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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
32/55

忘れたのなら、

 お化け屋敷内に案内されたのは、金木にとっては僥倖だった。これ以上二人きりだと、ときめきすぎて死んでしまいそうだったからである。


 暗幕で仕切られた教室は、前がようやく見えるくらいで、そこだけが独立しているようだった。その一角に、こんにゃくをぶら下げた釣竿をプラプラと動かしている馬村は、気合が空回りして人にこんにゃくを当てることができずにいた。


「くらいね!」


 ピクンと馬村は肩を揺らした。新藤の声。いつもより息を含んだ声だった。


「だな」


 金木は上の空で言う。他に声が聞こえないことから、馬村は金木と新藤が2人で文化祭を回っていることに気づいた。


(これはなんとしてでも驚かせたい!)


 馬村はそれまでよりも大きく釣竿を振る。驚くべき速度でこんにゃくは宙を舞っていた。


「うぉっ」

「金木くん?」


 間一髪で金木はこんにゃくを避けた。もはや別のアトラクションである。本当に恐ろしいのはオバケではなく実態のあるものだと馬村が伝えたかったのではない。ただ手が滑っただけだ。こんにゃくだから、そもそも当たったって大したことにはならないのだが、金木は全力で避けたことで躓いてしまった。二次災害が最も恐ろしいというのはあながち間違いではない。馬村は大慌てだった。かといって出ていくこともできない。先回りして出口で謝ろうと馬村は外に向かおうとした。だが、


「大丈夫?」


 新藤の声で踏みとどまった。新藤は手を差し出したのだ。下心はない。誰が横で倒れていても、新藤は必ず手を差し出す。心配そうな顔をして。そんなこと、金木だってわかっていた。けれど、わかっていたからって、耳が赤くなるのは防げない。


「耳赤いけど、耳打った?」


 視野が広い新藤が気づかぬはずかない。金木はさらに赤くなった。


「全然、ごめん、だっせー」

「ふはっ、なんで謝るの?」

「いや、なんか、俺、めっちゃださいじゃん……」


 かわいい。新藤と馬村の心の声が一つになった。首の後ろに片手を回して、下を向いて苦しそうに言葉を絞る姿は、金木の顔の良さに慣れきっている新藤ですら庇護欲を感じるほどだ。普段のかっこよさからは想像もできない姿に、新藤は笑った。馬村は、怪我はしていないみたいだと安堵していた。


「自信持てって!いつもかっこいいぞ!」


 金木の背をそう言って軽く叩く。明らかな友達ムーブ。意識されていないのが丸わかりの態度。それなのに「かっこいい」の一言が嬉しくて、気恥ずかしくて、金木は途端に饒舌になった。


「そっかそうだよな俺かっこいいよな、って」

「え?」

「いや、なんでもくぇrちゅいおっp」

「なんて??」


 そうこうしているうちに、もう出口だった。終盤の記憶がない金木は、恥ずかしさから軽くため息を吐いた。その気持ちがわかっているから、新藤もくすくす笑う。


「金木くん!」


 謝ろうと駆けた馬村は、5メートルほど手前ではたと立ち止まった。


 見覚えがあったのだ。


 中学生になって、馬村は兄の元へと引き取られた。父と母から、話だけは聞いていた、優秀な兄の元へ。


『今まで会えなくてごめんな、鹿之介』


 剣道部の顧問として剣介が働き出した直後だったと後に聞いた。忙しい合間を縫って、師匠と共に馬村の元へと彼はやってきた。実家に彼が帰省したのは、ずいぶん久しぶりのことだったという。


『この人は猫田たま子。もうすぐ、俺の妻になる人だ』

『よろしく、っつっても、分家のでだから、初めましてってわけじゃねーけどな』


 馬村は黙って頷いた。父と母が何かを言いたそうに三人を見ていた。それを察したのか、


『大丈夫だから』

 

 と、兄は言った。


『これが最善だったんだ』


 馬村は、両親がまた不出来な自分を心配しているのだろう、と思った。申し訳なかった。


『ほらいくぞ』


 そう言って、目の前を兄とその妻が前を向いてあるくまでの記憶はない。だが、その時、あまりに幸せそうに、愛おしそうに二人が笑い合っていたことを記憶していた。


(いいなぁ)


 そうして、振り返って、自分の名前を読んだことを。


『鹿之介』

「「―――――――――――馬村くん!」」


 そう、ちょうどこんなふうに。


 あまりに似ていた。だから気づいた。


(そうか、金木くんは、新藤さんが――――)


