番外編そのにの10 もうひとつの選択肢
ヒーローにカッコよく救われることも無く、
己の丈夫さにより救われた崖っぷち令嬢…。
普通は骨が丈夫であろうとなかろうと、少なくとも顔面骨折はします。
真似をしないで下さい。普通は助かりません。フィクションです。
やっとご主人さまとの会話パートです。
…ジャンルは恋愛です。
「君が階段を乗り越えて落ちてきたんだよ!!」
「はっ、そうだ!!あのチンピラにペンダントを盗られて投げられて…。
ペンダントは無事ですか!?」
「君が無事じゃないだろ!!」
怒鳴らなくても。
生きてるから大丈夫よ…。ご主人さま…。
あ、ちょっと口の端と右の頬っぺた痛い。
切ったかな。
流石に膝を借りてるのは申し訳ないし、起き上がろうとしたら、そっと肩を押された。
「まだ寝てて」
「…お、おおお、は、ふぁい」
…か、かなり…恥ずかしいけど、役得でいいのかな。
普通に喋ってくれてるし…おお、これって何て幸運なの。
私、明日運が尽きて死んだりする感じじゃないかしら?
「…何で2階から落ちて唇切れたのと頬の打ち身だけで済んでるんだ。
物理的におかしいだろ。どんな骨で出来てるんだ君の顔は」
え、普通に頭蓋骨だと思うんだけど…多少頑丈で良かったわ。
日頃の行いがいいんですよ!なんて言ったら更に怒られそうね。
自分に回復魔法は使えないから、もし何かあったらお医者通いって時間かかるし、更に駅馬車通いなんてなったらお金かかるし…。
ああ良かった。大したこと無くて。
「ごめんなさいペンダントが…」
「そんなのどうでもいいんだ」
「いや、良くないです」
悪用されたらとんでもないじゃないの。
チンピラに奪われてしまった事だし。
壊れたんだろうな…。紐しか掴めなかったし…。
あ、紐は手に巻き付いてたわ。
…ちぎれてるし、何の役にも立たないけど。
くそっ、チンピラめ、絶対に許さんぞ!!
この弁償は絶対にさせてやる。
国際問題にしてやる!
一息ついた後に、ウチの姫様に直訴だ!!
戦争は困るから個人戦だ!!
ご主人さまは顔を顰めて、私の額を撫でた。
…優しい…。出会ってから一番優しい。
おお…やだ、そんなことされたら怒りが冷めちゃうわ…。
と、ときめくから…でも優しいの嬉しい…。
「あれは持ち主以外に奪われたら、直ぐに砂になって消えるんだよ!」
「……マジです?」
…ときめきもへったくれもないわね、ご主人さま。
わー、聞いてなーい。そんな機能聞いてないわー。
防犯対策ばっちりねー。
レアアイテムだし、ご主人さまに貰ったものだから後生大事にしてたのにー…。
盗難防止で消えるの仕様なのね!?
安心ね!?
それを私は二階から乗り越えて取りに行った…。
うわー……恥ずかしくて、消えたーい…。
恥ずかしさで死にそうになって真っ赤になる私に、ご主人さまは続けた。
「新しいの位すぐ作れる!!」
追い討ちするの!?
余計恥ずかしくて消えたいんだけど!
魔法得意なのね?
アイテム制作出来る人なんてそうそういない。
ご主人さまって器用だな…。何でも出来る。
うらやましい。
「宝の山なのに…扱い軽いですね」
「物より自分を大事にしろよ!」
「だって御主人さまが貸してくれたものだし」
「奪われたらなら分かるに決まってるだろ!!」
「ご主人さま…」
ふるふる砂色の睫毛が震えている。
私を心配してくれているのね…。
…可愛いわ。間近で見ちゃった…。
不謹慎ながら、希少な光景に感動しちゃったわ。
「俺がちゃんと見ていたら…。こんな危ない目に遭うなんて…」
「ご、御主人さまのせいじゃありません」
「ドリー、ごめん…」
「いやいやいや、あのチンピラが極悪に悪いんですよ!!」
本当にな!!
何でご主人さまが罪悪感を抱かなきゃいけないの!!
