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 それからは、一方的と言ってよかった。剣が通用しない確信を得たガオは、騎士の攻撃を気にせずに猛攻を加える。強引な攻めに反撃を行う騎士の攻撃は弾かれ、拳や脚で鎧の上から打撃を受けてしまう。彼女の鎧は世界でも有数の名品とされていて、ガオの攻撃をよく軽減していたが、それが余計に彼の興奮を助長していた。


 姫が何とかしようと動きを見せても、そのたびにガオがそこらの石や土くれで妨害を行う。騎士が押さえ込めない以上、彼女の行動はその柔肌に傷を付ける結果しかもたらさなかった。


 打撃をいなしながらも、段々と蓄積するダメージ。それに伴い騎士の顔に苦悶が広がり、体の動きが鈍く、要所をかばうような動きになってくる。振っていた剣も、いつしか倒れないための杖に変わっていった。


 「15分だ。まあ、頑張ったがそろそろ限界じゃないか? そろそろ諦めたらどうだー?」

 

 言葉とは裏腹に、まだ頑張れと言外に語るガオ。騎士をなぶっている間興奮しっぱなしで、ズボンの下からは隠しきれない欲望が天を突いている。しかし騎士の方は、その挑発的な台詞を受け入れるように、がっくりと膝を付き、頭を垂れた。


 「オイオイ、もう限界かよ。おまえの大事な姫様、滅茶苦茶にしちまうぞー?」

 

 その言葉にも応えず、動かなくなった騎士。一度小突いてその反応を確かめてから、わざとゆっくりと姫の方に向かう。


 「残念だったな、お姫様。アンタの剣は、折れちまったみたいだぜ。それじゃあ、今度はこっちで楽しませてもらおうかな」

 

 嗜虐的なガオの顔に、姫の瞳に怯えが走る。けれど途中で決意の色へと変わり、歩み寄る脅威をしっかりと見据えた。


 「・・・・・・私は貴方なんかに負けません」


 「ああ、そうかい。なるべくその気持ちを長持ちさせてくれ。諦めて泣き叫ぶまでが前菜だからな」


 「そのような事、許しません!」


 「別に、姫様の許しを得る必要はないんだよ。俺サマがやりたいからやるんだ」

 

 目だけはしっかりと相手を見据え、それでも僅かに後退する。自分の身に訪れる惨劇を体が恐れているのか、両手を交差させて、恐怖に耐える。


 ガオの巨躯が、明かりを遮ってすっぽりと姫の小さな体を覆い隠す。姫の瞼がぎゅっと閉じられ、これから起こる出来事から目をそらす。

 ーーーそして、腹部を熱いモノが貫いた。


 「・・・・・・あぁ? なんだ、こりゃ」

 

 急に自分の体に起こった異変に、ガオは困惑した顔で自分の腹部を眺める。熱い部分の毛皮は盛り上がっており、何かが腹の中に入っていることを感覚的にも視覚的にも実感させた。


 「姫様ァ!」


 「ジョゼット!」


 騎士の叫び声と、それに応える姫の声。倒れるように自分の手から逃れようとする姫君を、ガオは手で掴もうとする。


 「コレで終わりだ、モンスター!」

 

 そこを背後からの渾身の突きが止める。すでに自分の身を貫いた貫通力こそなくなっていたが、内から外への守りは、その逆ほど堅くない。ぶつりと言う音とともに、刃がガオの腹部から生えた。


 「がっ、はっ、クソっ・・・・・・。何でだ、お前の攻撃は俺サマには通用しないはず」


 「相手が一匹で、"溜め"の時間さえあれば何とかなる。・・・・・・これぞ、奥義"岩旋衝斬破"」

 

 騎士がその言葉と共にもう一息突き入れ、ずぶりと血に塗れた刃を抜き出すと、追って血しぶきが血を染める。ガオはぼんやりと月を見上げ、風穴があいた腹を、手で隠すように押さえた。


