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馬村鹿之助の大学受験  作者: 佐藤 ココ
4度目の正直
13/55

僕が悲鳴をあげる前に、

 ギギギと椅子を引く音が図書館に響く。新藤の心の代わりに悲鳴をあげているようだった。馬村は新藤の言葉に相槌を打つことなく、日差しが差し込む窓へと徐に近づいた。


「馬村くん?」


 鍵を開けて立て付けの悪い窓を力任せに馬村が開く。まっさらな夏への入り口がそこにはあった。まだ少し冷たい風が馬村の元へ遊びに来ては、気を良くして帰っていく。


「……新藤さんって好きな食べ物何?」


 馬村は微笑を浮かべて尋ねた。突然のことに驚いた新藤は、勢いのまま答える。


「オ、オムライス……?」


 馬村が破顔した。先ほどまでの緊張感はなんだったのか、びっくりするくらい笑っている。堰き止められていたダムが決壊したみたいだった。


「な、何よ?」


 尚も笑い続け、過呼吸になりかける馬村に釣られて、新藤も笑い出す。


「いいじゃん、美味しいでしょ?」

「僕も好きだけど、新藤さんはイメージ的にそんな子供が大好きなメニューをいいそうになかったから、意外で」


 てっきり鰻の蒲焼きとかかと、という言葉を馬村はすんでのところで飲み込む。


「そう言う馬村くんは何なのよ」

 馬村は真剣な顔で言い放った。


「もちご飯」

「は?」

「餅になる前の餅米」

「ピンポイントぉ」


 おいしいけどさと、新藤は笑いの底へと落ちていった。その間馬村は、いかにそれが美味しいかを力説している。


「馬村くん、それオムライスを笑えないよ」

「仕方ないだろ、子供の頃から好きなんだから」

「いや、それを言ったら私だって子供の頃からオムライス好きだよ」


 柔らかな日差しが、笑う2人を祝福する。風が踊った。夏が近づく音がする。ひとしきり笑ったあと、馬村は言った。


「よくわかんないけど」


 馬村は笑いすぎて落ち掛けていた眼鏡を上げて少し首を傾けた。


「昔から好きなもの、変わってないんでしょ」


 新藤は、まだ笑いの余韻を残しながら首をかしげた。


「え?」


「じゃあ、新藤さんは、今だって新藤さんのままだろう」


 新藤はようやく気づいた。


「僕にはなんにも変わらない、新藤さんに見えるな」


 祭りの終わりに盛大に打ち上がる花火のように、馬村は笑った。新藤はビー玉のように澄んだ目を見開き、嬉しそうに笑う。風が笑い、光が差した。


「ししょーのところ行こーよ、なんか知ってるかもだしね」


 ヒーローみたいだ、と新藤は思った。彼女が今まで出会った人の中で1番馬鹿で、不器用で、空気が読めなくて、カッコ悪い、およそ世間一般のヒーロー像からは最も遠いであろうこと男が、彼女にとっては希望だった。


「うん!」


 2人の影法師が重なった。心なしか、いつもよりそれは大きく見えた。


 ***


「……と、言うわけです」


 ふむ、と首肯するのは言わずもがな師匠である。やけにおじさんくさい動作ではあったが、彼女がするとどこか美しかった。


 例の鏡の中で、3人は話し合っていた。ふわふわと周囲に浮かぶ鏡や光は新藤たちの気を引こうとするかのように動いている。


「急に連絡よこしたからびっくりしたよ」

「僕だってびっくりしました、なんで師匠あんなにおじさん構文で連絡してくるんです?所々カタカナとかびっくりマークをわざわざ絵文字にするとか、ぼかぁ、悲しいですよ」


 頭と口が繋がってる男、その名も馬村 鹿之助。言ってしまった後に口を覆うもすでに遅く師匠は手にしたしないを肩に当て、ほう、とニヒルに笑っている。


「ひっ、新藤さーん!」


 新藤は先程彼をヒーローだと考えた自分を殴りたくなった。


「自業自得じゃない」

「そんな〜!」


 新藤は薄く笑って、師匠に向き合った。


「それで、ご存知ですか?」

「ふむ……」


 自分を無視して進む会話に、馬村は難を逃れたとほくそ笑む。その頭を軽く小突くと、師匠は言った。


「まぁ、心当たりがないではない」

「本当ですか!?」

「ああ、だけどそんなに詳しいわけじゃないんだ」


 師匠は立ち上がり、何かを考えるかのように顔をゆがめた。そうしてどこからともなく表れた大きな本棚から一冊の本を取り出した。白と黒が半分ずつ塗られたその本を師匠は新藤の前に広げた。


