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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
42/55

思い出せ!

 ⅰ

 遥か昔の物語。

 九の命を持つ猫は

 主人(あるじ)と崇めし剣の神、

 黒き美丈夫(びじょうふ)の眼差しに

 深い孤独を見出して

 黒き体躯を震わせる。

 主人(あるじ)を闇から救わんと。


 そうして猫は旅に出る。

 苔むす森へと旅に出る。

 叡智で知られる森の王、

 主人(あるじ)のかつての使め(つかわしめ)

 鹿(かせぎ)の元へと旅に出る。

 闇夜の森で黒猫は

 沈黙(しじま)を破って進みゆく。

 主人(あるじ)の深い悲しみが

 小さな体躯を震わせて

 黒を森へと急がせる。


 森の奥のさらに奥、

 小さな小さな梨の木に

 差し込む僅かな陽の下に

 鹿(かせぎ)は遠く声を聞く。

  <親しき友よ、どこにいる

   主人(あるじ)の孤独を癒すため

   あなたに会いにここへ来た>

 蛇蝎(だかつ)に噛まれ、襲われて

 満身創痍で走り抜け

 ようやく猫はたどり着く。

  <久しき友よ、運が良い

   明日(あす)には森にひとの子が

   森を鎮める、そのために

   贄にと捧げられるだろう。

   神が 荒ぶるこの森を

   沈むる対価に相応しい。

   神の孤独が贄に癒され

   神の瞳が和らぐことを

   心の底から願おうぞ>

 鹿は慌てて飛び出した

 友の傷を癒そうと。

  

 贄を差し出す、その前夜。

 鬼門に梨の木の生えた

 大きな家のその中で

 花も恐るる美貌の乙女、

 白が贄にと名乗り出た。

  <私を贄にしてください。

   白髪、赤眼(はくはつ せきがん)、おぞましき、

   私の姿を受け入れて、

   優しく育ててくださった、

   恩を今こそ返す時>

 皆が眠りについた頃、

 静かに贄は一礼し、

 別れを告げて、進みゆく。

 深い深い森の中、

 少女は静々進みゆく。

 村を天から救わんと。


 春の土の香がたちのぼり、

 鹿(かせぎ)が横で梨の花、

 怪しく光り、輝いて

 贄が訪うた(とうた)と森に告ぐ。

 木々の隙間に一刷毛(ひとはけ)の、

 差し込む光が照らすのは、

 白髪、赤眼(はくはつ せきがん)、うつくしき

 贄の乙女のその姿。

 立派な角を携えた、

 鹿(かせぎ)は思わず目を見張る。

 自分を恐れず笑いかけ、

 祈る乙女のその姿。

 赤き瞳に魅せられて、

 鹿(かせぎ)は思わず希う(こいねがう)

  <神との約束放棄して、

   乙女とこのまま逃げ出さば

   白き乙女は我のもの

   愛しき贄は、我が手中(しゅちゅう)>

 乙女も鹿(かせぎ)に見惚れては、

 愛を囁き身を寄せた。

 鹿(かせぎ)が想いに答えんと、

 口を開いたその刹那、

 現れたるは剣の神。

 鹿(かせぎ)は乙女を背に庇う。

 贄を守らんと、背に庇う。


 黒き駿馬に跨った、

 金剛石の目も綾な

 大きな剣を携えた、

 偉大な神は目を見張る。

  <探し求めた片割れに

   ようやく出会えた喜びを、

   誰が言葉にできようか。

   愛しい白よ、共に来い。

   白面郎(はくめんろう)と俺とでは

   比べるべくもないだろう。

   大事な大事な愛しき子、

   我が大剣の対になる

   槍をそなたに授けよう>

 時おかずして剣の神、

 黒く凛々しい美丈夫(びじょうふ)

 刀をひらりと振り下ろし、

 鹿(かせぎ)の胸を切りつける。

 

 乙女は青ざめ頷いて、

 神馬に跨り身を預く。

  <共にいきます、剣の神。

   ですからどうか、ご容赦を>

 鹿(かせぎ)は声上げ挑みゆく。

 力の限りを今ここに、

 解き放たんと馬を撃つ。

  <乙女を取られてなるものか。

   私のものにならぬなら

   いっそ殺してしまおうぞ>

 馬上の二人は倒れ込み、

 抱き合いながら死んでいく。

 俄に鹿(かせぎ)も息絶えた。


 鹿(かせぎ)の涙を舐めとった、

 黒き猫のみそれを知る。

 九の命を持つ猫は

 全てを自分の(ごう)として

 悔やみ涙し、こう決めた。

 三つの生を犠牲にし、

 次の生へと彼らを連れる。

 愛する彼らを救わんと。




 ⅱ

 遠い昔の物語。

 九の命を持つ猫は

 野草(のぐさ)の茂る戦さ場(いくさば)

 縦様横様駆け回る。

 鎧兜に身を包み、

 黒き悍馬に跨った

 大将軍(かつての神)の、その横を

 縦横無尽に駆け回る。

 かつての森は赤々と

 血潮で染まる地獄絵図。

 森はどこにも見当たらない。

 

 大将軍(かつての神)を支えるは、

 白髪、赤眼(はくはつ せきがん)、うつくしき、

 優しく凛々しいあの乙女。

 一万超える(つわもの)