 兄が師匠に向ける目に、その姿が重なる。潤んだ目も、赤い頬も。


(断定はできない。できないけど――――)


 新藤から金木へ向ける感情とは別種の感情。


「馬村くん?お化け屋敷面白かったよ!」

「あ、あぁ。ありがとう。クラスのみんなも喜ぶよ。あ、それと」

「ん?」

「金木くん、こんにゃく痛くなかった?大丈夫?ごめんね、手が滑って」

「ああ、馬村君だったの?それでわざわざ?まじかありがとうわざわざきてくれて嬉しい俺は全然あれくらい大丈夫だから気にしないでずっとあれするの大変でしょ」

「アナウンサーもびっくりの滑舌」

「うるさいよ新藤」


 笑う二人に馬村は思う。


(まぁいいか。僕にどうともできないこと考えたって無駄だしね)


 なぜか、言い聞かせるような節だった。


***


 新藤たちのクラスが作った映画は、文化祭で銀賞を受賞した。翌日から授業で先生たちに映画の中の謎のダンスに言及があったことは言うまでもない。運動会と文化祭が終わると、怒涛のテスト祭りだった。目の前のテストの点数が信じられずに震える生徒が多すぎて、不満を言うどころではない。仕事だから仕方がないとはわかっていても、底意地が悪いと先生に思ってしまう。


「なんで!一週間後にテスト!?無理だろ普通に!!」


 修馬の叫びに心の中では頷く特進クラスの面々だった。


「お前らは余裕そうだしさー」

「まぁ俺は地頭が違うからな」

「調子に乗りやがって」

「たまたまだよ」

「逆に腹立つわ。調子乗ってる金木のがましだわ」


 返却時にニヤニヤしている先生方に悪態をつきたくなる。ちなみに新藤と金木は、『お前ら本当におもしろくねーな』と言われていた。


「模試も近いしさー」

「ね」

「三年になったら一週間ごとに模試があるってまじ?」

「それ意味あんの?」


 意味なんて見出すものなのである。


「ほらそこ黙れ。訂正ノート一週間後までにだせよー」


 先週までのお祭り騒ぎは何だったのか、もう通常モードである。秋が一瞬で終わったような気がする寒さだった。訂正ノートとかいう無用の長物――非常に意味がある地方進学校にとっての三種の神器に数えられるもの――の存在は、新藤たちの心に重くのしかかっていた。


だるい。


とにかくだるいのだ。訂正ノートを作らせるくらいならもう一回同じ問題でテストをした方が百倍ましだと全員が思っているが全くそうなる気配がない。検討に検討が重ねられているだけだ。誠に遺憾である。

だがまぁ、嫌なことばかりではない。


10月半ばには、この町では大きなお祭りがある。地元で一番大きな神社が主催となった歴史あるお祭りで、地元の小学校などは、この祭りのためにお休みになるところもあるのだ。県下一の進学校と言うこともあって、県内各地から生徒が集まるこの学校でも、その期待度は変わらない。むしろ、初めてのそのお祭りに胸を躍らせるものも少なくなかった。


その存在でもって、ギリギリ、新藤たちは訂正ノートをやってやってもいいか、という気分になっていた。


「楽しみだよね、馬村君」

「あ、あぁ、そのことなんだけど」

「え?」


 帰り道、馬村の家へと向かっていると、馬村が申し訳なさそうに言った。


「僕の家、というか、浄化師が、そのお祭りと縁が深くて」


 一瞬目をそらす。常に人の目を見ながら話す馬村には珍しい動作。


「僕、明日から親のところに一週間くらい行かなくちゃいけないんだ。浄化師として」


 何がそんなに言い辛いのだろう、と新藤は首をひねる。だがすぐにわかった。


「それで、親が……どうしても、新藤さんに会いたいって」

「了解」

「え?」


 馬村が勢いよく顔を上げた。真っ黒な眼を光らせていた。


「わかった。そうだよね。馬村君の家って、浄化師の元締めみたいなものなんでしょう?それならいつかはいかないといけないってわかってたし」

「…………」


 詳しくは聞いていないけれど、普通の親子ではないことは明らかだから。言いたくなったら聞くくらいの距離感がちょうどいいと思っていた。部外者でい続けることは少し悲しいけれど、相手に危害が及ばぬ限り、相手の願わないことをする趣味は新藤にはない。


 だけど心配は心配だから、一緒に入れることがうれしかった。


「…………そっか、ありがとう」

「ん」


 新藤は目を細めた。






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