ひとつ残らず、
その後も、青組は騎馬戦と棒倒しとで勝利を積み重ね、一位の白組に15点差まで迫っていた。2年生の学年種目である、男女のペアを作り踊り、その出来を競う競技――パレードの採点結果が反映されていないことを考えると、まだ勝者はわからない。残る種目は、マスコット評価、パネル評価、学級対抗リレー、応援合戦、色別対抗リレーである。
「え、新藤さんと金木くん、応援合戦もでるの……?」
「ああ、言ってなかったな。どうだ、似合ってる?」
金木は某スポーツブランドのマークをもとにした青組のTシャツに、青いはちまきと青い軍手、白い袴を着け、白い襷をかけていた。集合時間ももう近いというのに、馬村にこの姿を見せたかった金木と新藤はわざわざ青組のテントまで来たのだった。
「うん!超かっこいい!!」
「そ、っそうか!!!!」
頬を赤らめる金木に対抗して、同じ格好をした新藤も似合っているかと馬村に尋ねる。
「私もおそろいなんだけど、どうかな?」
「うん、新藤さんもかっこいいよ!」
「お、おそろい……!」
金木は、おそろいと言う言葉に顔を輝かせ、新藤が馬村に褒められて頬を上気させるのに落ち込んだ。面倒な男である。
「金木くん?」
「あー、馬村くん気にしないで、ちょっとこの人感情の調節弁がゆるゆるなのよ」
そういって東雲は金木の背中を力強くたたく。
「うん、これで直ったわ」
「俺は昔のテレビと同列なのか……?」
「あら、ずいぶんと自分を過大評価してるのね」
「なっ……」
「しょげないでよベイベェ~」
「はったおすぞ修馬」
「スミマセンデシタ」
馬村は、笑い声が響く中に自分がいることを実感して胸が苦しくなった。師匠と暮らしだすまで、こんなふうに誰かと笑いあったり、誰かとふざけ合ったりすることはなかったからだ。
(大事にしたいなぁ)
馬村は金木達のじゃれ合いを見守る新藤の横にたった。それに気づき、新藤は笑いかける。
「どーしたの?」
「どう、したんだろう、なんかうれしくて」
その声に、金木達も馬村に注目する。
「みんなのおかげで楽しいなぁって」
ふんわりとやわらかい風が馬村たちを包む。グラウンドに響く歓声もどこか遠く聞こえた。
「高校入ってから、いいことばっかだ」
サクッ、と新藤・金木・東雲・西山・修馬・小林の心臓が撃ち抜かれる音がした。チョロい。チョロすぎる。それでいいのか特進コース。
(((そういうとこだよ馬村くん!!!!)))))
なぜ新藤たちが顔を隠すのかわからず、不思議そうな顔をしている馬村に彼らは誓う。
「馬村くん、もっといい思い出作るからね」
「みてろ、俺たち学級対抗も色別も応援合戦も確実に取るから」
「ま、私も仕方ないから学級対抗は頑張るわ」
「あっ、私は……えと……つっ次の文化祭で活躍するよ!」
「俺と修馬もそれだな、文化祭で最高の映画を見せてやる」
「楽しみにしとけよ?」
馬村はなんで彼らがそういうのかよくわからなかったけれど……
「うん!!!!!」
みんなが幸せそうで自分も幸せ、それでいいや、と考えるのを放棄した。
そこからの新藤たちの快進撃は語るまでもないだろう。
「さぁ、始まりの合図はおなじみの銃声です。やる気満々意気揚々!一位の白組にほかの組が牙をむきます。ゴールラインを通るまで、なにが起こるかはわかりません!あー、ここでバトンミス!これは痛い!しかしまだ希望はあります。おっと、青組さん速いです!え、ちょっと速くない?これ大丈夫?白組さん頑張ってください!おいって!いけるいける!!!そんまま1位キープだ!!おい!しろぐみーーーーーー!!……あ。すみません……えー1位青組、2位白組です!」
こうして学級対抗リレーのアンカーだった金木と新藤はともに二人抜きをはたし、ヒーローとしてあがめられた。点数の大きな色別対抗も、男女ともに2位につくという大健闘で、体育祭は終わった。
青組
マスコット1位
パネル3位
パレード2位
総合順位 1位
得点係だった柔道部の部長が読み上げた結果に青組は湧き、1年生は先生のおごりでアイスが配られたのだった。
***
体育祭や文化祭の打ち上げは禁止されており、先生方は見回りをするとは言っていたものの、抜け道などたくさんある。青組1年生はちょうどこの9月に誕生日を迎える小林の誕生日パーティーという名目であのお好み焼き屋に集まっていた。
進学校と言うだけあって夜の外出が禁止されている者や塾がある者、用事がある者などもいたため、総勢40名ほどだった。話を予め通していたため、お店のご厚意で貸し切りとなった店内はいつになく人であふれている。あまり高校生はこの商店街にこないため、先生たちの目も届かないと思われた。
「「「かんぱーい!!!!」」」
金木は馬村に教えてもらった場所がみんなに広がるのが少し寂しかったものの、店主さんがいつもの仏頂面を崩して、口元に笑みを浮かべているのがうれしくて、そんなことはどうでもよくなった。
(馬村くんの隣の席だし!)
