世界で一番優しい人はだーれ?
新藤は不思議がっていた。
(どう考えても、おかしい)
馬村の態度が、なぜかよそよそしいのだ。勘違いかと思ったが、違う。
心当たりはなかった。いつも通り、時間があれば一緒に勉強をして、一緒にアクイを倒して回ってただけだ。
(好きだって、態度に出てた、とか?)
思い返すと仲間たちには速攻でバレていた。馬村にばれていてもおかしくはない気がした。
新藤は頭を抱える。
(こんな状態の修学旅行は、嫌だよーーーーーー)
クラスごとに回る修学旅行では、あまり馬村とは交流できない。1年生の時に出会ってから、今までの一年半、ほとんど毎日顔を合わせていたから、不安で仕方がなかった。
しかし、ついてみると杞憂だったと気づく。
「「「「ベトナム、たのしいいいいい」」」」」
あまりにもベトナムが楽しすぎた。
地元じゃ考えられないほどに広い空も、活気にあふれた道路も、カラフルな建物も、バスの中から見ているだけで楽しくて仕方がない。
まるで生きているかのように活気と色にあふれた市場には、テレビ放送を地元の人が集まってみていたり、日本では見たこともない果物が並んでいたりした。
「ヒャッハーーーーーーーー!!!!!」
「はしゃぎすぎよ修馬」
「ベトナム楽しすぎる、水上人形劇面白すぎたわ!!!!」
「だからってその鞄からはみ出てる人形絶対いらないでしょ」
「うるさいうるさいうるさーーーい」
地元の高校との交流で教わった謎の手遊びも、ハロン湾の美しさも、国旗降納式で絶対に笑わない兵隊さんを笑わせるためにクラスの全員で一発芸を順にしたのだって、全部が全部楽しかった。
だけど、その思いですべてに馬村がいない。
同じクラスじゃない馬村のことは姿すら見つけられないまま、修学旅行は最終日となった。
最終日は、ロッテタワーに行くことが決まっていた。ロッテタワーは展望台で、フォトジェニックなスポットがたくさんある、恋人に人気のスポットだ。お土産屋もたくさんあるから、最後にちょうどいいと、今までになく自由時間が長かった。
「い、いたああああああ」
馬村がいないかと、新藤はどこに行っても探してしまう。好きだから。大好きだから、毎日だって会いたかった。
顔を見て、一緒に話して、本音を言えば、手だって繋ぎたい。
一緒にいた東雲と小林に謝って、新藤は駆け出す。
声が聞きたかった。
1秒でも早く顔を見たくて、思わず小走りになる。
「馬村くん!」
佐久間と一緒にいた馬村が、新藤の声を聞いて振り向いた。
「し、新藤さん?」
佐久間が何か手でサインをしたのが見える。その場を去っていったから、感謝しろと言う意味だろうとあたりをつけて、新藤は息も切れ切れに馬村の前に立った。
「一緒に写真撮りたいの」
馬村に会えるかもしれないと思って、スカート禁止の決まりの中で、一番可愛く見えるような服を選んだ。
「ははっ、それで走ってきたの?」
馬村に可愛いって言って欲しくて、カチューシャだってつけた。
(どうして)
新藤は思わずにはいられない。
(どうしてそんなに優しく笑うの)
期待せずにはいられない。
(愛おしそうに笑わないで)
写真を撮るために、ハートで作られた椅子に座る。何も知らない人から見たら、カップルにしか見えないだろうと考えて新藤は嬉しくて恥ずかしくて泣きたくなった。
肩がぶつかる。
ぶつかったところが熱い。頬が熱を帯びる。
(好き)
写真が一瞬で撮れるのが嫌になる。文明が進化していなかったら、写真を撮るためにもっとこの状態で入れたのに。
なんて。
(好きっていいたい)
新藤は馬村の顔をじっと見る。照れた馬村が顔を逸らした。
――――告白したらだめ、なんですね
いつかの、師匠との会話が蘇る。
どれだけ好きだと思っても。
好きで好きでたまらなくなって、思いがどれだけあふれようと。
好きだって、言っちゃいけない。
馬村の身に降りかかる、全てが解決するまでは。
(なるほど)
新藤はカメラの角度を変えながら思う。
(こりゃしんどい)
――――カシャカシャカシャカシャカシャ
「新藤さん取りすぎじゃない!?」