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苦手な方はご注意ください。

罪人ラプンツェル

作者: 野飯 くてる

胸くそ悪いお話。夏のホラー2018参加作品です。みんな好き勝手に狂ってます。

 


 帰ってきた!!あの人が帰ってきたのね!!

 塔の中に閉じ込められた伯爵令嬢カモミールは薄汚れた淡いブルーのドレスをひらめかせながら踊るように喜んだ。カモミールは見事な長い金髪と青い瞳を称えられた社交界の花だった。国の第二王子との婚約が幼い頃に決まり、17歳になったのを祝うパーティーで婚約破棄されるまで幸福であった。

 第二王子は他の女に心を奪われ、その女と結婚したいがために婚約破棄などという暴挙を果たしたのだ。憤慨し抗議したカモミールを、第二王子は権力のままに今居る塔の中へ幽閉したのが、数ヶ月前のこと。



「ああ、嬉しいですわ。王子…一時はどうなるかと心配したのですよ?」

「ごめんね、可愛い私のラプンツェル」




 窓から侵入してきた愛しい王子に抱きしめられ、髪を撫でられる。その髪は肩のところでバッサリと切られて見るも無残な有り様だ。不揃いな髪は、数ヶ月前はもっと短かった。第二王子とはお揃いの色で、それを嫌がった王子により無理矢理切られたのだが、ラプンツェルと呼ばれたカモミールは気にしない。だって、また伸ばせばいい。だって、貴方が帰ってきた。だから、いい。



「まったくひどいことするね」

「ふふ、王子ったら」



 貴方がやったのに、とカモミールは()()の髪を撫でる。銀色の髪は、手触りが良かった。



「可愛い可愛い私のラプンツェル。その美しい髪を垂らしておくれ」

「ええ、私の王子様」




 カモミールはオカシイことに気づかない。だって、王子様がきてくれたから別にいいの。



「さぁ、この塔から脱出しよう」

「ええ、私の王子様」



 王子は微笑み、窓からカモミールの髪を掴み―――

 カモミールは、そのまま落下した。








 ――――――――――――

 ―――――――――





「ねぇお聞きになった?例の伯爵令嬢が塔から身投げしたらしいわ」

「殿下も酷なことをなさるわ…」

「そういえばご存知でいて?あの塔は曰くが御座いますの」

「まぁ、いわく?」



 社交界の影で、噂は語られる。




「あの塔はラプンツェルの塔ですわ」

「ラプンツェルの?それって童話でしょう?」

「正確には、ラプンツェルの童話に(なぞら)えた王家の醜聞、ですわね」

「と、いいますと?」





 その噂は怪談の色を帯び、王家の闇に埋もれていく。





「銀色の髪を持つ第三王子と、金色の髪を持つ第三王子の妹君が道ならぬ恋に落ちたのです。時の王はそれはそれは怒って、王女を塔へ幽閉したのです。しかし王子は夜の深い闇の中でも一際輝く、長い金髪を持つ王女の髪を目印に、そしてラプンツェルの童話の一節を合図に逢瀬を重ねられたのです。

 それもばれてしまい、王は王子を処刑しました。王女は臣下の妻となり、その血筋が…」




「血筋が、今皆様がお噂された伯爵令嬢カモミール様へとつながるのです…」



 場がどよめく。ああ、恐ろしいという声がもれた。血の因縁だ、と誰かがつぶやいた。

 そして、誰かが囁いた。



「殿下はそのお話をご存知だったのでしょうか」





 その言葉に、誰もが凍りついた。もしかしたら、知っていたのだろうか。もしかしたら、こうなることを予想していたのだろうか。もしかしたら―――






「皆様、よしましょう。ただ、王家の輝きに祝福を。なぜなら今日は、第二王子と子爵令嬢の婚約が発表されためでたい日なのだから」





 王家の闇が増すだけだ。いや、この程度の闇など王家の輝きを色濃くするための演出でしかない、と誰もが思った。






 





