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この世で一番ずるい人はだ~れ?

 体育委員が壇上で「もくそーーーう」と叫んでいる。学年集会で第二体育館に集められ、新藤は学級委員としてクラスの人数を数え上げ、先生に報告へ行った。


 黙想にはたしてどんな意味があるのか、生徒は誰も知らないが反対するほど嫌でもない。目を閉じて無言でいる270名の生徒を見ながら、新藤はディストピア小説で見た光景だと軽く笑い、そのなかに加わった。


「黙想やめ!」


 学年主任の言葉で一同が一斉に目を開ける。


「頭髪服装検査するけん、男子は体育館後方にいけぇ!」

 

 途端に騒がしくなり、「しずまれぇ!」と学年主任は叫んだ。


 女子は横に広がって、前後の人と互いに検査項目を検査する。みんな本気だった。学年主任の「頭髪の乱れは心の乱れぇ!」という激怒を好んでみたい人間などいない。ツーブロックは禁止、染めるの禁止、パーマ禁止、爪が伸びてはダメ、スカートは膝下、靴下はワンポイント、ワンポイントの大きさは2㎝まで、髪は耳下で結ぶ、横上はピンで留める、触角は切れ……くそめんどくさいと誰もが思っていたが、反抗するほど見ために執着もない人も多かったし、反抗した方がくそ面倒だと誰もが思っていたため、特に規則が新しくなることもないままここまで来ていた。優等生なんてただの面倒くさがり屋の集まりである。


「お前いつも前髪とめとったか?」

「これから止めます!イメチェンですイメチェン!」


「靴下それ白って言うか、アイボリー?くすんでない?」

「部活のし過ぎで!砂で!天然の染粉が!!」


「ハイ後ろ髪チェックするから回転してー」

「ッはい!」

「いや早く回転したからって見逃さないから、横髪とめてないな?」


 先生たちだって、今日以外はさほどうるさくない。検査をやっているという体裁が必要なのだ。だから今日だけどうにかごまかせばいいのだが、それでも今日に限ってをやらかすおっちょこちょいは少なくない。


「まぁいいでしょう」


 再検査は5名。いままでで一番少ない。学年主任は学生たちの願いが届いたのか大声を上げることなく、無事頭髪服装検査は終わった。


「さぁ、みんな、ようやく本題に入れます」


 ごくり、と唾を飲み込む。


「文化祭、運動会、そして、修学旅行の説明です」

「「「うおおおおおおおおおおおお」」」


 こんなの、静かに聞けと言う方が無理な話だ。


「A78回生のみんなは、例年通り、ベトナムに行きます!!」

「「うおおおおおおおおおおおお」」


「声量が足りませんね、ベトナムに!行きます!」

「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」」」

「長い!!」


 スライドが付く。馬村はわくわくしていた。なんてったって初めての海外である。


「まぁ海外なんで班分けとかなくクラス単位で行きます。部屋割りは出席番号順で決まるんで、そこんとこの心配はいりません。だいたい3、4人組かな」


 この学年主任、学生時代嫌いだった言葉は、『自由に2人組を作れ』。

 その教訓が今、生かされていた。


***


「テスト、テスト、テスト!こんなん気が狂うに決まってんだろ!!」

「まぁさすがに多いね」

「テスト受けて?平和学習してたら8月半ば!?光陰ミサイルだろマジで!」


 暑さでぐでぐでしながら修馬がクラスで発狂する。


「だからさっさと運動会と文化祭の話し合いをしないといけないんだけど」

「運動会?」


 話し合うようなことがあったかと金木が尋ねる。


「パレードよ!!」

「ああ!!」


 パレードと言うのは、3年生の「平行世界(パラレル)」とならぶ、芦原高校の運動会の目玉で、2年生が全員同じ衣装を着て、2m×3m×2mほどの出し物を作って踊り、運動場を練り歩くという出し物だ。


 元が外国のパレードを意識したものだからか、二人組――男女ペアで踊る決まりがある。


 その決め方はクラスの文化委員に一任されているため、先生たちの干渉を受けない。だから、基本はくじ引きではあるが、委員に頼み込んで好きな人とペアになることもできるのだ。委員に好きな人がばれるという難点はあれど、例年頼み込む人もかなりいる。


 さすが県下一の進学校と言うべきか、話し合いは帰りの会で5分ほどで終わった。


「事前に取ったアンケートから――」


 委員の東雲が話すのに合わせて、西山が黒板に文字を書いていく。東雲は、クラスの恋愛相関を知りたいというなんとも性格の悪い思いから文化委員になっていた。同じ理由で、西山が体育委員である。似たもの同士なのだ。


 文化祭が各クラスごとの戦いなのとは違い、運動会では計八組ある2年生を「赤白黄青」にわけるため、2クラスずつに分かれる。絶対に馬村のクラスと同じチームになるために、西山はほかのクラスの面々とのあみだくじとその後の交渉に全力を尽くそうと決めて集まりに参加したが、引きがよく、そもそもあみだくじで馬村と同じチーム――赤組になった。


