその時の竹刀の冷たさを思い出して)新藤を連れて行かざるを得ないのである。思わず溢れそうになるため息を飲み込んで、馬村は新藤と共に馬村の家へ向かった。好きな人とか嫌いな先生とか、この世界に果てはあるかとか、そう言った愚かにも高校生らしい話題を話すでもなく、2人は粛々と歩を進める。その会話は特筆すべきものとは言い難いが、それでも敢えて描写するとするならば、こんな感じだった。


「共通テストってどうなんだろーね」

「んー先輩は、英語だったら大問の2が食べ物のレシピとからしいんだけど結構ネイティブが使うような単語が多いらしくて」

「そこら辺の単語が載ってる単語帳とかっているかな?」

「さすがに全部が網羅されてる単語帳はまだないっぽいけど……あっ資格試験の単語帳が使えるって先生がいってた気がする」


 ね?ちっとも面白くないだろう?馬村が買うべきは明らかに英単語帳ではなく、「女子との上手な付き合い方~初級編~」である。

 そんなこんなで、馬村の家についた新藤と馬村。ごく普通の、道路沿いの2階建ての家にに馬村とその師匠は住んでいる。庭には梨の木が植えてあって、珍しいなと新藤は思った。だけど特異なのはそのくらいで、浄化師という一般常識からはかけ離れた仕事をしているくらいであるから、てっきり森の中に住んでいたり、大豪邸に住んでいたり、はたまたあばら屋に住んでいたりするのかと考えていた新藤は、自分の考えの幼稚さに震えた。そんな新藤には気づかずに、馬村は家のドアを開け、新藤を招き入れる。


「どーぞ」

「お、お邪魔します」


 そこには、大きな大きな鏡が1つ。ピカピカに磨かれた鏡に映る自分に手を伸ばそうとして、新藤はそれは失礼だろうと手を引っ込め、それを見ていた馬村が笑った。


「言ってなかったことが一つあってね」

「ん?」

「師匠はいつも、この町の人々の精神世界を見張るためにその鏡の中にいるんだ」

「中………!!」


 新藤の顔が驚きに染まる。誰だって1度くらい鏡の向こう側を想像したことくらいあるだろう。手を伸ばして鏡に触れて、想像の中にあった世界が虚構であったことを嘆いたことくらいあるだろう。新藤にも、そう言うときがあった。故の驚愕。故の感動。


「人は、1日に1回は、必ず自己と向き合う。勉強だったり、スポーツだったり、鏡だったり。色々なものを媒体に、自分のいたらなさを、自分の不幸を幸福を、毎日毎日律儀に再認識するんだ。意識的でも…………無意識でも」


 新藤は頷いた。それには彼女も覚えがある。


「特に鏡はよく媒体にされるから。鏡の中からみんなの心にアクイが巣くってないかを見るのに丁度良いんだって」

「ほぉ、おもしろいねぇ」

「うん、じゃあ、鏡の中に行こっか………あーだけどーー」

「だけど?」

「…………新藤さんはまだ1人じゃ入れないかもしれないから嫌だろうけど我慢して欲しいっていうか仕方ないっていうか」


 馬村はしどろもどろに言う。新藤は状況が読めずに固まっていたのだが。


「ん」


 馬村は、自身の右手を差し出した。新藤の顔にはハテナが50ほど並んでいる。


「これは少女漫画などでよく目にする、手を繋ぐという動作でありますか」


 手を繋ぐなんて簡単なことだと思う人もいるだろうが、高校生=青春の図式が成り立たないのがこの2人。恋愛なんて何それ美味しいの状態なのである。因みに新藤、これでなかなか純粋である。初恋もまだな、ピュアッピュアの乙女なのであった。当然、言語の乱れなどは想定の範囲というわけで。


「……うむ」


 馬村がつられるのも自明である。


「……拙者は小学校1年生の歓迎遠足以来異性と手を繋いだことがないのであります」

「拙者もありませぬ」

「……何故とお聞きしても?」

「師匠の元に行くためには必要な故」

「それならばこれはただの儀式と思わんや」

「いや、思わないわけがない!」


 飽和アドレナリン量を越えたのか、2人のテンションは青天井である。そろそろアドレナリンが液体になりそうな馬村家。なにそれ怖い…………何はともあれ、新藤は馬村の手に己が手をのせた。動揺なのかときめきなのか。2人の胸に初めての感情がはしる。馬村の手が壊れ物を包むかのように新藤の手を握った。


「ただいま、師匠」


 馬村はそう言って、新藤と繋いだ手で、鏡に触れた。

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