「殿下」

「なんだ」



 王家の輝きに祝福を。そう諭した壮年の男性が、声をかけた。その隣には王家の道ならぬ恋を語った女性が寄り添っている。

 金色の髪を夜風に揺らしながらテラスに佇むその美麗な姿。美しいこの青年こそ、第二王子であり、男性の主人であった。




「つつがなく噂は怪談として広まっています」

「そうか、ならばいい」




 塔のラプンツェルの怪談。近親相姦に身をやつした愚かな先祖の醜聞を絡め、カモミール令嬢の殺害を企てた真犯人こそ、第二王子だった。





 ただ身を投げただけだとカモミール嬢の殺害が露呈される恐れがあった。それはなんとしても避けたかった。第二王子は子爵令嬢との婚姻にケチをつけたくなかったのだ。だから、殺した。だから、怪談というベールで隠した。



 「王家などすでに闇でとっぷり溺れている。王家なんぞ、国民と貴族の奴隷だ。ただ権力を思うがままに使うことのできない不自由に溺死するだけの存在だ」

 「殿下」



 咎める声に、第二王子は愉しげに嘲笑う。権力を使ってなんの罪もない伯爵令嬢を塔に幽閉したとは思えない戯言に、付き従う紳士が呆れた。隣の淑女も苦笑いを浮かべている。

 第二王子は恋をした。熱に溺れ、身体を駆け抜ける青春の風に突き動かされるようにカモミール令嬢を嵌めた。いつもドライで冷酷な第二王子が、恋に狂った。




 食事に幻覚剤をまぜ、ラプンツェルの話を毎夜囁き、窓から訪ねていくよと洗脳し、ついに自死させた。後悔はない。

 他者から感情が無いとまで言われた第二王子の、狂乱。紳士が瞑目し、カモミール令嬢を悼む。




 「いざとなれば私めが出頭致します、殿下」

 


 かつて金色だった白髪を揺らし、紳士は申し出る。社交の場では穏やかで影の薄い紳士だったのが、一瞬で雰囲気を変えた。本来の彼。傲慢なほどの威圧感を放つ紳士に、王子は眉をひそめ「そんなものはいらぬ」と告げる。




 「お前は生涯私が大事にする。―――娘を手にかけてまで、私と王家に忠誠を誓ったその身は私の手足なのだから」




 ああ、殿下。その労りを、優しさを、どうか娘・カモミールに向けてほしかった。




 

 実の娘を洗脳し手にかけた伯爵は、胸に迫る願いを懸命に飲み干し、堪える。その背を淑女が支える。淑女こそ伯爵夫人―――では無く、伯爵の愛妾である女性であった。

 政略結婚で愛のない生活の果てに生まれたカモミールを、伯爵は愛していたが同時に荷物だった。荷物でも娘。それなりに大事にしていたが、いなくなればいいという仄暗い思いもまた抱えている。そんな存在であった。




 高慢な妻が怖く、愛人を堂々と大事にできない不自由な伯爵に第二王子は救いと娘を殺す理由をくれた。

 今、高慢な妻は娘の後を追い自死している頃合いだろう。そうなるように手はずは整っている。第二王子がすべてやってくれた。

 ようやく、伯爵は愛する女性を妻にできると喜んだ。



 

 それでも伯爵は悲しんだ。娘の死を悼んだ。

 もしかしたら良い縁談が来て、良い嫁入り先が見つかったかもしれないのに。

 よい政略結婚の道具だったのに、と。




 「さぁ、我らが罪人ラプンツェルの死に、乾杯」





 王子の声が、朗らかに響いた。ああ、なんて傲慢な。

 彼らは心の底から悼み、その死を喜んだ。









―――

―――――

―――――――

―――――――――

――――――――――――












 子爵令嬢は顔を青ざめさせ震えていた。違う。違う違う!!

 彼女は第二王子が好きでは無かった。あの冷酷さが怖かった。カモミールの存在を理由に求愛を避けていたが、まさかこんなことに。

 本当は無難なひとが夫なら良かった。あんな人の妻になりたくない。

 でも、逃げられない。綿密に張り巡らせられた罠にすでにハマった子爵令嬢は、テラスの横、王子と伯爵の会話を気が遠くなりそうになりながらも聞いていた。

 どうしてそんなふうに、人の死を喜ぶの?



 これからあのひどい男の妻となり、子を生み、ずっと寄り添うのか。




 狂いそうな未来絵図に、彼女はただ翻弄されるだけだった。





悪役令嬢の末路に似たラプンツェルのようななにかでした。まともなのはヒロインに似た立場の子爵令嬢のみ。

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