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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
鏡よ、教えて
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世界で一番愛されている人はだーれ?

 修学旅行が終わって、学校中が、「さぁ持久走大会だ」とげんなりし出した時だった。






 その日は、日常のすみからやってきた。一月某日。最初は小さなノイズだった。遠くの、自分とは縁もゆかりもない場所で、ある病気が流行している。


 鳥インフルエンザ大流行のニュースを見ている時と同じ感覚で、


「大変ねぇ」


 と新藤の母は言った。どこまでも他人事として、対岸の火事を見ているが如く、新藤の父も言った。


「収まるといいな」


 しかしその希望とは真反対に、それは少しずつ自分たちへも忍び寄ってきたのである。


 グローバル化という言葉を教科書で習っても、日々関わる人間はこの国どころかこの街の人ばかりで、現実味がない。しかし確かに、世界は丸いのだと、実感を持って感じたのは、この時が初めてだった。


 まず初めに、マスクの着用が義務化された。


 拒否感はなかった。検温の義務化、チェックシートの提出には辟易した学生も多かったが、はじめのほうはその日の体温を適当に書く生徒も多かった。非日常というほどでもない、小さな小さなノイズ。


 雲行きが変わったのは、県内初の感染者が現れた時だ。県内初が県内高校初になり、芦原高校初になるまで、さほど時間はかからなかった。


 3月頭、国の命令で少し早めの春休みと洒落込んだ時、まだ学生たちは浮かれていた。芦原高校あるある「休みと言いつつ課外はある」という休みではなく、正真正銘、完全な休み。課題はではしたものの、急拵えであったからか、いつもの量より少なかった。


 もちろん出歩けはしないが、室内の娯楽は進化を遂げ、勉強ばかりの学生生活を送ってきたものにとってさほど苦ではない。遊び呆けて課題を写すものと大学受験に向けて勉学にはげむものに学生が二分化されて1ヶ月。


「「「高総体中止!?!?」」」


 そのニュースは発表された。インターハイ中止を受けた県の判断は、ほとんど全ての人が予想していたこととは言えど、衝撃と共に周知された。


 全国の学生が、始めて未曾有の危機を感じたのは、おそらくこの時だった。


「失礼します」


 新藤は一人、部長として職員室に呼び出されていた。


「知ってると思うが」


 顧問が言いにくそうに口を開く。マスクで口元は見えない。息苦しいのはマスクのせいだけではないはずだった。


 予想通り、高総体の中止を知らせるための呼び出しだった。


「今日、放課後みんなを多目的c教室に集めてくれ」

「はい」


 残念ではないと言ったら嘘になる。


(じゃあ、ほんとに大会出られないんだな)

 

 だけど、どこか他人事だった。自分ごとにしたら過去の自分が泣いてしまいそうだったから、3月、部活動が停止された間に、脳が麻酔をかけたのかもしれない。


(じゃあ、もう、受験勉強に専念しないとなのか)


 予想通り、放課後の部活動の集まりでは1、2年生が泣いていた。新藤は泣かなかった。3年生は泣いている子と泣いていない子が半々くらい。


 誰も悪くない。

 国の判断は最善だろう。


 人命よりも大会を優先するのは馬鹿げている。大会を無理に決行した結果、死者が増えました、なんて、到底許容できない。


「大丈夫」


 新藤は言った。


「高校はこうやって終わったけど、大学がある」


 それは、もしかしたら自分に言い聞かせてるのかも知れなかった。


「コロナが収まったらさ、」


 新藤は間隔を空けて立っている部員たちを見渡した。


「いつになるかはわからんけど、」


 先生を見る。部活動は先生にとってほとんどボランティアみたいなものだと、誰かが言っていた。それなのに、自分たちのための多大な時間を割いて、多大な労力を割いてくれたのだ。


「またここに集まって、一回バレーして、ちゃんと終わらせよう」

 

 先生体育館の使用許可もぎ取ってくださいね、と新藤は続けた。朝は晴れていたのに、今はもう土砂降りだった。


 



 帰宅すると、いつもは新藤よりも少し遅く帰宅する父がすでにいた。


「おう、おかえり」

「ただいま」


 正カバンを置いてリュックを開く。弁当箱を流しに出した。


「あー、今日は学校どうだった?」


 そう聞いたのは母。


 新藤の家では、家に帰ると必ず、今日の一日がどんな日だったかを先に家に着いた人が尋ねる。決まりというほどでもない、習慣として根付いた行為だった。


「楽しかったよ……んーそうだ、今日帰り雨酷かったろ?その時にみんなで正カバン頭に乗せて地獄坂ダッシュで駆け降りてたらね、親切なタクシーのおばちゃんがトランクに入ってた傘くれたの風邪ひいたらいかんけんって」


 矢継ぎ早に告げる。


「梨花」



 母の声で、新藤は紡ぎかけた言葉に急ブレーキをかけた。



「悔しいね」



 「悔しいよね」ではなく「悔しいね」と言ったのは、自分も当事者だという意識からだろう。



 父も言った。


「悔しいな」


 父は、新藤のことを心配して、早く仕事から帰ってきたのだった。強がって踏ん張って立つ子だって嫌と言うほどわかっているから、頼れる存在として、常にそばにいたかった。

 


 強がったのも、両親には見透かされていたのだ。



(あー私)



 新藤は、家族の前では、泣ける。逆に言えば、()()()()()()()泣けない。


 今回だってそうだった。



(めちゃめちゃ、悔しい)



 その日のご飯は、なんだか塩が効いていた。両親も涙脆い訳でもないのに、今回ばかりはポーカーフェイスを決め込めなかったらしい。

 

 

「お母さん、お父さん」

「なんだ?」

「二人も、無理しないでね」



 自分のために、どれだけ時間を割いているか知っていた。感謝していた。仕事の方がずっと大変だって、想像もできないことがたくさんあるって新藤はわかっていた。



「ありがとう」


 新藤は言った。


「もう大丈夫」



 街は、アクイが大量発生していた。今までにない数のアクイの数に、危機の大きさを痛感する。



「私も、戦わなきゃ」



 馬村も、師匠も、馬村の両親も出ずっぱりだった。大変なことが起きていた。



「……そうか」

「あんまり無理しないのよ」


 きっと両親は何のことかわかっていなかった。だけど、その言葉が嬉しかったから、新藤はまたちょっぴり泣いた。

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