あなたは嫌かもしれないけど、
強くなりたい、というのは人類共通の願いだろう。小説投稿サイトで主人公が最強の物語が流行るのも、幼稚園で子供たちがヒーローの真似をして遊ぶのも、強くなりたいからだ。だけど多くは、強くなりたいと口にしながら本当に強くなろうとはしない。
生まれた時、何も持たなかった人間は、歳と共に大事なものでリュックを抱え切れないほど重くしてしまう。守りたいひと、大切な思い出、叶えたい未来で倒れてしまいそうなほどだ。
物語の主人公のように、強くなりたい。そうして優しく。誰かの弱さを丸ごと愛せるように。心が息切れしているような人に、安らぎを与えたいのだ。
(馬村くん、みたいに)
守られたいのではなく、力になるために、ここにいる。大切なひとの大切さを見失うなんて、許容できない。
「梨花ちゃんも、そろそろ武器を持ってもいいかもな」
だから、それは朗報だった。
「武器、ですか?」
「そそ、馬村で言うとだな、英単語帳とか、古文単語帳とか、勉強道具だな。現実世界から精神世界へ来るときに勉強道具を持ってたらそれを武器にできるし、持ってなかったら、あー、やってみて」
「はい」
馬村は静かに目を瞑り、その胸にこぶしを充てる。その時、風が吹いた。ごうごうと音を立てて、馬村から風が吹く。強い風に目を瞑ったから、新藤は馬村の胸からノートと万年筆が出てきたのに気づかなかった。
「これが、武器ってわけ」
これ以上ないほどのドヤ顔である。
どちらも鹿の角と森がデザインされたようなものだった。新藤は初めて見る。
「まぁ、現実世界から持ち込んだやつより、こうやって取り出した武器のが強いからな。梨花ちゃんの心が育つまでは、心に負担がかかるから武器は持てなかったんだが、そろそろいいだろ」
師匠は新藤の頬をむにっと持ち上げた。意味はない。したかっただけである。
「大事にしたい今を、この短期間で積み上げてきたみたいだしな」
頬が熱を持ったのが、新藤は嫌でもわかった。小さく頷き、新藤はその大きな瞳を閉じた。わからないからこそ、わくわくした。新藤とて、まだ子供である。毎週日曜日の朝にテレビに張り付いては、プリティでキュアキュアな少女たちを応援し、自分も中学生になったらプリティでキュアキュアになれると思っていた部類の人間にすぎない。武器、なんて、現代人にとっては縁の遠い、それこそ魔法と同種のものだ。
先ほど馬村を包んでいた風が、今度は新藤を包む。暖かかった。耳をすませば川のせせらぎが聞こえてくる森の深いところで、わずかに差す柔らかな光を受けながら大きく息を吸ったような、そんな感覚。
大きな、槍だった。梨の花のように配置された金剛石が美しい。新藤は、初めて持ったような気がしなかった。それくらい、手になじんでいた。
「きれいだな」
「強そう。それもかっこいいね」
新藤は、感動で言葉もなかった。武器の美しさもだが、一番は、これから彼らの力になれるということ。一人で涙をこらえる彼ら彼女らの憂いを、少しでも減らすことができることが、うれしくてたまらないのだ。
「これから先」
浮かれた弟子たちの頭をぐしゃっと撫でて、師匠は居直った。
「学校以外に出たアクイの元にも、行かないといけなくなるだろう」
怪訝そうな顔をした二人に、師匠は申し訳なさそうに顔をゆがめた。
「梨花ちゃんはずっと気になってたと思うけど、この町だけなんだよ。アクイが発現するのは。理由はわからない。この土地を守る神がいないのかもしれないな。心を壊しやすいんだよ、この町にいると。心が自然と弱ってしまうようにできてる。まるで呪いだ。だからこそあたしたちがいるわけだが、まあ本題はそこじゃない。どうやら本家――馬村の親たちだな、彼らが本腰を入れて黒の剣士を追うことになったようだ」
「それで、手が足りなくなった、というわけですね」
「ああ、もともと馬村は芦原高校にとどまるって話だったのにな、悪い。だがまぁ、事情は変わった。頼むぞ」
悩むべくもない。
守ることのできる力がある。
守りたい思い出が、人が、優しさが、この町にある。
「「はい!」」
さぁ、船出だ。
***
「位置について、よーい」
けたたましい銃声とともに、レースはスタートした。放送部のアナウンスに応援されながら、赤青白黄の選手が走るのを、胃が痛そうに、馬村は見ていた。
「大丈夫だよ、馬村君」
新藤が体操座りの馬村の肩に手を置いた。
「まかせて」
金木は、その反対側に手を置いた。
「大丈夫、俺たち強いから」
少女漫画を見た成果か、いつもの2割増しでキラキラしてる、と馬村は思う。日の光だった。なんだかまぶしい(物理)。ショートカットだからか、その長い手足のためか、新藤はとても女子にもてる。笑った顔がかわいいのに、普段はかっこいいからそのギャップに落ちる人は少なくない。金木は言わずもがなである。新藤と馬村さえ絡まなければ、新藤と馬村さえ絡まなければ、完璧王子だからだ。新藤と馬村さえ絡まなければ。
「2人とも……」
馬村はへへっと笑って、2人の手を取ってたちあがった。
あれ、ヒロインだれだっけ。