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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
24/55

さっさと、

 昨日は疲れて倒れこむようにして眠ってしまったから、金木はカーテンを閉めるのを忘れていた。窓をたたきつけるように降る雨の音でゆっくりと目をこすりながら体を起こす。空が号泣しているような雨だった。土曜日なのに、平日と同じ時間に起床してしまったことを悔いながら、大きく背伸びをした。


 人間は人生の三分の一を寝て過ごしている、と聞いてテレビで我が物顔で話しているタレントが「もったいない」と言っていたことをぼんやりとした頭で思い出す。金木は、「人間は贅沢だな」と思ったから、そのタレントの反応が意外で、よく覚えていた。彼女にとっては、夢の中より、現実を生きる方が楽しいのだろう。それが少し、わかるようになった。


 タオルをセットして、冷水を顔に浴びせる。頬をつーっと滑る水が涙のようにも見えた。洗面台の三面鏡に自分の姿が映る。タオル地の灰色のスウェットも、重力に逆らってはねた髪も、なんだか間が抜けていた。


(カッコ悪)


 だけど、昨日一緒にお好み焼きを食べた友人なら、丸ごと全部かっこいいというのだろうな、と思う。金木は馬村のことを思い出して、自然と顔をほころばせた。


(…………って、何ほだされてるんだ俺!!)


 洗顔を終えた顔をタオルで優しくふき取りながら、金木は愕然とした。


(しっかりしろ!俺はアイツに新藤を取られたくなくて、アイツの魅力を探ろうとしたんじゃなかったのか!)


 そう思ってすぐ、金木は鏡をじっと見た。

 いま、じぶんは。

 なにをかんがえた?


(は、いや待て、俺は別に新藤を取られたくないとかじゃない!それじゃあまるで、まるで)


 顔が火照る。金木は、力なくタオルを落とした。

 

「恋してるみたいじゃないか……」


 まさか、と思う。だけど鏡に映った顔は自分でも見たことがないほど赤くて。耳までが熱い。


「ち、違う!違うちがうちがう!」


 金木は、逃げるように洗面台を後にし、リビングへ朝食を食べに向かう。何か他のことを考えたくて、急いでテレビをつけた。


「こーいしちゃったんだ、たぶんきづ」


 ぶつっ、と勢いよくテレビを消す。間が悪い。いや、東雲あたりならテレビに拍手喝采しそうだが。


(だから、違うって言ってんだろ!!!)


 その土日は、なにも手につかなかった。何をするにも新藤と馬村の顔がチラついてしまうのだった。




「マスコット無事でよかった」


 月曜日。7時13分。

 学校は、まだ雨の匂いが立ち込めていた。例の如くいつもの特進メンバーと馬村でマスコットで無事かを確認しに集まる約束をしていたので、金木は余裕を持って学校に来ていた。一番乗り。


(べつに新藤と馬村に早く会いたくて早く来たんじゃない、時間はさ、ほら守らないとだしな!)


 校庭には他の色ーー赤、白、黄のマスコット製作に携わっている人の他、各色の応援団の姿も見える。


「ぐっ」


 曲がり角から出てきた新藤が金木を見つけるなり、満面の笑みで駆け寄ってきたのを見て金木は間抜けな声を出した。


「あらー!英悟ー!どうしたの〜!」


 ニマニマとしながら新藤の後ろをついてきた東雲にも気づかないほど金木は心を揺さぶられていた。


「ば、な、なんもないし!」

「ふーん?」


 西山も小林もやってきて、残すは修馬と馬村だけになった。眠そうに目を擦る西山に、東雲はおはようの代わりに体ごとぶつかる。軽い体重のせいで、ぽすん、という音がした程度だったけれど、何もされていない小林が慌てていたのでなんだか笑えた。その様子が可愛いと新藤が小林に抱きつく。


「あ、おはよう!」


 駆け寄る馬村に、金木と新藤は薔薇を背負いこんで笑って手をあげる。二宮金次郎もかくやと言う荷物を持って前のめりになって歩く馬村に、二人はアイドルを見ているかの如く顔を輝かせたのだ。


「「まっ馬村くん!」」


 その様子を見て東雲、西山、小林の三人は額を寄せ合った。


(待って私笑いすぎて腹痛い……!)

(馬村くん凄すぎだろ、金木と何があったんだよ)

(あっ馬村くんと新藤さんを応援するのかな?)

(いやー、アイツはあれで中々チョロい上に馬鹿だからね、自分の状況も把握できていないんじゃない?)

