未来の国のアリス
——ここは、どこなんだろう。
アリスは辺りを見回す。
あるのは灰色の空と殺風景な廃墟。
ただそれだけだった。
彼女は体を起こし、歩き始める。ここはどこか、なぜこうなったかを聞くためだ。
しかし、歩いても歩いても歩く人はは見えない。
だが、路上に倒れ込み、ビクともしない人が大量にいた。そして腐敗臭がする。
「もしかして、死んでる……」
アリスは恐怖のあまり、小声で漏らす。
その先を歩いても、視界に入るのは灰色の空と廃墟、そして数えきれないほどの死体。
彼女は、生きた心地がしなかった。
自分だけが、何かに生き残ったのか、と思うようになった。
寂しさと気味の悪さをひどく感じながら、彼女は歩き続けた。
どこまで歩いただろうか。冷や汗を流しながらも、彼女はは歩き続けた。
——————ぅ。
何かが聞こえる。
アリスが咄嗟に振り向くと、そこにボロボロになっている服を着て、うなだれている男が目に入った。
————うぅ。
間違いない。この人の声だ。
そう確信した彼女は、話しかけるために、男に近づく。
そのとき。
「ぅうああああああああああああぁぁぁぁぁッッッ」
男がタックルを仕掛ける。
「うわぁっ」
アリスが間一髪、そのタックルをかわす。
その後、男は、ガシャンと音を立てて向かいの瓦礫に飛び込んだ。
「びっくりした……」
アリスはまたもや言葉を漏らした。
しかし、私以外にも生きていた人はいたんだ……と思った彼女は、もう一度あの男に話しかけるが、何度話しかけても、何度体を触ってみても、彼は応答しなかった。
すでに彼は、息絶えていた。
その後、アリスは、考えていた。
——この人のように、他に生きている人がいるならば、歩き続ければ、誰かに会うことができるのかもしれない、と。
だから、彼女は歩き始めたのだ。
途中、色々なものを見た。
ビルの瓦礫の下敷きになって死んでいる人。
銃で撃たれて死んでいる人。
何も食べられなかったのか、痩せ細って死んでいる人。
多くの死体を見た。
多くの朽ちた文明を見た。
彼女は途中、再三吐き気がした。歩くのをやめようとした。しかし、彼女は絶えた。
止まってしまっては、あの人たちのようになってしまうから。
止まってしまっては、いけないと思っていたから。
どれだけ歩いただろうか。
ほとんど変わらないような視界。
廃墟だらけの視界。
その視界の中に、何か動くものが見えた。
アリスはすぐにそちらの方向を見る。
そこには、ある老人が、前からゆっくりと歩いていた。
彼女はすぐにその老人のもとへ駆け寄り、話をする。
「すみません、ここはどこですか、何があったんですかっ」
興奮からか、語勢を強くして言った。
…………少しの沈黙。そのあと、老人は口を開いた。
「この世界は、滅亡したんだよ」
「え?」
どういうこと?
いつのまにか滅亡した世界に私は飛ばされたってこと?
なんで?全くわからない。
どうして?全くわからない。
アリスは突然の事実に頭が混乱していた。しかし、老人の話は続けられる。
「大国たちが、世界中を巻き込んで戦争をしたんだよ。核を使ってね。世界中が標的になって、世界中が荒廃した」
老人の話は続く。
「たった数人の政治家によって、何十億ともいう人が死んでしまった。それだけじゃない。動物が死んだ。植物が死んだ。建物が死んだ。歴史が死んだ。希望が死んだ。未来が死んだ。生きているのは、一部の生物と、絶望と、放射能に覆われた世界だけだ」
「そう、ですか……」
アリスは沈黙する。
「電気に覆われていた、この街だって、死んだ。あるのは、死骸だけだ。それ、に——————」
その老人は倒れた。
「大丈夫ですか!大丈夫ですか!」
応答はない。
彼も、死んだ者の一人になってしまった。
アリスは呆然とした。
滅亡した世界。
大国の核戦争。
死にゆく人々。
人間の小ささ。
それを痛感した。
ふと横を見ると、子供の死体がある。
数人の身勝手な政治家たちによって壊された未来。
ふと後ろを見ると、親子の死体がある。
数人の身勝手な政治家たちによって壊された幸福。
もう、どうすることもできない。
自分ではどうすることもできない。
機械仕掛けの神など存在しない。
自分も、同じようになる。
壊された未来の一人になる。
怖い、だけれども逃れられない。
悲しい。だけれども涙も出ない。
どうすることもできない。
アリスはただ、考え尽くすだけだった——————
* * *
起きて、アリス。
その言葉で、アリスは目が覚めた。
横には姉がいる。
あれは夢だったのか、と安堵の表情を浮かべる。
うなされているようだったけど、と姉は心配そうに声をかける。
実は、とても怖い夢を見た、とアリスは話す。
もし、怖いことがあっても、私がアリスを守るよ、と姉はアリスにハグをした。
やっぱり、お姉ちゃんはあったかい。
そう感じたアリス。しかし、それと同時に、心の中で祈っていた。
あの夢が正夢になりませんように—————————
また夢オチかよ