プライスレス・ディナー 1
プロローグ
出会ったばかりの紳士な彼と初デート。
彼の知的な雰囲気に惹かれ、
食事の誘いを喜んで受けた。
初めてまともに話すから緊張する。
少しでも可愛いと思われたくて、
彼女はおめかしをした。
彼女より早く待ち合わせ場所に着いていた彼。
「今日はイタリアンレストランを予約しました。
行きましょう。」
どんな素敵なレストランかしら、
夜景は綺麗かしら…。
期待に胸を踊らせる彼女。
そうして連れてこられたところは
格安のファミリーレストラン。
コストパフォーマンスは最強で、
美味しいドリアが300円で頂けるが、
彼女は思った。
「初デートよね…
相当ケチな人なのか…、
度を越した倹約家なのか…、
私にはファミレスで充分だと見下されたのか…。」
だけど、
その紳士との初デートまでの道のりがもしもこうだったら…。
彼女は図書館で働いていた。
いつも心理学の本を借りていく彼がいた。
本の検索を手伝ったのがきっかけで、色々話すようになった。
彼の真面目で紳士な人となりを知り、
彼の境遇を知った。
彼は体に持病を抱えており、
体調のいい日だけ頑張って日雇いバイトで働き、
親兄弟もないため頼る場所もなく、
その日その日をなんとか暮らしていた。
体のことも考えて、
自宅で開業できるように、通信教育でカウンセリングの資格取得を目指しながら、
図書館でも本を読んで心理療法の知識を増やしていた。
日雇いバイトの日のお昼は自分で握ったおにぎりを二つ、
外食なんてする余裕は全然ない。
それでも彼は
「人生楽しいんです。どうやら僕は人より単純らしくて、簡単に幸せ感じるみたいで。」
と言って、笑っていた。
そんな折、やってきた初デートの日。
ワクワクしながら、彼女はおめかしをした。
彼女より早く待ち合わせに着いていた彼。
「今日は一緒にイタリアン食べに行こう。」
着いた場所は、郊外の格安ファミリーレストラン。
さほど混んでいない落ち着いた店舗で、
予約席の札のあるソファ席に座る。
「これくらいしかできないけど、なんでも好きなもの食べて。」
彼が少し申し訳なさそうに笑う。
自分の生活で精一杯なはずなのに。
外食するくらいなら、新しい心理学の本を買いたいはずなのに。
わざわざ私のために。
彼女は涙を流してこう言った。
「あなたといると幸せを感じることがたくさんあるわ。
ありがとう。」
壁に飾られたボッティチェリの「春」の中で、
澄まし顔のヴィーナスの口元が少し緩んだようだった。