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1-3

 学園の教室の片隅で、ひとりの少女が目を閉じている。昼下がりの日差しを浴びながら椅子に座り、背もたれに体を預けた姿は、男子が見たら思わず見とれてしまいそうなほどあどけない寝姿だった。


 (ふーむ。なるほど。この角度だとこう見えるわけか。なら、もう少し・・・・・・)


 少女の顔がわずかに傾く。陽光の当たり方が変わり、自然のライトがより鮮やかに顔を演出する。表情が少し緩み、夢幻の世界を楽しんでいる風情を醸し出す。


 (ちょっとあざとい? まあでも、許容範囲って奴よね)


 更に表情がにまりと変わり、慌てて少女は表情を作りなおす。それから彼女の周囲で、幾重もの光輝が舞った。


 ウィスタリアが行っていたのは、自身の状態の確認である。かりそめであり 道具ツール である彼女の肉体は、ある程度の感覚を本体に伝えてくるが、人間に比べれば大ざっぱな感覚でしかない。

 なので、彼女は自身が操る"星"を使って外からの目で自分の状態を定期的に確認している。それが自撮りに変わったのは、単に興が乗ったからだ。


 それからも彼女は数十分かけ、音もなく自分を撮影し続ける。ようやくそれに満足すると、周囲を飛び交う"星"の目を閉じて、ボディの眼をぱちりと見開く。


 「うわっ、やべぇ。目が覚めたぞ!」

 

 急に目を見開いた少女に、部屋の外で鈴生りになって撮影していた少年たちの一人が声を上げる。反射的に逃げ出す者もいれば、逆に興味深そうに見つめてくる者も居た。


 「・・・・・・そう言えば、ここの部屋はフツーのヒトの授業用だっけ」


 裏と表が重なりあう学園では、当然一般の学生用のスペースも存在する。妨害用の術式が張られていないという理由でここを選んだ彼女だったが、熱が入ったせいで周囲の確認を怠っていたのだ。


 「ま、いいか。オハヨーゴザイマス。キョーシツをツカッテゴメンナサイネ」


 わざわざ適当なイントネーションで挨拶して、そのままスタスタと教室を出ていくウィスタリア。その存在は、しばらくの間男子生徒の間で画像と共に語られるのだった。



 

 「さてさて。今日の儲け話はなにがあるかなーっと」

 

 男子生徒を煙に巻いて身だしなみを整えたウィスタリアが、その足で向かった先は施設の一角にある幾つもの情報が書かれた掲示板の林だった。情報の最初には☆マークと題名が記され、文章と共に場合によっては写真も併せて内容が記されている。


 普通の少女が見るには色んな意味で刺激的すぎるモノもあったりするが、これは現在"協会"が確認している問題事である。つまり、その種の人間にとってはメシの種だ。


 この学園は裏の人間が在籍する場合、一定期間ごとにお金が必要になる。これを支払うことで、住居とある程度の安全、そして必要があれば各種の教育を受ける権利を得られるのだ。


 しかし、亜人は普通の仕事に就くことも難しければ、その金額を稼ぎ出すことも難しい。結果として、自身の体の一部を金に換えるか、このような依頼を受けるか、能力を生かした仕事に就くかのいずれかで稼ぐ者が多くなる。もっとも、ウィスタリアは人形館での"仕事"で稼げてはいるのだが。


 一つ一つ、彼女は依頼の☆の数と内容を流し見る。時折スルーするのは、すでに日数が経過しているものと、情報が継ぎ足されているものだ。前者は単純に出遅れており、後者はすでに目標に接触した者が居るからである。


 仕事は早い者勝ちだ。それに、依頼目標に最初に接触する事による"初期接触ファーストタッチ"の報酬もある。腕組みをしたまま、ウィスタリアはそれぞれの依頼を比較していた。


 ウィスタリアはべたべたと雑多な情報が張られた掲示板に次々と目を通すと、情報を当たってゆく。時折見えづらい高さのモノがある時は、"星"が役に立った。


 基本的に掲示板にかかれている情報は、難易度を表す☆と、今現在判明しているモノのみ。目標が不明確だと難易度も適当で、問題となっている現象や事件だけを書き殴っている物もあった。


 時折管理者らしき人間によって情報が書き足されたりする事もあるが、まず現状で解決が可能か判断するところからスタートが基本となる。実力が認められれば、傍にある建物の中で情報を貰って仕事を依頼される側になるのだが、彼女にとってはまだ遠い話だった。