(そうだな、修馬とは別のタイプの勉強はできるけど馬鹿だもんな)

(どうする?助ける?)

(いやー、面白いし、しばらく放置しましょ!)

(賛成!)

(右に同じ!)


 明日の予行練習までにはあらかた完成させないといけないから、時間はあまりなかった。今週1週間は授業もなく、朝から夜まで運動会と文化祭の準備ができるとはいえ、各自出る競技の練習もある。学級対抗リレーと色別リレーに出る新藤や金木は置いておくとして、そのほかのお玉リレーや大縄跳び、騎馬戦に出る人たちは特に忙しい。


 朝の約束の時間に遅れてきた修馬に罰としてパン販売のお使いを頼み、朝からずっと運動場で作業をしていた金木たちは一息つく。新藤はマスコットの経過について先生に報告に行っているし、馬村は大縄跳びの成果が芳しくないようで、練習が長引いていた。


(今しかない)


 金木は、作業に使っていたスズランテープを置いた。自分でぐるぐる考えても埒があかない。新藤について相談したいと思った。


 そうなってくると、やはり東雲真綾、この幼馴染の自分のことを知り尽くしたような少女しかいないのだが。なんだか面映くてならなかった。


 だけど、そうも言っていられない。このままこの動悸が続けば病気になる気もした。ならないが。そうして、彼は覚悟を決めたのである。


「そうだ東雲」

「何」

「相談がある」


 東雲はポト、と青いインクのついたハケを落とした。そうして西山と小林に目配せする。


(ついにっ、じかっ自覚したんじゃない!?)

(待って東雲、笑いすぎっ、気をつけ、ろよっ)

(そう言う西山くんもね。あっ、私たちも影で見守っとくね!)


 そうして、ここに「金木、新藤、馬村を見守り隊」が結成されたのである。誰が誰とくっついても面白い、と彼らはノリノリであった。


 連れ出されたのは体育倉庫とグラウンドの間の石段だった。まだ少し石段は湿気ていて座ってしまったら濡れてしまいそうだったけれど、もうすでにジャージは汚れていたので二人はそこに腰掛けた。


 腰掛けてすぐに、金木は本題を切り出す。


「知り合いがな」

「うん」

「少し気になっている人がいるらしくて」


 ごふっ、と東雲は思わず咳き込んだ。


「どういう風に?」


 わかっていたがあえて尋ねる。面白いこと至上主義の東雲真綾。堅物の幼馴染の恋なんて面白くって仕方がないのである。


「ふとした時、例えば美味しいもの食べてる時とか、綺麗なもの見ている時とか、何でもない時でもその人のことを考え、て、しま」

「何照れてんのよ、友達の話なんでしょ、それで?」

「あ、ああ。あとは、顔見ただけで頬が紅潮する、みたいな」

「恋ね」


 東雲はノータイムで切り捨てた。これ以上聞いているとポーカーフェイスが崩れてしまいそうだった。ちなみに、二人は気づいていないが木の下でこの会話を聞いている小林と西山は大ウケだった。


「あ、いや、その」

「恋よ」


 金木は、顔を真っ赤に染め上げた。耳までが火のように暑い。


「これが、恋……?」

「何よその初めて心を持ったロボットみたいな感想は」


 ていうか「これ」って言っちゃってるし、と思わず腹を抱えて笑ってしまいそうで、東雲は頬を噛んで耐えた。間一髪だった。

 

「そうね、その人は、少女漫画を読むべきよ」

「は?」


 金木は東雲の変化球になす術もなかった。


「思うにその人はまだよくわかっていないだけ」


 アスファルトが朝日を照り返していた。そのせいでなんだか暑い。


「いーい?何事も予習復習が大事なわけ!わからないなら学ぶべきね!少女漫画は最強の参考書よ!」


 金木は、もうよくわからなかった。なんだか間違っているような気がした。けれど、ほかに手段も思いつかない。


(西山くん、あれ、わざと変な方向に行かせようとしてない?)

(ああ。東雲完全に金木を馬鹿にしてやがる。さっすが黒髪ボブ。性格悪いぜ)

(待って黒髪ボブが性格悪いっていう少女漫画の法則知ってるって、西山くん結構少女漫画読み込んでるね!?)


 木陰に隠れた小林と西山はその後おすすめの少女漫画談に移行して行った。


「…………って、お友達くんに伝えて!」


 そう言った東雲は、邪悪に餌を見つけた鷹のように笑って去っていった。


「……は?」


 金木はまだ、フリーズしていた。

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