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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
20/55

逃げずに、

 名ばかりの夏休みの最後の日、芦原高校の生徒のほとんどは、一日中机に張り付いていた。


(終わんねぇよぉおおおおお)


 数学の問題集の横に回答を置き、問題も見ずに写す生徒や、答えの配布されていない課題を分担して解き、写し合っている生徒もいる。


 芦原高校で言うところの、「写経」である。写経のプロたる彼らは適度に間違い、計算式らしき何かを書き、あえて下敷きを使わず汚れを作り、汚れた消しゴムで消すことで跡を残しては、写した証拠を消していく。


「どれくらい写した(しゃきょった)?」

「俺数学と国語の要約だけー」

「マジかよすご」


 このような会話は、夏休み明けの風物詩である。


 そんな中、馬村鹿乃介はと言うと。


(これ、難しいなぁ)


 もちろん、写経などと言う言葉も知らない。

 しかし、わからない問題が多すぎて、全く進んでいなかった。正しくは、国語や英語など、埋めることができる教科は終わっている。ほとんど間違っているので赤一色なのだが。

 考え方がわからなければ何もかけない数学が鬼門であった。


(あ゛ーー課題全部終えてからテスト勉強すべきだったー)


 そうして夜は更けていく。

 案の定、翌朝になっても課題は終わっていなかった。


「このクラスの、未提出者集会参加者はー」


 つまり、未提出者集会、通称「みてしゅー」に呼ばれるわけで。


「馬村!」

「ひゃい!」


 思いっきり噛みながら馬村は連行されていった。

 蒸し暑い教室に、30名ほどの生徒が集まる。なんの嫌がらせか、クーラーは切れていた。見知った顔はあまりなかった。ほとんどはスポーツ推薦の子達だろう。


「あ馬村くんだ」


 向こうから馬村を呼ぶ声がする。ここにいるような知り合いなどいただろうか、と馬村は声の方へと顔を向ける。馬村の知り合いは要領のいい人が多いのだ。


「へ?あ、修馬ーあーなんて呼べばいいかな」

「修馬でいいよ、馬村くんも 未提出者集会(みてしゅー)?」


 馬村は不本意ながらも頷いた。


「うん、君とかいらないよ」

「了解。馬村、未提出者集会(みてしゅー)仲間だな」


 嫌な仲間である。

 差し出された手を馬村はしかと掴んだ。

 このままミュージカルでも始まるかと思われたが、


 ここは未提出者集会(てきじん)である。


「へぇ」


 後ろから、教科書を丸めた体育教師が二人を叩いた。


「そんな楽しいものだと思ってるのかぁそうかぁ」


 アルカイックスマイルを浮かべた冬でも半袖のその教師が馬村たちには悪魔に見えた。頭を押さえながら二人は怯える。


「終わる頃にもそれが言えるといいな」


 急に真顔になった体育教師に二人は震え上がった。


(体育課題ないのになんでいるんだよぉ〜!)

(いや、修馬くん、毎日ストレッチって課題一覧に書いてあったよ。僕1日忘れたもん)

(提出の義務はないだろ!……つーかまじめにやったのか!?)


 その後のことを、二人は覚えていない。

 ただ、右と左とそれから前から圧力をかけられて、ひたすらにシャープペンシルを動かしていたことだけは確かである。


***


「ーーーーーなるほど、それで仲良くなったの?」

「そそ、未提出者集会(みてしゅー)参加者の絆は強いぞー」

「強いぞー!」


 馬村と修馬は集会後、体育祭の準備に取り掛かっている新藤たちの元へと向かった。


 新藤の指示のもと、模造紙に色を塗ったり、段ボールを切ったり、組み立ての基礎となる竹について話し合ったりと、作業は順調に進んでいるようだった。


 さすが新藤さんだ、と何故か馬村が鼻を高くする。


 修馬は未提出者集会(みてしゅー)仲間をいつものメンバーに紹介したいと意気込んで手を動かす彼らの元へと馬村を引っ張った。


「紹介するよ!」


 新藤は知ってるもんな、と修馬は言ってダンボールを切り刻む男の肩を叩いた。


「この男が、金木英悟。マスコット制作のサブリーダーだな」


 よろしくと言って差し出された手は大きかった。それもそのはず、165センチの馬村に対して、英悟は178センチ。それだけではない。英悟は顔も整っている。切長の目に高い鼻、楽しい話をたくさん聞かせてくれそうな口元、馬村ですら見惚れてしまいそうな美丈夫である。


「よろしくね」


 英悟はしげしげと馬村を見つめ、またダンボールを刻み出す。


 そんな英悟を見て修馬は「ミスターパーフェクトって言われちゃいるが、仲良くなると駄犬って感じだから、あんまり気負わずに接してくれよ」と耳打ちし、奥を指さして次の仲間を紹介する。


「んでー、そこで作業してるのが、小林由美」


 そう呼ばれたローポニーテールの少女は作業を止めて顔を上げ、馬村を見て驚いた顔をし、一瞬新藤を伺って、もう一度馬村を見た。


「あっ、馬村君」

「よろしくお願いします」


 女の子なので握手はしない。

 修馬は一言、「小林製薬系女子です」と言ってのけた。


「あっ、よろしく」


 その後すぐに「あっ」と小林由美が言うものだから、馬村は全てを察してまずいのではないかと修馬を伺うが、修馬が「そういうキャラだと思って、憐れむとかバカにするとかじゃなくネタにする方向でおなしゃす本人の意向」と小声&早口で言ったので、その配慮を受け取って優しく笑った。横で修馬が誰かに叩かれる音がする。


「あほ」

「げぇ、東雲に西山!」


 振り返ると、ボブカットの気の強そうな美少女と燻製の匂いを漂わせた猫目の男がそこにいた。


「こんにちは馬村くん、東雲真綾です、よろしくね」

「西山裕太、よろしくな」


 こちらこそよろしく、と礼をして馬村が顔を上げると、二人はにまにましながら馬村を見ていた。


「ちょーどいいとこにー!」

「棒読みすぎだ」


 西山裕太のツッコミを無視して東雲真綾は続ける。


「ダンボール班の手が足りなかったンダヨネー」


 そうしてにっこりと笑った。


「手伝ってキテヨー」


 東雲真綾が指さした先では、新藤梨花と金木英悟が黙々とダンボールを切っていた。

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