 「おっ! マイスウィート・スノゥちゃんじゃねーか」


 「恥ずかしいからその呼び方止めなさいってーの……。アンタも仕事を探しにきたの?」


 展開した"星"で認識し、呼びかけられても振り向かないままでウィスタリアはガオに訪ねる。それに対し、彼は首を横に振って返答した。


 「いやいや、俺サマはこれから出かけるトコだ。その前に、目星を付けたのが他のヤツに食われてないかの確認だな」


 「・・・・・・へぇ。何か手頃な依頼、あったんだ」


 「おうよ。昨日今日に出てきたばっかで、まだ情報も全然出揃ってねー依頼だ。なにが起きたか探るところから、ってレベルだな」


 「何それ。手頃どころか、手当たり次第で宝探しするような話じゃない」


 「ところが、だ。俺サマは特別な情報を持っててな。これだ、この依頼。ちょっと見てくれよ」


 そう促されたウィスタリアが見た依頼は、一人の青年が行方不明になっているというものだった。

 数日前から音信不通になり、バイト仲間が見に行ったところ、部屋はやけに綺麗に片づいていて空きっぱなし。不審に思った彼が警察に連絡し、いくつかの物品が無くなっていることが発覚。捜査と同時に念のため情報が回されてきた、というレベルのもの。


 難易度である☆も付けられておらず、ただの連絡に近い内容。実際、ウィスタリアも一瞬でスルーしていたものだった。

 

 「・・・・・・この回覧版が、おいしい依頼?」

 

 じっくりと情報を見てから、ようやく振り返ってジト目でガオを見る少女。その視線をたっぷり受け止め、ガオは自信ありげにニヤリと笑う。そして、声を潜めて囁いた。


 「ああ。この事件の犯人は、"外"からきた奴なんだ。そうに違いねぇ」


 「来訪者、ってこと? 何でわかるの?」

 

 ウィスタリアも極力音を絞って返答をする。端から見れば、お互いボソリと何かをつぶやいたようにしか見えなかったが、両者は問題なく会話を続けていた。


 「それはだな、ガイシャが死ぬ前に掲示板に書き込んでたからだ」


 「普通の人間でしょ、行方不明のヒトって。裏の人間なら、もっと情報出てると思うし」


 「ああ、そりゃそうなんだがな。それが、奴が書き込んだ内容がだ。"長年の夢叶う。二次元から姫と女騎士ktkr"って感じのモノなんだ」

 

 真面目な表情で答えるガオに、何ともいえない表情で黙り込むウィスタリア。ややあって、両手で頭を抱えた。


 「アタシも、まだあんまりわかんないんだけど。それって、お店でアタシにコスプレやら演技を要求するお客さんみたいなものじゃないの?」


 「スノゥちゃんの演技はホンモノだからな! じゃ、なくて。どうも、願望じゃなくてマジっぽいんだよ」


 「なんで、それが、アンタに、わかるの?」


 「それがさぁ、アイツあんまり煽り耐性がなかったっぽくて。一緒に出かけるから見に来いって言って、場所と日時まで指定しちゃったんだな。それで見に行ったら、マジっぽかった」


 「見に行ったんだ。ひくわー」


 全身で嫌悪感を表現する彼女をあまり気にした様子もなく、彼は会話を続ける。

 

 「だって、ここ近年のくっころ系シナリオ(成年向け)では屈指の出来映えで、ネット上ではその手の愛好者から絶賛されてるシロモノだぜ!? それに、裏の事情を知ってたら見に行きたくもなるだろ」


 「熱弁されると、ホント、引くわー。で、見に行ったアンタはどうしたのよ」


 「新手のプレイかと思って、悔しくて帰った。けど、事件が起きて顔写真見てから、アレはマジのマジだったんだなって思って」 


 「生命いのちのオーラとか視たら、ヒトかそれ以外かなんてすぐわかると思うけど」


 「俺サマはそんな事はしないのだ! ま、そーゆー訳で、これは裏の仕事で確定だ」


 「なるほどねぇ。で、これからどうすんの?」


 「それはだなぁ・・・・・・って、教えられる訳ねーだろ!」


 調子よく話しながらも、肝心なところで踏みとどまるガオ。内心で舌打ちしながら、ウィスタリアは目を煌かせつつ表情を興味津々な様子へと変える。


 「一応、女性が一度電話に出たって事は掲示板にもかかれてるかぁ。目撃情報は女の二人連れ。片方が被害者の電話に出た可能性が高い、ね。まだ他に情報とかないかな? テレビドラマなら、手がかりの一つや二つありそうだけど」


