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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
25/55

鏡を見つけて、

 極彩色の世界も、慣れてしまえば鮮やかさなど忘れてしまう。白黒映画を数分みただけでその色がないことを深く意識しなくなるように。師匠は今日も大量の鏡に囲まれながら、残酷なまでに美しい世界で息をついた。


 鏡、とは何なのだろう。

 吾輩は猫である、の中で猫は「鏡は己惚の醸造器であるごとく、同時に自慢の消毒器である」と述べている。猫には目がない師匠は題名に惹かれてこの小説を手に取ったけれど、小難しい言い回しが多くて、よくわからない部分はそのままに最後まで読み切った記憶があった。猫の言葉の中で、この言葉がずっと心の奥底にしこりとなって存在している。


(実際、そうなんだろうか)


 全く、猫は本当に賢い。「前世が猫なら、私はどんな罪を犯して、人間になり下がったんだろう」とどこかで読んだ小説にも書いてあったっけ。


(きっと、大切な人を助けられなかったとか幸せにできなかったとか、そんなことだろう)


 師匠は時折鏡を覗き込んでは、鏡を――人々の心を見つめていく。よどんでいたり、キラキラしているものの中に大きなシミがあったり。大きかったり、小さかったり。


 三種の神器の一つに八咫鏡という鏡があることからも、日本人にとってどれだけ鏡が大切なものなのかわかる。私利私欲で行動していないかを自制するために鏡を使うよう、アマテラスが伝えた場面も古事記にある、と新藤が言っていたのを師匠はぼんやりと思い出した。


(ああ、はやく)


 目をつぶる。自分の過去を瞼に映した。


「剣介……」


 その時、モノクロの世界で、馬村は誰かに呼ばれた気がして、ふっと振り向いた。轟轟と灰を散らしながら小さな龍が教室で暴れまわっていた。空を飛びたいのだろう。授業中に偶然教室に入ってしまい、なかなか外に出れず、窓に激突を繰り返す蜂のように龍は飛び回っている。

 飛んでいるものを相手にするのは、難しい。

 だけど。


「馬村くん、避難完了した!」

「りょーかい」


 やることは変わらない、いつも、いつでも。

 馬村は手始めに誰のとも知らない机を龍に向かって投げつけた。机の上を飛び曲がりながら、何とかその尻尾をつかもうとあがく。

 空に住むドジョウを掬っているような動作だった。または、へたくそなタップダンス。


 しかしその間抜けな姿の成果か、馬村はどうにかこうにか尻尾をつかんだ。


 そして勢いよく数学の教科書で龍を殴りつける。


「チェバ・メネラウスの定理!」


 今日も、世界に色が戻っていく。


***


 今日の成果を師匠に報告する前に、本屋に寄りたいといったのは新藤と馬村、果たしてどっちが先だっただろうか。運動会準備中だというのに、2学期の実力テストを返却してきたあの性格の悪い担任のせいである。馬村は、範囲が広がったからであろう、300人中248位と、順位を落としていた。


「はっもしかして記憶喪失……ここはどこ、私は誰!?」


とは、馬村の言葉である。


 商店街にある、個人経営のその本屋も馬村の行きつけだった。実力の記憶はどこへやら、馬村は本屋に行くのが楽しみで、ルンルンしていた、ちょろい。


「ここ?」

「そう、風情があるでしょ」


 手書きのポップが並び、棚に隙間がなく、あるべきところに本が収められていると感じるような、本を好きで好きでたまらない人がやっている本屋だと一目でわかる本屋だった。本のにおいを鼻いっぱいに吸い込み、新藤は隣の馬村に「参考書コーナーに行こう」と話しかけようとして止まった。


「「…………」」


 金木英悟が、少女漫画コーナーで仁王立ちして漫画を選んでいた。立ち読みをするのは気が引けるのか、タイトルとあらすじを見ては眉をひそめている。


「「…………」」


 見てはいけないものを見た気がして、2人は無言で参考書コーナーに向かった。小さな書店だから、こっそりと。ちょうど少女漫画コーナーとは逆側にあるから都合がよかった。2人が『重要例題40』の購入を決めてレジに持っていこうとすると、金木がすでに並んでいた。


 二人は急いで身を隠す。


『王子様になりたくて』『天空の贄』『金平糖と私』『これは全部君のせい!』『魔法使いは今日も、』


 少女漫画好きは恥ずべきことでもなんでもない。新藤とて恥ずかしがっていない人なら声をかけている。しかし金木は、キョロキョロと周りを確認しては少女漫画を購入しているし、少女漫画を買うのを隠すように新書などで挟んでもいるようだった。


(しっかしいいセンスしてる)


 どうにかこうにか金木にバレずに本を買うことに成功し、新藤と馬村は師匠の元へと急ぐ。

 運動会の練習が早めに終わったとは言え、6時。今が7時近く、馬村の家から、新藤の家までは40分かかる。新藤は8時半には家につかなければいけないので、あまり時間はなかった。


「ただいま!」

「お邪魔します!」


 どうせ鏡の間にいる師匠には聞こえないが、こういうのは気持ちだ。2人は靴をそろえて、鏡の中へと飛び込んだ。

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