 率いて挑む敵将を

 未だに知らず、突き進む。

 敵将めがけ、突き進む。

  < あますな者ども、もらすな若党(わかとう)打ち殺せ>

 乙女は愚直に槍振るう。

 大将軍(かつての神)を、助けんと。


 しかし乙女は敵が手に

 奮闘あえなく捕まった。

 叡智で知られる敵将の

 策に溺れて捕まった。

 細い体躯を鎧に包み

 金の装飾美しき

 長剣構えた敵将こそ

 かつての鹿(かせぎ)に他ならぬ。

 

 やおら兜の隙間から

 のぞく顔貌(がんぼう)みた刹那

 智将(かせぎ)ははたと思い出す。

 愛する片割れの存在を。

 未だに変わらぬ恋心

 気軽に口に出せぬのは

 その折智将(かせぎ)胸底(きょうてい)

 秘められ続けた万感の

 純なるもののあればこそ。

 しかし乙女も思い出す。

 贄となった前の世で

 出会った神に惚れられて、

 落馬し死んだ身の上を。


 帯が如く間延びした

 乙女の悲鳴が戦さ場(いくさば)

 響いた転瞬、黒き猫

 九の命を持つ猫は

 主人(あるじ)をそっと覗った。

  <ああ、我が乙女よ片割れよ

   どうして忘れていたのだろう>

 主人(あるじ)が意思がそれならと

 猫は主人(あるじ)を先導す。

 二人の元へ、先導す。

 たとえ主人(あるじ)が不幸にも

 今世で乙女と結ばれず

 主人(あるじ)が愛する一色が

 鹿(かせぎ)のものになろうとも

 それが主人(あるじ)希望(のぞみ)なら。

 それが主人(あるじ)希望(のぞみ)なら。

 

 (かみ)がその場に着いた時、

 乙女と智将の双眸(そうぼう)

 映るは互いの姿のみ。

 (かみ)はその手を震わせて、

 怒りのままに剣を振る。

  <乙女を取られてなるものか。

   私のものにならぬなら

   いっそ殺してしまおうぞ>

 智将と乙女は倒れ込み、

 抱き合いながら死んでいく。

 将は黙って見つめては

 ただただ涙をこぼすのみ。

 彼の涙を舐めとった、

 黒き猫のみそれを知る。

 九の命を持つ猫は、

 愛する彼らを救わんと

 三つの生を犠牲にす。

 残す命はあと二つ。



 ⅲ

 昔々の物語。

 叡智で名高いある男、

 学徒となるを志す。

 住み込み働く条件で

 学費の支援を申し出た

 良家の元へと足早に

 男は一人進みゆく。


 鬼門に梨の木の生えた

 大きな庭持つその家の

 白髪、赤眼(はくはつ せきがん)、うつくしき

 神の御使(みつかい)と思わしき

 愛娘こそかの乙女。

 横に静かに寄り添うは

 かつての黒き剣の神。

 今世の2人は許嫁

 前世と変わらず剣の神

 乙女を愛し守らんと

 金銀財宝かき集め

 乙女の気持ちも聞かぬまま、

 融資の代わりに手に入れた。

  <愛しい人よ、お嬢さん

   どうか覚えていておくれ

   あなたは何より大切な

   たった一つの私の光。

   あなたは私のすぐそばで

   私を支え、微笑みかける。

   そんなあなたが愛しくて

   失うことが怖いのだ>

 九の命を持つ猫は

 残りの二つを持ったまま

 静かに二人を見守った。

 今世こそはと猫は言う。

 前世で倒れた両人が、永遠(とわ)に幸せで在るように。


 戦さ場だったこの場所は

 商店並ぶ憩いの場、

 二度も彼らが巡り合い

 死んでいったこの場所で

 今度も運命(さだめ)は交差する。

  <はじめまして、お嬢様>

 一目男を見ただけで、

 乙女は過去を思い出す。

 一度声を聴いたなら

 乙女は頬を朱に染める。

 声を出さない乙女見て、

 男は優しく声かけた。

  <どうかしました、お嬢様

   何か悩みがあるのなら、

   私に言ってごらんなさい。

   あなたの書生は必ずや

   あなたの力になりましょう>


 思い出すのは剣士が声。

  <あなたは何より大切な

   たった一つの私の光。

   あなたは私のすぐそばで

   私を支え、微笑みかける。

   そんなあなたが愛しくて

   失うことが怖いのだ>

 千の闇夜を泣きはらし、

 呪いを払う梨花を見て、

 乙女はただただ彼思う。

  <許してください、剣士様

   私は先に逝きますわ。

   あなたがくれたこの槍で

   この胸刺して逝きますわ。

   何度生まれ変わっても

   私は彼を愛します。

   けれど裏切るくらいなら

   誰もが不幸になるのなら

   私は覚悟を決めますわ>


 大きな梨の木の下で

 乙女は命を終わらせた。

 刹那彼女の足元へ

 降り立ち猫は泣き明かす。

 残す命はあと二つ。 

 

 後追い息を引き取った

 二人の男もその傍に。

 猫は死体をただ見つめ、

 最後の賭けに身を投ず。

 自分が壊れてしまっても、

 大事な大事な三人が

 優しい優しい三人が

 来世は幸せであるように。


 ごうごうごうと風が吹く。

 混じって混ざって離されて

 ごうごうごうと風が吹く。

 ごうごうごうと風が吹く……

 

 

 

 

 

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― 新着の感想 ―
[良い点] 美しく、切ない恋の物語。 これがこれからの展開にどう絡んでくるのか、ワクワクします。 鹿さんはたぶん馬村君、白は進藤さんとして……猫ちゃんは誰だろう。 楽しみに読み進めさせていただきます!…
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