寧ろ罪悪感で押し潰されて欲しいのは、チンピラと王子!!
「……だけど、俺は君に…」
「ご主人さま?」
ああ、近いわ。
薄い黄色の瞳が揺れている。
最初は何て酷薄な目かと思ったけど…宝石みたい。
惚れた欲目かしら。
どんなお金を積んでも、手に入らない美しさだわ…。
「ひとつ、君に嘘をついた」
「何でしょう」
ご主人さまの瞳がきらきら光って見える。
ああ、綺麗な色ね。
本当に綺麗。
……心惹かれるわ、この瞳に。
「君はきっと俺を恨むよ」
「恨むだなんて」
最早何を恨むことが有るかしら。
これだけ色々経験したら大概の事は許せそうよ。
惚れた弱みでご主人さまなら何をしても許せそうな気がするわよ。
…まあ、実は命を狙ってました、とかだったら驚くけれど。
惚れてるから大概の事は…いや、フラれたら大泣きするだろうけど。
「1000万ゼニゼロを俺に払わなくても、女神像の呪いを解く方法が有るんだ」
お金を掛けずに…?
そんな方法が有ったの?
でも、確かに…方法は1つとは限らないか…。
どうして黙ってたのかは…まだ分からないけど。
「寝ずの作業系はちょっと…」
殴る蹴るの人は自業自得だけど、今までの事を鑑みるに…どうせろくな方法じゃないんでしょうね…。
「違う。どうせ君には不可能だろうと思ったから教えなかった」
ご主人さまは私の思い付きに首を振った。
違うのか…。
良かった…。
何日か拝み続けろとかだったら、精神を病みそうな気がするわ。
…でも、あの女神像だから…そういう精神攻撃っぽいわよね…。
精神攻撃…はっ、もしかして…!?
「…まさか…更なる多くのお金を女神像に供えるんですか」
そ、それなら滅茶苦茶不可能!!
教えられても無意味だったし、今聞いても不可能だわ。
血の気がガンガン引いていくのが分かるわ。
「いや…違う。でも今の君なら、可能だろうし」
「ご主人さま?」
あ、違った?良かったわ…。
ご主人さまは、私の無事な方の頬を撫でてきた。
優しい…。
でも何故そんなに悲しそうな顔をするのかしら。
そんなに無理難題なの?
お金以上の無理難題なの?
「サジュ・バルトロイズに頼むんだ、ドリー」
……ん?
え?何でサジュ?
意外な名前が出て来たわね。
弟の力でどうにかなるのかしら?
魔法は地味に出来なくは無いけど、攻撃手段ばっかりで…。
回復するとか、呪い解くなんて
繊細な作業はからっきし駄目だった筈だけど…。
この間も呪い解けるって聞いてないし。
それとも、肉弾戦で戦う方の話?
剣撃とか射撃とかなら役立つだろうけど…呪いに関係有るのかしら。
そっちでは、流石に実体が無いとやっつけるのは無理では…。
呪いをやっつけるって表現が合ってるのかどうか知らないけど。
「…何故サジュなんですか、ご主人さま」
「三日三晩、その…」
「…?」
弟と三日三晩何をしろって言うのかしら。
まさか徹夜を付き合わせるの?
まあ、軍属だし体力は有り余ってるけど、つきあってくれる暇が有るかなあ。
頼んだら泊めてはくれるでしょうけど。
でも徹夜じゃないらしいしなあ。
何するのかしら。
ちょっと歯切れが悪いわね…。そんなに苦行なのかしら?
「一緒にいて、夜明けにキスを三回…」
「出来るかあああ!!」
キレた私は悪くない。
寧ろ手が出なかった私を褒めてほしいわ!!
何で、惚れた相手にそんな事を聞かされないといけないの!?
ご主人さまは目を白黒させてるけど、黙ってられないわ!
ここは主張すべきところでしょ!!
私はたまらずご主人さまの膝から起き上がって立ち上がった!!
ちょっと…かなり…結構惜しいけど!!
流石にこれは、下から顔を見て穏やかに語り合う話じゃない!!
「え、ドリー??」
「おかしいでしょご主人さま!?