4人掛けのテーブルが5つ、8人掛けのテーブルが3つある店内で、金木は4人掛けのテーブルに座っていた。横は馬村、前は東雲、斜め前が新藤である。馬村・新藤・金木の三角関係をニヤニヤしながら見ることのできるベストポジションと言うこともあって、東雲の席はいつものメンバーで争奪戦が起きたのだが、東雲が中間テストの古文対策でつくったノートを貸すことを条件に譲り受けたのだった。まぁ、東雲以外のメンバーなら、気色悪いほど笑みをこぼしている金木に笑いがこらえられなかっただろうから、ちょうどいいのかもしれない。
「そういえば、8組の映画、どうなってるの?」
「ああ、ばっちりよ」
新藤・金木というイレギュラーを除き、運動が苦手な人も多い特進コース。いいところをみせたい、と運動会で主力となって動いていたメンバー以外はおおむね文化祭に力を入れていた。
「とりあえず爆発と踊りは満載よ」
「ハリウッドとボリウッド一直線だね!?」
「安心して馬村君、恋愛映画よ」
「どこに爆発の要素が!?」
馬村は驚いて食べていたモダン焼きを喉に詰まらせそうになっているが、聞いていた新藤と金木だってびっくりである。それに気づいた東雲は、新藤と金木を懐柔しにかかった。
「馬村君、梨花、英悟……先人の偉大な言葉にね、こんなのがあるわ。
『恋とは火薬に似ている。一度燃えてしまったら、大きな変化を生むのだ』
つまり恋とは爆発なのよ」
隣のテーブルにいた西山・小林・修馬は「お前適当に言っただろ」とツッコミそうになっていたが、東雲のあまりの自信ありげな話っぷりに、恋の病を患ったばかりの新藤と金木はコロッと騙された。
「なるほど、爆発は必要だな」
「そうだね、それは要るね」
「まぁ、それも面白そうだね。で、どういう話なの?」
そのときの東雲の顔は、筆舌に尽くしがたい。
「クラスの人気者の男女2人と、優しい控え目な男の子の、三角関係の物語よ。脚本は私!!!」
金木と新藤の気持ちを知らない馬村と、金木の気持ちは知らない新藤は「そうなんだねーすごいなぁ」と反応していたが、金木だけが、真相に気づいた。
(しーのーのーめぇ!!!)
東雲はどこ吹く風である。
その翌週、月曜日の朝。金木は東雲から原稿を強奪していた。
「きゃーらんぼーだわー」
「その棒読みやめろ!」
『俺、もしかして……斎藤のこと、好き、なのか…』
――火薬の爆発する背景――
<BGM>恋はつらいよ、男のサンバ!!
※男子生徒女装でサンバを踊る
「おい、なんだこの原稿は!!!」
「ちなみに作詞・西山、作曲・小林よ」
「ノリノリかよこのクラス!」
「安心しなさい、名前は変えてるわよ」
「そんな至極当たり前のことを感謝しろとばかりに言わないでくれ!」
ここに金木は「文化祭の手伝いは無理しなくていいよ」というこの性根の腐った幼馴染の言葉が、全く優しさから来たものではなかったことを知るのである。