 「あぁ、そうか・・・・・・だから、多人数相手じゃ使えなかったんだな・・・・・・。設定資料にだけある技なんて、流石に、見過ごしてた、ぜ・・・・・・」


 そこまで言うと、ぐらりと体を後ろに傾かせ、大の時になって倒れ込む。同時に騎士も今度こそは本当に膝を付いた。


 「やりましたね、ジョゼット」


 「・・・・・・はい、姫様。申し訳ありません、このような無様を・・・・・・。守るべき御身が、そのように傷ついたのは、私の責任」


 「そのようなことはありません。貴方であったから、このモンスターを倒すことができたのです」


 地面から立ち上がり、姫は騎士の元へ歩み寄ると、手をかざして幾言か言葉を発する。すると騎士の身体が輝きはじめ、その輝きが収まる頃には何事もなかったかのように立ち上がった。


 「ありがとうございます、姫様」


 「私たちの世界とは勝手が違うみたいだけど、傷の痛みや疲れが少しはとれたと思う。わかる?」


 「はい。お手を煩わせて、申し訳ございません」


 「そんな事言わないで。さっきの戦いで、私、ぜんぜん役に立てなかったから・・・・・・せめて、これくらいは」


 「戦いは私の役目。姫様が思い煩うことなど何一つありません。けれど、今はその事について話す時ではない。一刻も早く、ここから離れましょう」


 そう言いながら、騎士は姫の手を優しく握る。そして鎧の上から外套を羽織ると、ゆっくりと歩き始めた。


 「姫様。我々の行く道は暗けれど、最期まで貴方に付き従います。至らぬまでも、貴方を護らせてください」


 「・・・・・・こんな旅路に付き合わせる、主でごめんなさい」


 「どんな場所でも構いません。貴方が望む場所へ、私はお供いたします」

 

 そう言って優しい笑顔を浮かべる騎士に、少し悲しそうな顔で返す姫。それ以上は話すこともなく、二人はその場を立ち去るのだった。残ったのは、一つの躯のみ。


・・・・・・彼らが立ち去ってから暫くして、その場所に少女が一人降り立つ。彼女は無表情に倒れ伏す人狼を見下ろすと、ため息を付いた。


 「あんだけ偉そうに言っておいて、負けるってどうなのよ。しかも、慢心と油断のせいでとか」

 

 ぼやく台詞に、反応する者はいない。しかし彼女はガオの体で血の付いていない部分をみつけると、思い切りそこを蹴飛ばした。


 「いつまで寝たフリしてんのよ。アタシが観たら、一発でわかるから」


 「なるほどなぁ。スノゥちゃんの泣き顔が見えるかと思ったんだが、残念だぜ」

 

 ゴボゴボと血の泡を吐きながら、それでも脳天気な声に続いて、もう一発肉を蹴り飛ばす音がその場に響く。無表情に冷たい目線を追加したウィスタリアは、腰に腕を当ててガオを睨みつけた。

 

 「バカじゃないの。あらゆる意味でバカじゃないの! アンタの戦いぶりを見て、どこで泣けっていうのよ。それにこのボディにはそんな機能ないし。なにより、その名前で呼ぶなっつってんでしょうが!」


 そこまで叫んでから、髪の毛をかしかしと手で掻いて感情を抑える。表情が動かない人形そのものと言った見かけの分、そのしぐさはやけに人間的に映った。


 「そんな事より、アンタ、どうなのよ。死ぬの?」

 

 感情をそこらに置く事に成功した少女の、散文的な問い。それに対してガオは笑い飛ばそうとして、血の固まりを吐きだした。


 「満月に近くなけりゃ俺サマもヤバい傷だからな。悪いが、あと20分くらいはかかりそうだ」


 「りょーかい。なるべく早く追いついてきなさいよ。アンタが立ち上がり次第"星"を戻すから、それを追いかけて」


 それだけ伝えると、少女はガオを置いて走り出す。そして頭上の手近なビルの天辺へと腕が伸び、そのまま月へと吸い込まれるように空へと身を踊らせた。


 「満月を 飛び行くメイドの 白パンツ ・・・・・・ってか。でへへ、絶景かな」


 仰向けのままでそう呟いたガオは、ウィスタリアの姿が消えると、ゆっくりと目を閉じる。そしてわずかでも早くその身を癒すために、精神を頭上の月と重ね合わせるのだった。


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