私を変態にさせたいの!?」
「は?え、いや…バルトロイズが好きなんじゃ…」
おかしいだろ!!
好きでも限度があるだろうが!!家族!!家族なのよ!?
私達は普通の姉弟なんだってば!!
て言うかそんな風…実弟にキスされても大丈夫な感じに見られてたの!?
酷いわご主人さま!!そんな勘違い!!
私、死にたくなるんだけど!!
「好きは好きだけどそんな変態じゃないわ!!」
「…え、変態?」
「何で実弟なのよ!?
夜明けの妖しい雰囲気の中、弟と道を踏み外せって!?
何で弟にキスを頼まなきゃいけないのよ!?
女神像はド変態か!!
そんな変な方法じゃお金払う方がマシだああああ!!」
何と言う外道!!外道!!
呪いで家族を引き裂こうだなんて…!!
そんな方法を弟に頼むなら、間違いなく借金地獄を選ぶわ!!
「実弟…」
「ご主人さま、私がウザいのは分かったから、
私に道を踏み外せなんて勧めないで!!」
好かれてないのは辛いけど、その道の方がもっとヤバい!!
好かれてないのは本当に辛いけど!!
辛いけど!!
こんなことをご主人さまに言わせた女神像のバカヤロオオオオオ!!!
「いや、ちょっと待って…バルトロイズは…君の同郷の恋人じゃ…」
「何でだ!!何処から出て来たその誤情報!!
王子か!?令息か!?
あの野郎共、マジぶっ飛ばしてやる!!
国際問題だあああああ!!」
「い、いや…落ち着け、ドリー!?」
「いい、ご主人さま良く聞いて!?
サジュ・ミエル・バルトロイズは養子に行った同父母生まれの弟!!
この私の紛れもない1歳下の実弟よ!!」
「……」
おいいいい!!!
ご主人さま!?何でそこで絶句するのよ!?
吃驚して固まってる顔はとっても可愛いけど!!
「何で黙るの!?」
「似てない…いや、そう知ったら…相当似てる…と、思って…」
何その微妙な感想は!!
昔からよく聞くけどどういう意味なの!?
「どっちよ!?間違いなく実弟よ!!
あいつが生まれてから11になるまで実家で一緒に暮らしてたわよ!!」
「…幼馴染、とかではなく?」
「祖国の出生証明書でも出せばいいの!?」
流石に取り寄せないと手元に無いけど、それ位もう払ってもいいわ!!
ご主人さまの誤解を解けるなら、端金よ!!多分!!
幾らか知らないけど頑張って払うわよ!!
「え……勘違い?」
「ええ!?寧ろ何で知らなかったのよ!?私の事なら石板で…」
ええ、睨まれた…。
何でよ。
それって結構何でも分かる便利石板じゃないの?
「他国の君の家族構成まで分かるわけないだろ!!俺がどれだけ…」
「?」
「どれだけ、気を揉んだと…」
…あれ、ご主人さまの肩が震えている。
よっぽど、心配をかけてしまったのか。
まあ、普通に2階から人が落ちたら大騒ぎよね…。
ウチでは2階如きでは全く心配されないから忘れてたわ。
さっきまで怒鳴っていた心が…心が冷えて来た…。
「えっと…ごめんなさい?ご主人さま」
取り合えず、その場に座って目線を合わせる。
謝ったら顔を顰められた。
何でよ。さっきから酷いわ、ご主人さま。
「…それ、止めろよ」
「はい?」
それ?どれかしら…。
立ち上がって怒鳴った事かしら…。
「その呼び方…」
「…お気に召さないかしら」
「最初から召してない」
え、ふくれなくても…可愛いな。
でもこの雰囲気でかわいーなんて指摘したら滅茶苦茶怒られそうね。
流石に其処は空気を読むわよ。
でもそんなに気に入らなかったの!?
個人的にはいいと思っていたのだけれど…召使いさが分かりやすくて。
分からないわー
殿方と言うか…ご主人さま…じゃない、
カイジュさまの機嫌、本当に分からないわー。
崖っぷち令嬢はブラコンでは無いので、
姉弟間の恋愛に関しては世間一般の普通の感性です。
弟も同様。




