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極東の島国、その主要都市の一つから少し離れた森の中に“学園”はある。百年の昔に作られたとされるこの場所は、時を経るごとに巨大化し、現在では広大な敷地の学園都市となっていた。
ここに通うのは夢と希望に溢れる学生たちと、自身の道をそれと定めた研究者。彼らは自らの意志で門をくぐり、籍を置くことになる。
けれど、それだけではない。歴史の裏側に追いやられ、世の片隅でひっそりと生きる者達もそこに居るのだ。彼らをヒトは"亜人"と呼ぶ。かつては世界に覇を唱え、今はその座から滑り落ちた者達だ。
たとえ表舞台から姿を消し、今は創作の中で虚飾と共に語られることしか無くなっていても、彼らは存在する。時に人々の中に溶け込み、時に世界の果てで再起を誓いながら、日々を過ごすのだ。
“学園”は彼らを受け入れる。その目的のため、遠き祈りと共に建築されたのだから。
『この世界において、亜人の<パワー>は無闇に振るって良いモノではありません。ヒトの指示の元、最小限に、そして人間のため使われるべきものなのです』
閑散とした教室の一室に、録音された映像と音声が響きわたる。ほとんど誰にも聞かれることなく上映されているそれは、授業という名のヒトではない者達への警告だ。
要約すれば、この世界はヒトのもので、自分達の大多数は<パワー>と呼ばれる特殊な力を持ってないから、好き勝手するんじゃないと言う事である。
とはいえ、そんな事は大多数の亜人にとってはわざわざ聞く程のことでもない。里から出るときに、教えられる"常識"である。そして一部の跳ねっ返りは、そもそも話を聞かない。結果として、代わり映えしない授業は出席をマークするだけのモノに変わり、音声はただの環境音と成り果てている。
そんな中、画面を注視する一人の少女がいた。彼女はこの教室に似つかわしくないノートとペンを使い、気になった言葉を書き込んでゆく。
「リュウ。"暗黒時代"っていつまで続いていたの?」
「大体、500年前だな。それから先はヒトの時代だよ、ヒカリ」
「ふぅん。それから先、亜人さんはどうしてたんだろ」
「ほとんどは極東にある、この島国に逃れたのさ。で、脅威が世界から去ってみれば、ヒトの敵はヒトになっただけってワケだ」
尋ねた少女はなるほどと頷くと、気になった言葉をいくつか書き足してゆく。その傍らのリュウと呼ばれた少年は、流麗な装飾が施された本を読みながら、尋ねられる疑問に一つ一つ返答を返す。
「まあ、こんな事知ってても、表の学校みたいにテストはないけどな」
「なくていいよー。全然わからないもの、テスト」
そんな話をしながら時間は過ぎ、映像の中の講師が終わりの挨拶をする頃、ドヤドヤと多くの亜人達が入ってくる。多くは体の所々が異形になっていたが、大まかに見れば人間のフォルムを保っていた。
その中で一際異彩を放つ巨躯と、完全に整った美貌を持つ少女。対照的な二人は、並んで座る少年と少女の傍へと歩を進める。
「今日はまた、随分遅かったな。しかも同伴か」
「しょうがないじゃん。フルコースだったんだから」
「ウィーちゃん、お疲れさま。二人でお仕事?」
「コイツは客よ。今回はね」
ウィーと呼ばれた少女が傍らの男をつつくと、彼は口が裂けるほど深く満足げな笑みを浮かべる。
「やはり、スノゥちゃんはいい。他の人形どもとは段違いだゼ」
「ここでその名前出すなって、アタシ言わなかったっけ?」
言葉と共に矢のような肘鉄が入るも、鋼のような筋肉の彼には効果が薄い。逆にどついてきた少女を腕で抱き寄せ、男はより笑みを深くする。
「ワリィワリィ、ごめんって、スノゥちゃん」
「それ以上フザケるようなら、アンタの指名は今後ナシになるから」
肘より鋭く冷たい言葉の一撃に、慌てて彼は手を離す。そして今度は2M超の体躯を降りまげ、小柄な少女を上目遣いに見上げた。
「マジすんませんでした、ウィスタリア様。貴方が居ないと、俺サマ生きていけないっす」
「相変わらずだな、ガオ。しかし、フルコースって事はまた随分カネ使ったんじゃないのか」
「しかも、"中身"は養殖だけど高級モノよ。ま、アタシはお金さえもらえればどうでもいいんだけど」
「あの店じゃ、モツの天然モノは取り扱ってないもんなぁ。ま、扱ってるのは裏の裏か」
「でもよぉ。やっぱ天然モノは"使ってる"からな。臭いがハラワタに染み着いてるんだよ。ナマでやるなら、養殖の高いヤツだゼ」
べろりと舌なめずりをする狼を、様々な目が見つめる。その中でもきょとんとした目線の主が、首を傾げながらも口を開いた。
「おさかなのフルコースだったの?」
「あー、まあそんな感じだよ、ヒカリ。それよりガオ、お前また里のお姉さん達にタカるんじゃないだろうな」
傍らのヒカリの言葉に、慌てて話題を変えるリュウ。その言葉に、ガオと呼ばれた狼男も困った顔をする。
「やっぱり、やべぇよなぁ」
「・・・・・・身柄を預かってる身にもなってくれ。俺はもう口添えしないからな」
「なら、リュウ、お前の金を貸してくれよ。稼いでるんだろ?」
「帰ってこない金を貸す趣味はない。というか、自分で稼げ。あと、そろそろ自分の欲求に耐えられるようになるという本来の目的を思い出してくれ」
「しょうがねぇ。掲示板でも見に行ってみるか。おいリュウ、うまい仕事があったら俺サマに回せよな!」
それだけ言って、ほとんど四足歩行で駆け去っていくガオ。それを見送り、リュウはため息をもらすのだった。
「ったく、いい加減搾り取るのは止めてやれないか?」
「そう言われても、コース決めてるのはアタシじゃないし。アタシは決まった報酬をもらってるだけだし~」
「全く。欲に駆られてヤバい仕事受けなきゃいいが」
「そう思うなら、儲かるお仕事紹介したら? もち、アタシも込みで」
純粋そうな整った顔立ちをにやりと歪める少女。それを見て少年は首を傾け、眉毛を寄せる。
「これだからなぁ。全く・・・・・・いい面の皮だよ、ウィスタリアは」
「その新しい面の皮が欲しいんだって。自己修復機能があるらしいのよねー」
「ウィーちゃんはいつも自分の体に気を使ってるよねぇ」
「そりゃ当然よ、ヒカリ。なんたって、体が資本だからね」
ドヤ顔で答える少女と、彼女が語る言葉すべてを純粋に受け入れる少女と。一見同い年くらいに見える二人のあまりの中身の差に、傍らの少年は人知れず肩をすくめるのだった。