「これは死んだ夫の本でな」


 ぺらりと1ページ開くと、そこには文字が書いてあった。


 ーー三の宿命


「貸すよ、読んでみるといい。黒の剣士と白の乙女が出てるからな。私が説明するよりも、ずっとわかりやすいだろうからね」


 新藤は恐る恐る手を伸ばし、その本を胸に抱く。


「ありがとうございます」

「ああ、後で読んでそこのバカに教えてやってくれ」


 馬村が不服そうに頬を膨らませる。


「わーったよ。端的に言うと、その話は落ちぶれた名家の令嬢、白の乙女を黒の剣士が多額のお金の代わりに許嫁とするんだが、急に現れた書生に令嬢が惚れ、書生と相思相愛になって、最終的に自害する話……だったか?」

「黒の剣士不憫……」

「だな、詳細は梨花ちゃんから聞いてくれ。まぁ先読んでてもいいぞ。私は梨花ちゃんに用があるから」



 鏡の中から馬村が追い出され、新藤は緊張していた。




「今から何されるんだって顔だな」




 師匠は目を細めて小さな口を手で覆った。黒のストレートのデニムに、赤いTシャツが白い肌によく映えて、映画の主人公のように魅力的な姿だった。






「梨花ちゃんってさー、馬村のこと、好きなの?」




 新藤に爆弾を投げたのだった。




「ふふぁっ」




 新藤は硬直した。弟子と言い師匠と言い、新藤を硬直させすぎである。どうにか動揺を隠そうとするも、赤くなる頬は隠せない。




(そんなに、わかりやすいかな!?)




 その新藤の疑問に答えるように、師匠は




「あー、なんだ、そうだとしたら注意しとかないといけないことがある、ってだけだからそんな大げさに受け取らないでほしいんだが」




 と追加する。今度は別の意味で硬直した。だけど、ここで認めないという選択は取れなかった。好きじゃない、なんて。言いたくなかったから。




「好きです」




 大好きです。


 出会ったあの日に、恋をしました。


 馬村くんのことが、大好きです。




 師匠は、やっぱりそうか、と頷いた。




「馬村が黒の剣士じゃないのはわかってるな」




 新藤はそれだけで、師匠がなにが言いたいのか理解した。理解したけれど認めたくなくて、黙ったまま師匠を見上げていた。




「確かかどうかはわからない。これはあたしの考えだ。わからないけど、黒の剣士がそのことを知ったら、馬村が狙われる可能性はとても高い」




 だから。


 だから。




「あいつは神出鬼没だから、気が抜けない。確かに馬村は強いが、万が一がある。だから―――――」




 ここから先を、この優しいきれいな女の人に、言わせるわけにはいかないと思った。




「告白したらだめ、なんですね」




 どれだけ好きだと思っても。


 好きで好きでたまらなくなって、思いがどれだけあふれようと。


 好きだって、言っちゃいけない。




 師匠はクシャッと顔をゆがめた。




「……ごめんな。それは多分、梨花ちゃんが思ってるよりしんどいことだ」




 師匠はその美しい腰まである髪をぐしゃぐしゃにして、絞り出すようにそういった。




「そして、だ。確かではないが、可能性の高い話として鹿之助は――書生の生まれ変わりであるかもしれない」



 どこかで、鏡の割れる音がした気がした。




「アイツの――鹿之助の兄がそうあたしに伝えたんだ。


 鹿之助を好きな人が現れて、その人が浄化師になることも」




 その言葉に何と答えて、何と言って鏡を後にしたのかは覚えていない。ただ、その鏡の中に居続ける美しいその人の、悲しくゆがんだ顔だけを、新藤はおぼえていた』

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