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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
41/55

飛び込んで、

高総体が終わったら、三年生は受験に向けて本腰を入れる。高総体が終わった翌日だというのに、学校はもう、通常通りだった。ただ、部活に、3年生がいないだけ。こんなに急にいなくなるのかと、新藤はまだ誰もいない体育館で壁を相手にレシーブの練習をしながら考えていた。


『梨花、新チームを頼んだよ』


 先輩が泣きながら言って初めて、終わったんだと気づいた。いつだって実感は後に来る。先輩たちはすがすがしい顔をして、これからは受験に全力を注がないといけないと涙声で言った。


バシッ


ボールを腕で受ける。動いていれば、まだ楽だった。朝からは両親とうまく話せなくて、朝ごはんをみんなで食べてすぐに家を出た。食卓にはテレビのコメンテーターの声だけが響いていた。


『梨花なら大丈夫』


 自分では全くそうは思えない。だけど、そう思ってくれる人がいるから、そうありたいと思うのだ。


 新部長として、

 新藤家の長女として、

 浄化師として、


 そして新藤梨花として。


「――――きた」


 チカチカと世界が瞬き色を失う。白と黒とで構成された体育館は一秒で上から破壊された。


 師匠が予告していた通り、16時12分。SHRが終わってすぐ、体育館の傍でアクイは生まれた。昨日までの3日間は、すべてのアクイを馬村が対処してくれていた。学生たちが大量にアクイを発生させる中、本当に大変だったろうと新藤は思った。


 だけど、アクイを倒すことは傷ついた心に絆創膏を張るようなものだと馬村が言っていた。それが治るのには本人の治癒力がいるのだと。だから、問題はまた起きるだろうと。


「くぅしい」


 新藤は胸に手を当てて槍を取り出す。がれきと化した体育館を覗き込むようにしているキュプロクスのようなアクイに向かって駆けた。


(バスケ部か)


 そのキュプロクスはバスケ部のユニフォームを着ている。全校応援もむなしく、昨日、バスケ部は県大会決勝で敗れた。


 新藤も見かけたことがあったから覚えている。男子バスケ部のキャプテンが、震えながら体育館の近くに立っていた。


「なんだ、あれ……」


 その姿は、けれどどこか頼りない。180を超えるはずの彼、168の新藤とほぼ変わらないように見えた。その顔はやせこけ、足を怪我しているのか、歩き方がおぼつかない。


 新藤はその姿に馬村の父と母を重ねた。


 体育館の残骸を上がり、その怪物よりも高い位置をとる。けがをしないと知っているから、新藤はキュプロクスの目の玉めがけて槍を突き刺した。体育館の上から飛び降りたそのままの勢いで、ばねを使って、力いっぱい刺したから、怪物は一発で倒れた。


 地面に転がる。痛みはない。恐怖は消えた。


「大丈夫です」


 大丈夫ですか、とは聞かなかった。何があったのか、とも。あなたの気持ちがわかるなんて言えやしない。バスケ部には、中学から推薦で芦原高校に入学したものしか入れない。授業についていけない人が多いから、基本は先生が特別に勉強を見てくれるし、テスト休みもなくバスケをしている。朝練もしていたはずだ。加えて、わが校の大学の推薦枠は基本スポーツ推薦を撮ったものにのみ出る。秋ごろの大会まで部に残る3年生も珍しくないのだ。


 だからこそ、高校からの期待が大きい。絶対に県は抜けると誰もが信じていた。重圧は相当なものだっただろう。


「白、助けて」


 新藤はその槍で手のひらの上をさっとひっかいた。


「あなたを万全の精神状態にすることはできないけれど、とにかく正常に、今日を乗り切れるだけの元気をあげます」


 新藤は彼に力を注ぐ。暖かで、淡い金色をした光が彼の体を取り巻いた。


「大丈夫です」 


 完治はできないし、しない。ただ、今にも倒れそうだった分だけを治して、新藤は色が戻りつつある世界を歓迎した。


(もっと)


 新藤は思う。


(白の力を強くしないと)


 本音を言えば、もうギリギリだった。馬村の父母と、そしてあと一人くらいを癒したらおしまいだった。


 新藤は、今にも自分を失いそうなほど傷ついた精神体を何度も目にしてきた。今までは仕方ないと納得できた。だけど、助けられる可能性が出てきたからこそ、今の現状がもどかしくてつらかった。


(助けたい)


 世界が色を取り戻す。部員たちが少しずつ体育館に入ってくる。


 (そのためには―――――――)



 ***

 

 まだ、浄化師になって間がないころ、新藤は師匠に訊ねたことがあった。


『私の鏡も、あるんですよね』


 他人の鏡に入ってはならないのは聞かなくてもわかった。それは、人の心に文字通り土足で踏み込むことを意味する。人の心を勝手に覗き見するなんて人間のすることではない。


 だけど、自分の鏡なら入れるのではないかと思った。


『はいれるには入れるが……』


 師匠は答えた。


『忘れていた記憶も全部そこにはあるんだ。自分のことなら全部。嬉しい記憶ならいい。だけど薄れていた、悲しい記憶も取り戻すことになるかもしれない』


 だから。


『おすすめはしないな。特に今の梨花ちゃんには』


 じゃあ、と思う。

 今の自分ならどうだろうかと。


「師匠」


 落ち込んで、心を欠いて、アクイを生み出してしまった人々を、救うため、力が欲しいと思った。


「白の乙女の、力を引き出したいんです」


 師匠は新藤がそう言い出すとどこかわかっていたようだった。師匠も思うことがあったのだろう。目線を下に逸らして考え込んでいる。


「自分の鏡に、入ってもいいですか」


 白の乙女の記憶が自分の中にあるのなら、きっと、思い出すことで彼女との同期率が上がる。そこまで考えて、師匠が何を懸念しているかに気づいた。


 馬村の兄のように、取り込まれてしまう可能性。


「新藤さんがもしそうするのなら」


 馬村が言った。


「異変が起きた時に僕が鏡の中に入る許可が欲しい」


 新藤は一も二もなく頷く。願ったり叶ったりだ。新藤とて、不安がないではなかった。


「僕が抱きしめた時、昔白の乙女が新藤さんに戻っただろ?また、同じことができるかもしれない」

「鹿之助、あたしも許可を出す」

「師匠?」


 師匠が馬村にずっと持っていた竹刀を渡した。


「私も行く」


 新藤の手を取って、師匠は続けた。


「もし、あの時梨花ちゃんが見た私の髪色の変化が白の乙女を意味するもんなら、あたしも見にいく必要があるだろ」


 師匠は自分の鏡の前に立ち、指を触れながら言った。


「あたしが一番乗りだ。もしあたしが帰って来なかったら、鹿之助、その時は、助けろよ」


 カッコつけて中に入って行ったのが嘘みたいに一瞬で、師匠は帰ってきた。それも焦りに焦って帰ってきた。


「鹿之助、梨花ちゃん!!」


 あまりに焦るものだから、大丈夫かと聞く暇もなかった。


「あとは私が見ておくから、二人同時に見てこい」

「はい」

「僕も?なぜ?」

「行かんばわからん。逆に言えば、」

 

 師匠は馬村の背中を押した。


「行けばわかる」


 馬村と新藤はそれぞれの鏡の前に進む。奇しくも鏡は隣だった。


 二人はそっと鏡に触れた。湖に指をいれたように円が触れたところから広がっていく。


―――――ごおおおおぉ


 風の音がした。

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