 黒板には美しい文字が並んだ。


―――――――――――――――――――――――――

パレード案

・王子と姫  16

・アイドル   2

・アラブ    3

・インド映画  7  

なんでもいい→12


文化祭

・劇     18

・映画     2

・食べ物系   2

なんでもいい→18


―――――――――――――――――――――――――



「――となったので、取り敢えず文化祭の方が劇、パレードの方は第一希望と第二希望で出しときます。異論がある人は言っていただければ対応します。以上です」


 馬村のクラスも似たようなもので、もめることなくパレードの内容自体は「王子様とお姫様」のパレードということですぐに決まった。


 難航したのは、ペア決めである。


「金木くん、よかったら――」

「えーごくん、あのさ」


 一週間後にペア決めをする、と委員から発表があったのち、何かにつけて金木はペアにならないかと誘われていた。


「難儀ね」

「東雲」


 何度目かのお誘いを断ったあとのこと。東雲が金木を下敷きで仰ぎながら言った。


「まぁ、西山よりはましだから」

「西山そんななの?」


 ぴくっ、と東雲は眉を上げる。らしくない反応だと金木は思った。知っていてもおかしくないのに。大方、西山が隠していたのだろうと結論付ける。


「アイツの場合はガチだからね。俺には多分ワンチャン狙いだけどさ」

「……そう、修馬だけ……かわいそうに。私が誘ってやろうかな」

「傷口に塩塗るの得意だな」


 こういうのはほとんど男子から女子に声をかけることはほぼない。肉食男子がいないわけでも、腐った肉しかないわけでもなく、ただ、男子の方がある種リスクが大きいからだろうと東雲は思っていた。冗談で流せるのはどちらかと言えば女子のほうだ。あざといという言葉の流行に感謝である。来年度あたりにはチャラい男子がトレンドに入ってほしいところだ。


「冗談よ、それより西山は」

「安心しろよ、断ってた」

「は?なんで安心?私が?あんたは自分の心配してなさいよ」

「あれ~?」


 いうだけ言って東雲は去っていった。頬を抑えて小走りで去っていくのを見るに、どうやら何かをしてしまったらしい、と金木はシャツをつかんでバタバタと風を送る。蒸し焼きになっている気分だった。こんな日は、パピコが食べたい。ホワイトサワーがいい。パキンと追って、片割れを友人に投げ、頬に当ててその冷たさを楽しんで、はしゃぎながら帰りたい。


 今日も楽しかったと言って眠りにつきたい。


 ただ、そのためには。


 金木には、やらないといけないことがあるのだった。


「新藤」

「うぇ、金木くん?」

「あれ、金木くんじゃん!」


 6時44分。第二体育館からでてすぐの渡り廊下。部活を終えた新藤が出てくるのを金木は待っていた。カギを片手に出てきた新藤と一緒にいた部員に声をかける。


「ごめん、借りてたノートの中の問題で聞きたいことあってさ。新藤かりていいかな」

「りょ、じゃあ梨花また明日」

「ん、おつかれー」


 先輩お疲れ様です、と後輩たちが去ってしまった後で新藤は言った。


「…………貸してないよね?」

「うん、嘘。なかなかタイミングなくてさ」


 二人っきりでいればいるほど緊張することは目に見えていた。あってすぐに言おうと決めたのはそのため。


「パレードのペ、ペア、にならない?」


 学校裏のコンビニで買っておいたパピコを差し出しながら言う。ホワイトサワー。新藤も好きだったはず。


(あああああああ俺だせぇええええええ)


 噛まないように練習したのはどうやら無駄骨だったらしい。言い終わった後、目をそらしてしまった。


「…………」


 

 大きな目が見開かれてさらに大きく見える。長いまつ毛がぱちぱち動いた。




「どういう意味かによる」



 新藤は馬村とペアにはならないつもりだった。くじ引きでなるのならそりゃもう大歓迎だし神様ありがとうだしお賽銭は奮発しますが、自分から誘うつもりはなかった。


 馬村が師匠を義姉さんと読んだことには気づいていた。馬村がずっと昔から大好きな人だということにも気づいた。


 だから、言えない。


 馬村は兄で親友だった彼を傷つけることを恐れていると知っている。新藤の中身を狙う黒が、馬村に何をするかわからない。


 そんな今、好きだと伝えても疎遠になるだけだと分かっていた。


(馬村くんは、私と同じだから)


 きっと、恋愛的な意味での好意に応えられないと分かった時点で距離を置く。


「意味……」


 金木はその言い方で、否、馬村と新藤が二人でいるのを見た最初から、正攻法では断られると悟った。


「ちょっと困っててさ、ペアになった子が何か言われるのも嫌だけど、新藤なら、何も言われないから」

 

 事実ではある。だけど真実ではない。


 こう言えば、この優しい女の子は頷いてくれるとわかっていた。



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