番外編そのにの5 揺らぐ心よ信頼よ
お読みいただき有難うございます。
崖っぷち令嬢の知り合いと言うか身内が登場します。
「サジュじゃない」
「姉さん、何で市場に居るんだ?」
青い髪に赤茶色の目の…暫く見ないうちに大柄になったわねえ。
『あんまり似て無いけど何か似てる』って言われている私の弟…。
どうでもいいけど、大体に言われるわ。どういう感想なのかしら。
髪の色も目の色も違うけど、間違いなく同父母の実弟なのよ。
まあそんな訳で、私の目の前にはサジュ・ミエル・バルトロイズ…。
この国に五年前に養子に行った私の弟がいた。
元々はサジュ・ミエル・モブニカね。
…苗字が凄くカッコよくなったのは羨ましいわ。
別に今の苗字に文句は無いけど、
何か重さと言うか響きが主役っぽいのが羨ましいわ。
あら、若干小汚いけど、訓練後か何かかしら。
嫌ねえ、ちゃんと小綺麗にしないとモテないわよ。
まあ、久々に弟に会えたのに小言は止めておきましょうか。
出来る年長者としてね。
「うわー、背が伸びたわね」
「親戚のばあさんか」
おい。私の気遣いを返せ。
取り合えず失礼なので蹴りを入れておいた。
チッ、体格差でびくともしないわね。
まあか弱い令嬢の姉の軽い蹴り如きで蹴倒されるくらいなら、とても従騎士なんて務まらないわね。
軍なんてもっと猛者で溢れているでしょうし…。
「いてっ!でもおかしいだろ、守銭奴の姉さんが買い物なんて」
「ふっふっふ、出資者が付いたのよ」
「何!?とうとう結婚すんのか!?」
「いや、違うの」
私は呪われた事の顛末を軽くサジュに喋ることにした。
話すごとに赤茶色の目がどんどん見開かれて行った。
おお、小さい頃と変わらないわね…まあ当たり前か。本人だし。
「はああ!?女神像の呪い!?」
「うん…そうなの」
サジュは目を剥いて後ろに回ると私の襟元を引っ張った。
おいおい。姉だからって街中で令嬢の服を引っ張るんじゃない。
騎士なのに困った子だわ。
こんな失礼他の女性にしてないだろうな。引っぱたかれてしまうわよ。
まあ、馬鹿みたいに運動神経だけはいいから避けるだろうけど。
余計に怒らせそうね。女心とか分からなさそうだし。
「ちょっと、何すんの」
「呪いは首の後ろに付くんだよ…うっわ、マジだ…」
そうなんだ、知らなかったわ。
流石従騎士ね。
ちゃんと勉強してるのねえ。
お姉ちゃんは嬉しいわ…見知らぬ土地でちゃんと成長していて…。
いや、弟の成長に目を潤ませている場合じゃないわ。
私の首にそんな不気味な印が付いてるのか!?
どう考えてもアレよね。
あの変な色の…名前の横の呪い、恋の女神!!
そんなものが私の首にいいい!?気持ち悪ううう!!
見えないからいいけど、気持ち悪うううう!!
いや待てよ、と言う事は服とか髪の毛が翻ったりしたら呪いの印が見えるの?
うわあああ嫌だわ!!どうしよう!
今の私の髪型…上に結い上げて三つ編みしてるから
サジュみたいに上から首を覗き込まれたら首丸見えってこと!?
呪われてるって自ら主張するようなもんじゃないの!!
