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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
29/55

何が何でも、

 金木英悟は悩んでいた。映画の内容についてではない。それはあきらめた。そもそも英悟は、この横暴な幼馴染に弱いのである。映画が最終的に誰とくっつくでもなく、みんな仲良く踊って終わっていたのも許した理由の一つだ。それはそれで意味が分からんラストだが。


 では、悩んでいるのは何なのか。


(文化祭、新藤と2人でまわりたいなぁ……そしてあわよくば馬村君のクラスを見に行きたい!)


 そう、「どうやってさそうか問題」である。学年2位の優秀さを全部ここにつぎ込み、金木は考える。下手に誘うと新藤には絶対に断られると、金木は気づいていた。


 金木のシュミレーションの一部をここで紹介しよう。


~シュミレーション1~

金木「文化祭2人で周らない?」

新藤「2人?ほかのみんなは?」

金木「あー、2人がいいなって……」

新藤「そういうのは好き人を誘うべきって……え。あ、その私、馬村くんが好きだから、その……もし、そうなら……ごめん」


(普通に誘うと絶対にこうなる。アイツは人に期待を持たせるのを好まないからな……)


~シュミレーション2~

金木「馬村くんが今お化け屋敷してるらしいから、写真撮りにいかない?」

新藤「いいねぇ!」

金木「それでさ、馬村くんのファンだし、2人で行こうよ」

新藤「あー、うん!賛成賛成!」


(いやこれはダメだ。得るものがない。ちょっとくらい意識してほしいし!)


 文化祭特別時間割のおかげでここ一週間は1.2時間目以降は文化祭準備に当てられている。4時間目の作業を終えて、金木はパン販売の列に並んでいるところだった。別に誰かと行動しなくとも近くにいる人が話しかけてくれるこの男は、一人で並んでいた。


「金木くん?」

「っ馬村くん!め、珍しいな」

「あぁ、今日寝坊しちゃって、弁当作れなくてさ」

「そうなんだ。よ、よかったら一緒に昼ごはん食べないか?」

「いいの?ありがとう」


 悩みに悩んで少し落ち込んでいた金木だったが、「馬村と昼ごはん」の響きに心は浮足立つ。金木はチーズパンとピザパンを、馬村は明太子フランスパンを購入した。加えて二人は自販機で紙パックに入ったいちごみるくも買う。いつもは恥ずかしいからこのジュースは買わない金木だったが、馬村なら何も言わないと信じて購入ボタンを押した。案の定、馬村は何も言わなかった。


 馬村はパン販売の列に並ぶときに勉強しようと考えてたのか、その手に英単語帳を持っている。使い込まれていることが一目でわかるそれに、金木は馬村にはかなわないと思うのだった。


「馬村くんはさ、好きな人とかいるのか?」


 絞り出すような言葉。金木は、その大きな目で馬村をとらえた。彼は金木からの質問に目を見開いて、即答する。


「いる」


 金木は自分のずるさが嫌になった。それは新藤なのだろうか、なんて、考えた自分が情けなかった。だから、次の言葉に金木は固まった。


「ずっと昔から、僕は兄のお嫁さんが好きなんだ」


 馬村が消えてしまいそうに感じる。それくらい深い悲しみが見て取れた。


「それ、お兄さんは……」

「兄は倒れて4年目を覚さないんだ。彼女は僕の気持ちを知ってるよ…………軽蔑、した?」


 顔をゆがめて、金木は首を振る。聞いたことを後悔した。そして、新藤が馬村に告白しない理由の一つを理解したのだ。


「ん、そんな顔しないで」


 馬村は、どうにかして金木を元気づけようと考えた挙句、元気を出すには食べ物だという結論に達した。


「あー、ほら、金木くん、僕の明太フランスも食べる?」

「ああ、食べる……」


 放心状態だった金木は忘れている。馬村が、距離感音痴と言われていた所以を。


「ほら」

「~~~~~~!!!」


 咥えろとばかりに差し出された明太フランス。金木は一瞬、すべてを忘れた。心臓がバクバクして死にそうだった。


(え、ちょっとここはどこ俺は誰!!!!)


 金木の動揺もむなしく、馬村は追撃を仕掛ける。


「ほーら」

(~~~~マヌーハ、ベホイミ、キアラル!!!!)


 口を開けると、無理やり明太フランスが押し込まれる。馬村は窒息と言う言葉を知るべきである。今度は別の意味で金木は死にそうになった。これは多幸感と圧迫感が両立するきわめて貴重な例である。というかフランスパンは不適だと気づけ。


「ゴフ、んん、あ、ありがとう」

「へへ」


 これが漫画なら、周囲に花畑が描かれていると確信できるほどのほのぼのとした光景だった。しかし、平和には影がつきもの。今回も、その様子を影からうかがうものが2人いた。


「え、なに、いいなぁ……」

「金木ふわふわしすぎだろ、今のアイツが趣味・募金でも驚かねぇぞ」

「それはキャラかぶりだよ、ウィキペディアへの募金が趣味の子がもういるじゃんか」

「ああ小林製薬?」


 クラスの課題提出を済ませたばかりの新藤と西山である。


「まざるか?」

「んー、取り敢えず声だけかけよっか」

「だな」


 後ろから急に背中をたたかれて、馬村は少し飛び跳ねた。


「よっ、何の話だ?」


 言いながら、西山は馬村の隣に腰かける。新藤は金木の隣に。わずかに触れた肩に金木は赤面した。昼休みも半ば、文化祭の準備に追われながら課題をこなす彼らの束の間の休息は、この瞬間に終わる。


「ん、好きな人の話」


 馬村の返答に、空気が固まった。それもそのはず、新藤・金木は好きな人を聞かれるのは非常にまずい。絶体絶命であった。西山も、自分がやらかしたことに気づき、いつになくうろたえている。


(おい西山、蛍の光歌ってやろうか?)

(ごめんって金木、この借りはいつか返すから!)


 気楽そうなのは馬村だけである。彼は金木が口にした明太フランスの残りを食べていた。


「そっか、話を変えて申し訳ないけど、文化祭いつものメンバーで回ると思うから、馬村くんのところに遊びに行くわ」

「うん、ぜひ来て!」

「わー、楽しみぃ!映画も来てね!」

「馬村くんは何するんだ?たしかお化け屋敷だったよな」

「人の顔にこんにゃくをたたきつける役割」

「それアトラクション違うくないか?」


 金木は、動揺のあまり呆然とその会話を聞いていた。別に新藤が少し動けば当たる距離にいるから動揺しているわけではない。ないったらない。悩みに悩んでいた「どうやってさそうか問題」を西山が問題ごと消し飛ばしたからである。


(に、西山ぁあああああ!!!)


 西山は、悪寒を感じて周りを見渡したのだった。

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