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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
17/55

急いで、

 そのちょうど30分前、新藤梨花は、グラウンド横の第2体育館に、バレー部の誰よりも早く到着していた。1か月ぶりのその場所に入るため、入り口の扉を開けようと力を籠める。ローファーを靴箱に置き、着替えるよりも先に暗幕を上げに彼女は進んだ。まぶしい光が降り注ぐ。まるで彼女のショートカットの黒い髪の上を光の妖精がタップダンスでもしているかのようにキラキラとした光がみえた。期末テストが実施された1週間とその準備期間であった一週間、計2週間はテスト期間で部活もなかったからだろう、心なしか埃っぽい。もしかするとそれが光を反射しているのかもしれない。確か掃除の見張りの先生が最近お休みしていたはずだ。掃除担当の1年生が手を抜いたのだろう。


 人の来る気配もないので、まだ着替える必要はない。倉庫のドアをあけ、バレーボールを手に取った。青と黄色で彩られたボールをくるくると回す。新藤はボールが手に吸いつくようなあの感覚を感じなかった。


(それは、でも、前からか)


 馬村に見つけてもらう数時間前。あの日の練習試合で、新藤はレギュラーメンバーから降ろされた。理由は明確。サーブが打てなくなったから。


 (体が、重かった)


羽がついてるみたい、と称された中学生のとき、バレーをするのが大好きだった。体は軽く、しなやかだった。芦原高校に入学してすぐにレギュラーに入り、高総体に出ることになったのも必然だった。その陰で2、3年生が隠れて泣いていたこともわかってる。特に3年生は、最後の大会だから出場への思いは強かっただろう。それでも、新藤の前ではそんなことをおくびにもださなかった彼女たちが好きだった。尊敬していた。


 だから。

 だから、


 県高総体準々決勝2セット目。

 練習試合では何時も勝っている相手に1セット目をとられ、22対24で負けていたあの時。

 自分のサーブミスで終わった試合を、

 試合終了を告げる笛の音を、

 号泣する先輩たちの背中を、


 忘れることが、できないのだ。


 試合後久しぶりの一般授業再開の日、クラスの週末課題を集めて職員室に提出に行っていたために遅れて部室についた。教材がパンパンに詰まった大きな黒いリュックを背負い、部室のドアを開けようとすると、声が聞こえた。


『調子に乗ってるからミスるのよ』

『もっと、先輩たちと部活続けたかったのに』

『あれなら、3年の先輩が試合に出るべきだった、最後、なんだから』


 敵が必要だったのだと、今なら思う。だけどその時は何も考えられなかった。重力が強くなった気がした。リュックが重くて立つのがやっとだった。呆然としていると、トイレに行くつもりだったらしい仲間がドアを開けた。


『あ……』

 

 あの時、荷物を置いて逃げ出すこともできず、挨拶をして部室に入り、結果見えない線を引かれたんだったか。


(……着替えよ)


 それからずっと、サーブミスが続いている。馬村と出会った日の練習試合でも、サーブは打てないままだった。いったん休部してはどうかと言われ、考えさせてくれと言ってあの場所で泣いていた。


(だけど、私は、馬村くん(あのひと)にあった)


 死ぬかと思う目にあって、

 辛いときに強がる弱さを指摘されて、

 何もできないといいながら努力を重ねる姿を見て、

 自分が悩んでいたことがばかばかしく思えるくらいの非現実を見せられて、

 何にも聞かずに傍にいてくれる彼に甘えて、

 

 スッと、心が元の位置に戻った気がした。わからないなら、考えようと思った。

 

 馬村と別れて、休部する旨を先生に告げ、自分がいないチームを見た。それから一か月、馬村の元へ戻って、浄化師になって、恋をして、アクイに挑んで、精神体真っ二つになって、前世を知って、勉強して勉強して勉強して。


(いろいろ、ほんと、いろいろあったな)

 

 思い出し笑いをしながら、パパッと練習着に着替える。新藤は脱ぎ散らかした服をたたんで自分の棚に置いた。テープに<Rika>と書かれているのを見て、まだここに居場所はあると感じたのは、きっとあの時とは心の持ちようが違うからだ。そっと人差し指で文字をなでる。入部したとき、先輩が書いて貼ってくれたものだった。


「り、梨花……?」


 更衣室のドアが開いた。小さな窓しかない更衣室にドアから光が入ってくる。まぶしいな、と新藤は思った。新藤と同じショートカットの髪に、リュックにおそろいのウサギのパスケース。動揺して揺れる瞳に僅かに見える光は恐れか。あるいは。


(まだ、つけてくれたんだ)


 ここに戻ったら、なんて言おうかと考えていた。なんと言って詫び、なんと言って許し、なんと言ってまた元に戻ろうかと、ずっと、ずっと、思っていた。


「あの、わたし、私たちっ」


 言葉にするのを阻むように震える唇に抗って、目の前の少女は真っ直ぐに新藤を見つめる。背負った赤いリュックの紐をぎゅうっと握って、恐怖に逆らい立っている。


「ずっと、梨花にっ」


 もう、言葉はいらなかった。言葉にすると、間違える気がした。


 だから、新藤は。

 「ごめんね」と「ありがとう」の強さの分だけ、力一杯彼女を抱きしめた。

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