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男は幸せだった。画面から出てきた二人の美女を引き連れて街中を歩けたのだから。それも、今一番お気に入りのヤツだ。前日に服屋で大きめのコートを買って準備した後は、ワクワクで眠れなかった。様々なものを興味津々に見つめる彼女達に説明したときは、ここ最近で一番舌が回った気がする。
それに、モールを歩くたびに浴びる視線! 掛け値なしの美女二人を連れ歩く自分を、羨望と嫉妬の目で見る男達の視線に気付くたびに、彼はにやけが止まらなかった。わざわざ宣言した甲斐があったというものだ。
今日一日で新品のゲームやアニメが10本も買えるほど金を使ったが、それも気にならない。これからきっと、もっと楽しい生活が待っているからだ。ゲームの彼女達の性格なら、"お礼"をたっぷりしてもらえるはずだ。男は、幸せだった。
今は釣りや悪戯の線で盛り上がっている匿名掲示板から目を離し、彼女たちが待っている寝室へと目を向ける。お礼の"用意"をすると言って扉を閉めた主従は、湯上りの卵肌をバスタオルで隠しただけのあられもない姿。男の期待と下半身は、今にもはち切れんばかりだった。
幾度もやりこんだゲームのワンシーンが脳内をリフレインする。彼女らは自分たちの窮地を救った傭兵の"プレイヤー"にその身を捧げるのだ。はじめは姫が騎士に見守られながら。そして選択肢次第でその逆も、二人一緒に味わうこともできるのだ。
どのルートでも"ハード"に出来るスタイルが売りで、今や一般人にまで知られつつある成人ゲーム。家主の男も例外ではなく、数多のフラグと連動したシナリオを夢中で探し求めていた。そんな彼の部屋に、ヒロインの姫と従う女騎士が降り立ったのが二日前。手を変え品を変えながら語り続けられてきた都市伝説が目の前に現れた時、彼は自分の中の常識を捨て去った。
そして今、扉の向こうから彼を呼ぶ声が聞こえる。爆発寸前なアレコレを抱えながらも彼は返事をし、最後の理性でノックをしてからドアノブを回す。男は幸せだった。
薄暗い寝室の中、ベッドの上に白く艶やかな生足が乗っている。毛布で局部を隠しながらも、隠しきれない肌が全裸であることを連想させる。何よりも、恥ずかしそうに微笑む姫の姿が彼の血の巡りを滾らせ、寝室に立ち込める男にはない甘い匂いが、よりそれを助長させた。
自分のものではないように感じられる体を動かし、もどかしげに男は歩を進める。一歩二歩と震える足を出し、三歩目で足がもつれる。ふらつきながら、姫の方へと倒れこみそうになる。けれど彼を受け止めたのは、微笑む姫の肉体ではなかった。
体を引き寄せられ、二つの柔らかな塊が背中へと押し当てられる。首に腕を回される瞬間、直に触れる女の肌の熱さを感じた。そのまま流れるようにぎゅっと絞められ、彼は密着感と圧迫感の二つを味わう。苦しさはなかった。
女騎士に体を預けたまま、男は姫に向けてのろのろと腕を伸ばす。そして何度か手招きするように手を動かした後、がっくりと腕と脚から力が抜ける。
訳が分からないほどの多幸感の中、男の視界は白濁してゆく。微笑みを続ける姫が何事か口を開いているのを感じながら、意識を手放す。全てが白から黒に落ちる最後の瞬間、彼は自らの体の中でぼぎりという大きな音が響くのを聴いた。男は幸せだった。
部屋の主を片付けてから3日後、二人の女性は鳴り続ける携帯の前で佇んでいた。2日目から鳴り響く呼び出し音は、時間を経る毎にその回数を増してゆく。見たところいくつかの番号からかかってきており、男の真似事をして一度出たら、知らない男に繋がって双方驚いた事もある。その際は何とか乗り切ったが、再び出ようという気にはならなかった。
「そろそろ、限界のようですね」
「はい、この3日間でこの世界の情報を収集しましたが、動くべき時かと」
「色々な情報を知る事ができました。が、私たちの世界の問題を解決するには情報が少なすぎます。貴方の言うとおりにしましょう」
二人は男から買い揃えられた服装に身を包むと、元の世界での服を袋に入れる。女騎士が自分と姫の袋を軽々と担ぎ、ついでに寝室にあった、この部屋で一番大きなバッグも背負うようにして持った。
そして男が持ち歩いていた財布とカードのようなものを一揃い回収すると、そのままPCへと向き直る。
「この世界には、非常に高い技術があるようですね。まさか私たちの世界を覘き見る機能があるなんて」
「しかし、姫様の性格があのように改変されるなど、僭越の極みです。あのように不埒な行為を、姫様が許すはずが・・・・!」
激昂する女騎士。しかし姫は淡く微笑むと、首を横に振った。
「そうかしら。もし本当に世界を救う勇者様が現れたから、この身を捧げる事に僅かな躊躇いもないわ」
その横顔に見えるのは、自分たちの現状への焦りと手の届かぬ希望への諦念。主のそんな姿に、騎士は我知らず手を握るのだった。
「私も、私も姫様にその身を捧げています。その事を決してお忘れなきよう」
「・・・・・・ええ、幼き日より忘れた事などありません。こんな異境の果てまでついてきてくれる者の事を、どうして忘れられましょう」
わずかな間、二人は目線を合わせて見つめあう。そして膝を下げた騎士が再び立ち上がった時、今度は決然と姫は口を開いた。
「さあ、出かけましょう。私たちの世界を救う手段を探さなければ」