一歩踏み出す前と後 前の2
「いらっしゃいませぇ。トワでぇす。よろしくお願いしまぁす」
信じられない程カワイイ声が、俺の耳に入ってきた。
異常事態にパニックに陥っていた俺だったけれど、その甘くて優しい声で一気に現実に引き戻された。
「カワイイお尻だけどぉ、お顔を見せてくださぁい」
スベスベとした石の感触を手の平に感じながら、知らない内に荒くなっていた呼吸を取り戻すように深く深呼吸をして振り返ると、そこにはこの世の物とは思えないほどの姿をした人物が、優しげな微笑を湛えて佇んでいた。
「な、な、な、な?!」
「慌てないでくださぁい。システムの御説明をいたしまぁす」
システム?システムって?展開に着いていけずもう一度慌てる俺に、その人物は優しく語りかけてきた。
「川上タロウさぁん。おめでとうございまぁす。タロウさんはぁ、地球と呼ばれる星にぃ、ランダムにばらまいたぁ、転移門を最初にくぐった方でぇす。」
「は、はあ…」
「これからぁ、3っつのぉ別世界を選んでぇ…」
「あ、あの」
「お好きな世界にぃ、転移してぇ…」
「すいません!」
「はぁい?なんですかぁ?」
甘ったるいしゃべり方で、のんびりしゃべられても困ってしまう。帰っていいなら帰りたい。
「あの、帰ってもいいですか?」
「説明を聞いてぇ、お好みで無かったらぁお帰りいただいてもよろしいですよぉ」
フワフワっとした語り口調はそのままに、息苦しい程の威圧感を放たれている気がする。
どうも説明を聞かされるまでは絶対に離してくれないようだ。
フンスと鼻息荒く胸元で握りこぶしを作っている。
「あの、あなたは…」
「トワですぅ」
「トワさん、説明聞きますから、普通に喋ってもらえませんか?」
「え~、かわいくないですかぁ?」
「しゃべり方はかわいいっす」
大きな目にプルプルのクチビル。
スッと通った鼻筋。
甘く優しい声。
「その、トワさんは、どういう方なんです、か?」
「女神様とかぁ、天使的な感じで大丈夫ですよぉ。敬語も無しでお願いしますぅ」
「は、はい」
いやいや、女神様とか、そんなわけないでしょ。とも言えないのかなあ?ドアをくぐるだけで、こんな不思議空間に来れるくらいだもんなあ。話を聞いたら帰らせてくれるんだろうか?女神はないよなあ?
「あの、神様」
「トワでいいですよぉ」
「トワ様」
「もっと仲良くなりたいですぅ」
「ヒイッ!トワさん!トワさんで勘弁してくださいっす!」
「わかりましたよぉ。それでいいですぅ。説明聞いて下さいねぇ」
納得がいかないようで、可愛らしく子首をかしげているトワさんの、仕草は確かに可愛らしいんだろう。
仄かに色づく艶やかな頬。
それを彩る青み。
美しい金髪。
「タロウさんにはぁ、異世界に能力付きで、転移する権利がぁ…」
放漫な肉体。
溢れ出すような、いや溢れ出てる肉。
「高次元存在たるぅ、管理者にぃ…」
透ける様な衣装。
実際透けて見える。
身体の中心に有る、そのご立派な。
「多次元におけるぅ、平行世界間のぉ、均整がぁ…」
もう、無理だわあ。
「トワさん、すみません」
「はぁい?」
「あの、ちょっとだけ、突っ込みたいというか…」
「あらぁ、ダメですよぉ。ウフフ」
あ、これもうダメだわ。
「青髭金髪ロン毛チビデブ男じゃねえかっ!話入ってこねえわ!」
俺の心からの叫びだった。
それに対する返答は、
「おう、ワレええ度胸じゃのう?アアン?」
先ほどまでのユルフワ女の子の声は欠片もない、任侠映画の主人公も顔負けなドスの聞いた声と、心臓を握り潰す様な威圧感だった。
わぁー、コメカミの血管がビキビキ言ってるー。