…首の詰まった服にした方がいいわね。後結い方も変えて…。
後で買いに行こう。必要経費で認められばだけど。
「…やっぱり気持ち悪い?」
「ああ、うん…て言うか、契約印もついてるけど何これ」
身内だから容赦ないわね、やっぱり気持ち悪いのか…。
うん?契約印?何だそりゃ…。
…あれかな、石板に手を当てて…ご主人さまに宣誓した奴。
…そんなのまで貼り付くのか…怖いわね、あの家宝石板。
私の首が知らない間にどんどん呪われて行くなんて…どういうことよ。
ご主人さまも説明してほしいわね。
乙女の柔肌を汚すんだから…。
まあ気にもしてないんでしょうけどね…。
実際サジュに言われるまで気が付かなかったし。
「えーと、しもべ契約を結んだの」
「はああああ!?しもべええええ!?」
おお、流石弟だわ。
あんまり会ってないとはいえ、リアクションが私とそっくり。
実に血の繋がりを感じるわね。離れていても絆を感じるわ。
…会話の内容があんまりだけどね。
流石に久々に会った弟との話題が呪いって…。
私だってもっと和やかな普通の会話がしたかったわ。
「ちょ、ちょっと…姉さん。オレんちに来い。話を聞かせろ」
「いいけど、荷物を置いてこなきゃ…バルトロイズ家だっけ。
初めて行くわね。着替えなくていい?」
「いいから来い!!」
「弟を養子に取って下さった家に姉が行くのって…やっぱり手土産が必要?」
困ったな、ご主人さまのお金でお土産買う訳にも行かないし…。
何より石板報告されてしまうわ。
うーん、下手な物も買えないし…。
やだなあ、借金も有るから無駄な物は買いたくないなあ。
でも弟の家だし…どうしよう。
「手ぶらでいい!菓子くらい出すから!!夕飯も出すから!!」
「よぉーし、ちゃちゃっと置いて来るわねー」
わーいタダのおやつとご飯だー。
今日っていいことあるなー。素敵な日ねー。
流石弟、私を即座に頷かせるコツを知っているわ。
「そんなにエグイ事になってるのか…ウチ…実家は…」
「え?何?10年以内に破綻予定だけど、それ以上に何か有るの?」
「……オレに経営手腕さえあれば…」
「無理ね、アンタみたいな戦闘狂は戦わないとお金にならないから」
「姉さんに言われたくねえ…」
そうして久々に会った実の弟が荷物を持ってくれて、私は拠点を案内したのだった。
「5階かー、眺め良くていいな」
「前は9階だったんだけど、楽になってしまったわ」
「体鈍らねえ?」
「そうなのよね…」
一人じゃ気にならなかったけど、弟がごついから階段が狭いわね。
私は鍵を開ける為にペンダントを掲げ…ついでに弟に自慢をした。
「あ、因みにこの黒い紐ペンダントで開くのよ」
「へー、すげえ高そう」
そう思うわよね。
さっきはご飯を奢ってくれるような
特権階級になってしまったかと思ったけど安心したわ。
幼少期の家庭環境って…養子に行っても染みついてしまうのかしら。
私はペンダントを翳し、ドアを開けた。
「うぉ、何だこの壁の模様」
「お洒落な熊柄の壁紙だと思ってるの」
「すげー、マジ呪いっぽい…」
「言うな。私も若干そう思ってるわ」
流石身内は容赦ないわね。全く人が目を背けていることをズケズケと。
憤慨しながらも私は荷物を軽く片付けた。
「じゃあ荷物置いたな、行くぞ…取り合えず駅馬車使うか」
「えー歩けばいいじゃない」
「菓子が出ない時間になるぞ」
「しょうがない…ご飯奢って貰えるんだし馬車賃くらい出すかあ…」
「姉さん、守銭奴に磨きが掛かってないか…」
放っとけ。
そして私は駅馬車に揺られ、弟の養子先にお邪魔したのでした。
通勤通学時間だからやっぱり混んでるわね。
歩けばいいのに。タダなのに。
弟がごつくて、くっつかれると狭いわ。
「うーん、これ位の距離を駅馬車に乗るだなんて、特権階級になったわね…」
「一人なら歩くけど、今急ぎだろ」
「急ぐなら早く走ればいいじゃない」
「姉さん足遅いだろ」
「軍属と一緒にしないでよ…全く口の減らない子ね」
駅馬車が停留所に着いたらしい。
人混みを押し合いへし合いして降りた先、
ほんの僅か歩いた先に弟の養子先のお家が有った。
うーん、いいお家だわ。高そう。
あの植わってる木とか高そうな実を付けそうね。
果樹は初期費用と肥料が高いからなあ…。
あ、あの門も質実剛健だわ、高そうな作り。
「高そうなお家ね」
「初日にオレが言った事と同じ事言うな。ただいまー、姉さん連れて帰ってきたー」
こんな高そうなお家に気軽そうに入っていって…ホント気軽ねえ。
慣れてしまったのね、弟よ…。
物を壊しそうで汚しそうで絨毯の上を歩けないわ。
え、どうしよう、床に足を踏み入れるだけで緊張するわ…。
最早、浮く?浮いちゃう?