 「ポッと出の連中が相手だ、過去や人間関係からなんてものはねぇ。けど、今回みたいな来訪者なんてものは、元を辿れば大方の都合はわかる。今回の規模はちっせえからし、"繋がった"ワケじゃなさそうだからな」


 「生まれてみれば、体は妄想の通りでも中身が違うからこんな事になっちゃいましたってカンジかしらね」


 校内の一角に設置された仕事用ボードを眺めながら、人狼と人形少女はお互いの意見を話し合う。他愛ない言葉の用にも聞こえるが、その実互いに方針策定の為の情報を手に入れようとしていた。


 彼らがほしがってるのは『初期接触報償ファーストタッチボーナス』と呼ばれ、一番最初に対象に接触して情報を手に入れた者に与えられる報酬で、そのレポートと対象の格によりもらえる金額が変わる。


 目標の強さは未知数で、自分達の手に負えるかどうかわからない。なので、こちらのボーナスを狙いながら、狩れそうなら狩ろう、と言うのが共通した戦略であった。


 実際、来訪者は世界に"慣れる"まではこちら側とルールが違う事も多く、遮二無二突撃すれば返り討ちにあいかねない。その誤差を加味しながら戦える人間も居ないことはないが、希少だった。


 「・・・・・・で、どうすんの?」


 「こっからは仕事だ、何度聞かれてもぜってー答えねぇ! オレサマには金が必要なんだよ。誰かさんに毟られるからな」


 「いつもご贔屓にして頂いてありがとうございます♪ 次のプレイはぁ、どんな風に致しますか、ご・主・人・様♪」


 突然仕事モードに切り替わり、甘い声と色気のある流し目をする少女に、人狼は一見辟易した声をだしながらも内心の期待を押さえられずにいた。


 彼のうちに根付く獣の衝動、血と暴力への渇望を押し殺して生きるのは辛い。幼少の頃より代替手段として暴れ回ることで押さえてきたが、それでも女性を襲ったことは幾度もある。重傷どころか命まで奪いそうになったこともあるくらいだ。


 思春期を過ぎ、いよいよ抑制が困難になった時にあの場所《人形館》を紹介された。そこで暫くは発散していたが、精霊や作られた人格が入った人形ではどうもしっくりこない。ボディの損壊に無頓着な者が相手では、過去の木や石相手に暴れ回っていた感覚を思い出して、欲求の火は残ったままでふっと萎えてしまうのだ。


 逆にボディとの接続を強めれば、ダメージに連動して"壊れて"しまう。帯に短したすきに長しと言った感じで、どうにも不満が残ったのだ。


 それが、ウィスタリアが店に出始めてから解消された。何せ要望にすべて答えてくれる上に、喰い殺しても翌日には飄々と笑顔を向けてくるような女だ。店員と客というドライな関係だったが、彼はすっかり彼女にハマっていた。こんな女はなかなか居ない。惚れると言うよりはファンになった心境だった。


 「ねえ。次もサービスしてあげるから、どうするのか教えてよ」


 「・・・・・・サービスったって、どうせ俺が金払うんだろ?」


 「お金払っても出来ないサービスって多いのよ。特にこの世の中じゃあね。でもぉ、アタシならぁ・・・・・・♪」


 すり寄られながらかけられる言葉に、人狼は心の中の尻尾をパタパタと振っていた。


 「しゃ、しぁあねえなあ。約束だぜ? 俺はまず、事件があったマンションで臭いを辿ってみる。死体がないって事は、たぶんあいつらがどこかに捨てたんだろ。一緒に行動してる線は薄いだろうしな。その死体の残り香を追って行くつもりだ」


 「なるほどね。確かに、レディの前日の食事内容を言い当てるアンタなら、適任ってワケだ」


 未だにその件で一部に変態扱いされている事を思い出し、人狼は顔にはっきりと渋面を作る。しかしすぐに気を取り直すと、手荷物を探って外出用の服装に身を固めた。普段でも野性的な容貌を隠すための深いフード付きの上着を身に着け、サングラスで眼を隠してからウィスタリアへと向き直る。


 「じゃ、俺は行くぜ。早くしねーと、ほかの奴が接触しちまうかもしれねえ。情報の優位は生かさないとな」


 「バイバーイ♪ アタシも何かわかったら動いてみるからぁ、とりあえず頑張ってね☆」


 利用するつもりだとわかってはいても、艶のある笑顔で応援されて嬉しくない訳がない。男の宿命と悲哀を感じつつ、ガオは夕焼けの街へと駆け出すのだった。それを見送り、とりあえず別の依頼を探し始めるウィスタリア。彼女は現実的だった。


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