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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
16/55

現実を始めるために、

 高校生の夏といえば、何を思い浮かべるだろうか。

 海でBBQ?川で魚釣り?山でキャンプ?どれも素敵だが、芦原高校の生徒にとってはどれも不正解である。


「え、課外……?」


 答えはもちろん、学校だ。


「先生、課外って毎日あるんですか?」

「毎日学校に行くのに課題は課題であるんですか?」

「課外って予習課すって聞いたんですけど、もしかしてこの課題一覧にその予習ってふくまれてないんですか?」


 配られた夏休みの日程表と課題一覧に、馬村のクラスの面々は口を開けた。次々に生徒の顔が絶望に染まる。馬村のクラスの担任、山本航大先生は、今年も一年が絶望するのを楽しみにしていた。普通の授業と違い、課外は一コマ60分で一日に5コマもある。


(めっちゃ嫌がってるな、例年通りだ)


 夏休みの課題に赤線を引かせ、夏休まない課題に書き換えさせ、クラス中を見回す。


(ん!?)


 夏休みの日程表と課題一覧をみてプルプルと肩を震わせている生徒が目に留まる。


(そんなにショックなのか、はははっははははは!!)


 だが、その生徒はバッと顔を上げると、目をランランと輝かせた。言うまでもない、馬村鹿之助である。


(きっ気持ち悪!!!!!)


 喜色満面、今にも鼻歌を歌いだしそうなその様子にたじろいで、山本先生は一歩後ろに下がる。ガンッ、と粉受けに腰をぶつけてごまかすかのように咳ばらいをした。


「あー、その質問は全部YESだ。ま、高校生なんて肉くっときゃ疲れは取れるだろ」


 暴論の極みである。それは高校生を過信しすぎだ、とクラスの心がひとつになった。


「課題は早めに始めとけよ、課題未提出者は未提出者集会に連行されるからな~」


 ここで悪名高き未提出者集会について述べよう。その名の通り課題未提出者が集められ、先生方一人一人からありがたいお言葉を3時間聞かされ、その後つきっきりで課題をさせられる集会である。この中には未提出者集会にひよってるやつしかいない。むしろ日和るべきである。あっついさなかに体育館でさせられるから、精神的にも体力的にもだいぶきつい。そんな集会モンスターペアレントが黙っていないのではと思う人もいるだろうが、進学校におけるモンスターペアレントの子は、だいたい課題は出すのである。先輩たちの中にはこの未提出者集会を避けるために徹夜して夏休み明けのテストで爆死(テスト中に爆睡)という人もまれにいる。そんな集会のことを知っている生徒は震えあがった。


「ま、でも、嫌なことばっかじゃないぞ、夏が終わったら文化祭と体育祭があるからな!」


 山本先生の言葉に馬村を除いた生徒たちは、地獄から一瞬で舞い戻った。オープンキャンパスで芦原高校の文化祭を見に来ていた生徒は多く、それを理由に入学した生徒までいるほどだ。運動会は、運動ができない生徒向けの競技が多数を占め、踊ったり仮装したりと、生徒の自由度が高いという。


「ま、その前に三者面談あるんだがな。そこで成績表とこの前のテストの結果は渡すから、覚悟しとけよ~」


 ……生徒たちは一瞬で地獄に叩き落された。今度ばかりは、馬村の表情も死んでいる。三者面談の案内が前から順に回される。馬村は前の席の男の子が紙を渡してきたのにも気づかないほど動揺していた。


(三者、面談……)


 自分でも自覚する前に紙をクシャッと握っていたことに驚き、必死にしわを伸ばす。


(ああ、ダメだ、勉強が足りない。もっと、もっと、もっと勉強しないと)


 力を入れすぎて破れた紙を前に交換に行く。再び席に座った時の馬村の顔には何の感情もなかった。


(新藤さんに、質問……ああ、今日からテスト休み終わるんだっけ)


 いつの間にか紙で切っていたらしい親指の傷をもう片方の手でなぞる。触るとそれなりに痛みが走ったが、それがなんだか、心地よかった。


「クラスでの話し合いの時間はあんまり取られてないから、個人個人である程度話し合ってめぼし程度はつけとけよぉ」


 いつの間にか、先生の話は終わっていた。学級委員の覇気のない号令を皮切りに生徒たちが蜘蛛の子が散るように散らばった。なんだか今日はまっすぐ家に帰る気になれなくて、馬村はバレー部が練習している第二体育館側から校門へと遠回りをして向かおうと、いそいそと帰る準備を始める。自分でもわかっていないようだったが、新藤が心配なのだろう。


「馬村!」

「ああ、佐久間くん」


例の巨人のアクイの一件以来、佐久間は時折こうやって馬村に話しかけてきた。あのときの記憶は佐久間にはない。だから、おそらく彼のもともとの性格的に、馬村と波長が合うのだろう。


「なぁ、聞いた? 運動会、俺たち8組とペアだってよ!青組だってさ」

「8組?」


 8組といえば、特進コース、それも、新藤たちのクラスである。勉強でお世話になった分、ここで報いたい、と考えたものの、精神世界での運動能力の高さはどこへやら、現実世界での馬村の運動能力は「体力テストC評価」という程度である。高校デビュー勢である佐久間も、体力はなかった。


「うちのクラス……運動部少ない、よね」

「まぁ、どうにかなるんじゃね?スポーツ推薦の奴らいるし8組意外と運動神経良いやつ多いっていうしな」

「それは、すごいね」

「それなーー」


 話している間に帰る準備は終わり、馬村は腕時計を確認した。バレー部が部活を始めるまでまだある。

 話のタネは手に入れた。あとはもう、駆け出すだけだ。

 馬村は挨拶もそこそこに新藤の元へと足を動かした。




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