大事なことを、
金木英悟は困惑していた。
段ボールをハサミで切るのには、普通の紙を切るよりも力がいる。それはわかっている。
けれど――
「あっ……」
目の前の男はそれにしても、不器用が過ぎると思うのだ。
(一体新藤は、馬村くんの何がいいんだ……?)
彼は新藤が馬村に思いを寄せていると口にした時、その場の誰よりも衝撃を受けた。
頭が良くて、運動ができて、人当たりが良い、彼女のような人が選ぶのは、同じように文武両道で人に慕われる、自分のような男だと、心のどこかで思っていたからだ。
彼は、自分が特別であることを自覚していた。どんな行動も好意的に解釈されると言う事実に甘んじることなく、「いい人間」であろうと努力もしていた。
勉強も、幼い頃から習っていたピアノも、別に好きなわけではないけれど、やれば人並み以上にできた。多分、要領がいいのだ。順位のつくものはなんでも基本1番だった。
だから彼は、入試の結果が2番だと言うことに衝撃を受けた。入学式の挨拶は、当然の如く自分がすると思っていたのだ。
壇場に上がった自分を負かした少女は、よく響く心地よい声で話した。仲良くなりたい、と思ったのはその時。彼が他者にそう願ったのは初めてのことだった。
仲良くなってさらに、彼は彼女の規格外の能力に驚くことになる。
県の優秀選手に選ばれるバレーの腕前。
一度見たものは忘れない、記憶力。
1を知れば10を可能にする、応用力。
特進コースの生徒でも前日の夜から勉強する人が多い、40単語の英語の小テストも、テストが始まる5分前にペラペラとページを捲るだけでいつも満点。
旧帝大と呼ばれる難関大学の後期試験で実際に出された問題をさらに難しくした問題がテストで出た時も、一人だけ満点を取って先生に褒められていた。
金木は自分を超えるものの存在に憧れた。好きでもないのに、親に言われてやっていた勉強も頑張ろうか、と思った。
(そんな新藤が放課後図書館で勉強してるって言うから行ってみれば馬村くんの勉強見てるんだもんなぁ)
新藤は勉強する必要がほとんどない。
そもそも予習復習などしなくとも、全部その場で理解しているはずなのだ。
不思議に思って覗きに行くと、新藤は小説を読んでいるふりをして、馬村の顔ばかり見ているのである。
(俺の方が、どー考えてもカッコいいんだけどな)
それは、実際そうだった。
(俺の方が身長あるし、俺の方が筋肉あるし、俺の方が先に出会ったのに)
だからこそ。
だからこそ彼は、最初の疑問に戻ってくるのである。
(一体新藤は、馬村くんの何がいいんだ……?)
金木はその左右対称の整った顔を歪ませて、馬村を失礼にならない程度に見つめていた。
「ぐぬ、あっ!」
またもや馬村は手を滑らせる。新藤は笑って、補強用の青いテープを差し出していた。
(ダメな男が、好みなのか……?)
金木は自分の手をじっと見つめた。
(じゃあ、俺が、ドジになったらいい、の、か……?)
東雲真綾はそんな彼らの様子をじっと見ていた。彼と彼女は幼馴染。幼い頃からミスターパーフェクトとして名を知られる彼の気持ちなど、彼自身よりも分かっている。
本人は気づいていないが、彼は新藤が好きだ、と東雲は確信していた。それゆえに面白いものが見られそうだと思って、馬村を作業する新藤と金木の元へ行かせたのだが、
(想像、以上っ!)
東雲はプルプル肩を震わせながら、苦悩に顔を歪ませる金木を見ていた。
(あー、おかしい!あれはプライドが邪魔してわざとミスするなんてことができない顔ね、最高すぎる!)
段ボールにハサミを入れながらプルプル手を震わせる金木は、まるで大型犬のようだった。こう言うところが、彼が駄犬と仲間内で称される理由である。
「おい、東雲、性格悪いぞ」
「何よ、西山だって笑ってるじゃない」
「いや、これは不可抗、力、ぐふっ」
「せめて最後まで言いなさいよ」
西山は、込み上がる笑いを抑えるために自分の胸を叩いた。
「あいつこのままだと馬村くんに付き纏うんじゃないか?魅力分析だなんだって言って」
「まっさかー、流石にそこまでアホじゃないでしょ!」
その、まさかだった。
作業時間の終了を告げるチャイムがなり、ゾロゾロと青組のみんなが教室を後にしていく中、金木は言った。
「馬村くん、もし良かったらなんだけど、僕も勉強教えようか?こう見えても学年2位だし、役には立てると思うんだ」
断る理由など、馬村には皆無。新藤は、2人っきりの時間が少なくなるな、と一瞬考えたが、馬村のためにはその方が良い、と考え直して、笑顔で頷いた。
「え、ありがとう!!」
その横で、西山裕太と東雲真綾が腹を抱えて笑っていたのを、修馬と小林由美が不思議そうに見ていた。




