序章 謎
「なんで...こんな事になった...?おれは、悪くないんだ。」
静かな夜の路地裏で一人呟く男。彼は、困惑と恐怖が入り乱れた感情しかない。その脳裏には、今の目の前で起きている衝撃的な状況を受け入れられないと思いつつも自分が起こした事と信じたくなかった。
目の前にあるのは、一人の女性の死体。
年は20代くらい、町を歩けば男であれば皆が振り返るような美貌を持っていたであろう。しかし、男の前にいる姿は変わり果てたものだった。喉もとから大きく切り開かれ内蔵まで露出している胴体。そして、酷く歪んだ表情からは殺されたときの壮絶さを語っている。
彼は、彼女をよく知っていた。好意もあった。彼女が持つその美貌だけではなく、その内面も好きだった。
始めて見かけたのは大学のキャンパスだった。大学のキャンパスを歩く姿を見るだけで男は嬉しかった。最初は、話しかけるのも不可能だった。
彼女は、大学で人気者でいつも周りに人だかりができていた。初めてその光景を見た時は何処かの芸能人がきてるのかと思ったほどだ。
そんな彼女との接点は、バイト先のカフェだった。勿論、そこでも彼女は人気者であった。特に客からの人気は本当に凄かった。彼女を見るために常連もできたほどだ。彼女がホールとなると、いつもの客足の2倍はあったと思うほどに客が増えた。忙しかったけど店長のうれしそうな顔を今も覚えている。
片や男は、ごく平凡な人生を歩んで来た、語るまでも無いごく平凡な人生。バイト先が一緒でなければ、彼女と話す事など一生無かったであろう。人生とは分からないものだ。
男は、バイト先で彼女の教育係となった。この時は、まわりの同僚から嫉妬まじりの視線を受けたのを覚えている。
それからしばらくは、天国のようだった。今まで遠くからみるしか無かった彼女を近くで話せるのだから。
そして、男は利口であった。 彼女との関係は、バイト先仲間であることが一番だと。
これだけ周りに人が多い女性だから本気にしても相手にされないと思っていたからであろう。
心の奥底に彼女への好意を秘め、接していたのであった。
日々バイトで彼女に仕事を教えた。彼女は、物覚えがよくすぐに仕事ができるようになった。
男は、仕事を覚えていく彼女を見て、すぐに自分などとは話さなくなるだろうと意気消沈しながらも
その幸せを噛み締めながら。だが、彼女は教育期間が終わってもよく男に話しかけた。
指導期間は仕事の話だけであったが、それが終わってからはそれ以外のプライベートの話もしてくれた。
話が盛り上がって、店長に「仕事しろ」と怒られたこともあった。
しばらくその関係が続き、ある時彼女から相談があると言われて呼び出された。
その時は、脈があるのかと嬉しくもあった。そして呼び出された場所について彼女とあった・・・・。
男の記憶は、そこから無い。気づけば目の前にあったのが、彼女の変わり果てた姿であった。
男は、混乱する。何故?俺がやった?
記憶がない故に自信が持てず、不安になる。
遠くからサイレンが聞こえる。
男は、逃げる。自分は無実だと信じながら、記憶が無い恐怖と戦いながら。
男は、最後まで気付かなかった。電柱の上から彼を見る異形の者を。
そして、笑顔から覗くその血塗られた鋭い牙を・・・