いや、お高そうな家の中でがっつり私の存在というものは浮いてるわね。
物理的に浮きたいけど……浮けないなあ。風属性だけど…。
こんな所で魔力の無さが辛いとは思わなかったわ。
「…坊ちゃま、お帰りなさいませ。お姉さまでございますか?」
「ああ、国元の姉のドートリッシュだよ」
「おお、これはこれはお美しい。お初にお目にかかります、お嬢様。
わたくしバルトロイズ家の家令、バースで御座います。
お嬢様がお出でとなれば、旦那さまもお喜びになられるでしょう」
「悪いけど何か適当に茶の用意してくれるか?飯も食ってくって」
「承りました」
すごーい、執事さんがいるー。
弟が遠い世界の住人になってるー。
夢の国だー。
「姉さん、顔に出てるぞ」
「何よ何よ特権階級なんだから、お姉ちゃんビビってないもん」
「…分かったから、取り合えず話しようぜ、姉さん」
おおお、凄い高価そうな椅子を勧めないでほしいわ。
凄く木が艶々してる…。座ってもミシミシ言わなさそう。
「…サジュの上にでも座るのが一番安心できて、壊す心配なくて安くつきそうね」
「弟の膝が一番安そうとか酷過ぎじゃねえ?」
「別に令嬢一人くらい抱えられるでしょうが」
「姉ってのが普通に嫌だ。オレは普通の可愛い女の子がいい」
「…チッ、慣れない場所で怯える姉に対して何たる仕打ちなの。
可愛くないわね」
なるべく接触しないように椅子に座ろうとしたが…無理だった。
うん、ふかふか。いい座り心地だわー。
汗とかかかないようにしたいけど、流石に発汗まではどうにもならないのよね。
逆に超緊張するわね。今からでも浮けないかしら、物理的に。
「それで…呪いはまあ、あれだろ?女神像だろ?何で祈ったんだよ」
「他国の令嬢が呪いの女神像を知ってると思うの!?」
「だってこの国だったら3歳の子供でも知ってる常識だから態々言わねえよ。
駅馬車の停留所の色が紫と緑だって位常識なんだ」
「そりゃ全世界規模の常識でしょうが!!」
風のように運びますし木製だから紫と緑なんだっけね。
風属性と木属性…。…関係あんのかしら?
風のようにって言うけど結構遅いわよね…。
まあ、駅馬車全力疾走させたら事故とかの面で困るか。
「……うーん、まあオレも知ったのつい最近なんだけどな」
「サジュ、よく私に偉そうにさっきのこと言えたわね。
責任を取ってイケイン伯爵令息に絡まれている私を今度助けなさいよ」
「イケイン?…あー、1個下の?
