いい加減に、
日が落ちる前の空に、うっすらと今にも消えそうな雲がかかっていた。生暖かい空気が体をなでる。運動場の端に用意された組み立てブースは虫も多いというのに、体育祭まで後1週間ともなると、生徒たちは頬を蒸気させ、お揃いのTシャツを作ってマスコットの組み立てに勤しんでいた。
1年生の青組のTシャツは小林由美がデザインしたもので、8月の雨上がりの空みたいな青色に、栄養成分表を模した、青組成分表が描かれている。
「せーのっ!」
「こっちはおっけー、そっちもうちょっと持ち上げて!」
「釘こっち足んない!」
「ハサミどこ!」
普段は気怠げな男子も、いつもはおちゃらけている男子も、額の汗を拭くこともせずに真剣に作業している。女子は細々としたものを運んだり、支えるのを手伝ったりと、自分たちにできることを探しては行動していた。
「どうにか間に合いそうだな」
「ん、良かった!」
指示を任されている金木と新藤は、拡声器を片手に疲れを見せずに微笑んだ。1番大変だったのは、どう考えてもこの二人だった。
「ただ……」
「うん、台風でしょ、どうしよう」
週末にやってくると言う台風が問題だった。幸いにも運動会とは被らないものの、マスコットがやられてしまえば、意味はない。
この近くは台風がよく来るために、家々は台風に強く、普段は「台風が来る」となると芦原高校の生徒たちは「休校になるんだ!」と喜ぶだけなのだが、今回は違う。
台風を恐れて頑丈に作ったとはいえ、手作りのもの。しかも大きすぎて、校内には入らない。飛ばされてしまったらおしまいだった。
「とにかく校舎にくくりつけるしかないよね」
「そうだな、実行委員が指示を出すって言ってたから、次期くるだろ」
そう言って金木は新藤の背中を叩いた。
「そんな顔すんな、大丈夫だよ」
新藤はそんなに酷い顔をしていただろうか、と新藤は自分の顔を両手で覆い、頬の肉を目の方へと引き上げ、そうして下した。むにゅっという音が聞こえてきそうなその動作に、金木は破顔する。
「あ、笑ったな?」
新藤はそういって、拡声器を口の前に持っていく。
「えー、みんなお疲れ!今週末台風がきそうだから、細かな装飾は、取り敢えずつけないで置くことにします!あと、龍の体を支える部分が今のままだとすこし弱いので、支えを新しく作っておきたいと思います。手空いてる人、体育館側に集合!」
一息で言って拡声器を下し、新藤は金木の方を向いた。夕日を背にして立った新藤の、その黒髪が日に照らされて普段より艶やかに金木の目に映った。
「失敬失敬、金木しかいないから気が緩んでたのかも」
金木は、言葉を失った。
安心し切ったように笑う彼女から、目が離せない。
汗ばんで少し張り付いたTシャツも、作業を手伝ったせいで砂がついたジャージも、腕についた絵の具の跡も。着飾っているわけじゃないのに、なんでこんなに綺麗なのか。
さーってもうひと頑張り、とグイッと体を伸ばして新藤は体育館側に向かっていった。
体育館側にはちらほらと人が集まって来ていた。その中心に立ち、完成間近のマスコットを指し示しながら彼らと計画を練っていく新藤の姿が、集団の中でやけにはっきりと見える。
(なんだ、それ……!)
金木は片手で口元を隠し、横を向いて顔だけで新藤を追った。他意はない、わかっていた。友達だから言ったこと。そんなこと、嫌って言うほどわかっている。だってさっきまで、新藤は隙あらば馬村が作業しているのを心配そうに伺っていたんだから。
「あのー、金木くん、鈴蘭テープってあまりある……って、うわ、どうしたの!」
小走りに自分の元へ走ってきた馬村にも、気づかなかった。それほどに、金木は動揺していた。
「あ、ああ。鈴蘭テープね、実行委員室にまだあまりがあったはずだけど」
馬村は金木の顔を覗き込む。
「大丈夫?熱中症かも、顔赤いから休んでたら?」
「ああ、そうする……」
呆然と座り込み、金木は遠くに走り去る馬村の姿を目線で追う。
(なんだこれ)
告白されることは、今までたくさんあった。
(なんだ、俺……!)
だけど、恋をしたことはない。
(どうなってんだよ、心臓……!!)
金木英悟が恋に気づくまで、あと少し。