おいおい姉さん。何であんな女ったらしを選ぶんだよ…」
「悲劇にも適当に選んでしまったのよ」
「適当すぎだろ!!」
海より深く反省している上に、呪われた可哀想な姉に煩い弟ねえ。
もっと労わって欲しいわ。
お菓子と夕食奢って貰える立場だから大人しくしてるけど。
「あー煩い。仕方ないじゃない、事前情報何にもないんだから」
「オレに聞けばいいだろうが!!」
「手紙代が勿体無いじゃない。学園であんたに会えないし」
「…うわー、其処は盲点だった」
「いやねえ、特権階級になったんだから
紙とインク壺と往復小切手くらい同封してよ」
「いいけど、インク壺は割れると思うぞ」
あ、そっか。
インク代は用意しないといけないのか…。
全く手紙ってものは物入りで嫌ね。
もっと気軽でお安い連絡手段が欲しいわ。
初期投資しない方向の奴を。
「まあ通りかかったらでいいなら助けるけど…。
別に姉さん何とか出来るだろ?」
「出来るけど、外聞が悪いじゃない。
その点あんたは騎士だから、困っている令嬢を華麗に助けるとかしたら、偶然見ていた乙女の心を得られるかもよ」
「……そんな上手い事いくかあ?」
チッ、疑り深い奴ね。
流石弟だわ。
見た目だけは爽やかな風を装いおってからに。
「それで、誰に契約印を捺されたんだ?」
「…銭ゲバ…」
「誰だよ!?」
まあ流石にそれじゃ通じないか。
あ、いけない、家族の前とは言えつい呼んじゃったわ。
このままでは本人の前でまた言ってしまいそう。やばいやばい。
「えーっと、カイジュ・ルーロ・ノロットイ…さま」
「……うわあ」
弟にうわあって言われた。
評判悪いわよ、ご主人さま…。
「失礼いたします、坊ちゃま」
「あ、ああ…置いておいてくれ」
「有難う、執事さん」
「私のような使用人にとんでもないことで御座います」
やったあお菓子が来た。わあー色んな色が有るー豪華ねえー。
高そう!何の味がするのかしら。お菓子の流行はサッパリ分からないわ!
あ、でも一応家の人の許可を取らないとね。
私ってば普通の令嬢だからね!弟で有ろうと他所のお家では丁寧にね!
「サジュ、食べていいかしら」
「いいけど…いや、姉さん…ノロットイってあの神官商人かよ」
「しんかんしょうにん?」
また聞いた事の無い単語が出て来たわね…。
「え、知らねえの?」
「だからこっちの国の常識はサッパリ知らないって言ってるでしょうが」
「父さんの手紙だと、婚活に来たんだろ?事前情報とか…」
「貧乏伯爵家がそんな情報網持ってると思うの?あんた何年ウチの子やってたのよ」
「えー、オレが悪いのか?……すみません」
全く、これだから特権階級は困るわ。
父さまもインクが勿体無いから必要最低限しか書かないって分かってるでしょうに。
書いてない行間を読み取るくらいしないでどうするの。
「いいわ、弟よ。
許してあげるから洗いざらいご主人さまに関する情報を吐きなさい。
割引に繋がるかもしれないから」
「え?何の割引だよ」
「勿論解呪の割引に決まってるでしょ。
私はあの方のしもべとなって1000万ゼニゼロ稼がないと呪いを解いて貰えないの」
「うわー……えげつねえ…」
「全くよ。それで神官商人って何なの?神官御用達の商人なの?」
「神官で商人…って言えばいいか?オレもあんまり知らねえんだけど…」
そんな兼業できる職業でもないでしょ…。
どっかの英雄譚じゃないんだから、現実的におかしいわ。
まあ、私は崖っぷちだから農酪業出来るだけの普通の令嬢だけどね。
「何よそれ役立たずすぎるわ…」
「厳密に言えば…女神像を祀ってる神殿の神官だった、ってことか?」
んんんんんん?
何だって?
キナ臭い方向へ転がって来たわよ?
話が怪しいよ?
「…女神像?」
「姉さんが祈った女神像だよ」
「……何だとオオオオオ!?」
その弟の言葉に、今度こそ私は…目玉が頭蓋骨から離れるかと思った。
まさかの自作自演疑惑!?ご主人さま!?うっそお!?
仲いいけどシスコンブラコンではない姉弟。
顔はそんなに似ていない上にカラーリングも違うし、姉は風属性で弟は水属性。
でも何かやっぱり似てる…そんな感じの姉弟です。




