川の精霊
時間つぶしにどうぞ
「あ……」
「どうなさいました?マヤ様」
突然声を上げたマヤにエレナが声をかけた。
「いや~……今晩頑張ることが決定したみたい」
「はい?」
「あ~エレナは気にしなくても大丈夫。特に問題ないから」
「左様でございますか」
「それにしてもこの辺りに被害が出なくて本当に良かった」
マヤが指さす街はタビラという名前で、マヤ達が住む領館から一番近い街である。この街を一望できる場所から全体を見回した。今回の豪雨により多少家屋に被害は出ているものの、特に浸水などしている様子もなく、普段通りの街の様子にマヤとエレナは一安心した。
「あとは街の外の浸水状況と農村の状態か」
「そうですね。ここから一番近い農村は、河川より上に土地がありますから被害少ないでしょうが、農作物への被害は避けられないでしょう」
「そうね。そこは色々お願いしなきゃね」
そう言って河川のある方向へマヤは歩き出した。もちろんエレナもそれに続く。
「ところでマヤ様お聞きしたい事があるのですがよろしいでしょうか?」
「なに?」
エレナは自分が持っているバスケットに視線を落とし、マヤに聞いた。
「マヤ様がお作りになられたこの食べ物はいったい何にお使いになられるのですか?」
「あ~それ?簡単に言うと神様とか、こっちだと妖精や精霊様への供物になるかな」
「供物ですか?」
「そうだよ~さすがに生贄とかは問題でしょう。それにみんなもそんなのは欲しくないみたいだし、だからそれを作ったの」
「そうなのですか」
「そ、お饅頭って言うの」
「確かに生贄を行うよりは良いことですが…」
エレナの中では、信仰さえあれば神は無条件に人を助けてくれる。そういうものと思っていた。が――、
「なんとなく言いたいことは分かるけどさ、神様や精霊にお願いしに行く立場なんだから、一方的にこっちのお願いだけ押し付けるのは失礼でしょ。せめて話を聞いてもらうために、お土産みたいなもの準備しないと。人の生活でもそういうところはあるでしょ?」
マヤにそう説かれると、エレナも納得できるところがあった。
二人がそんな他愛もない話をしながら歩き続けると、轟々と激しい音を上げる、未だ落ち着きを見せない河が見えてきた。
マヤは危なくない程度に河に近づくと、そこで祝詞詠む。エレナはその様子を数歩後ろから眺めていた。すると川の方からひどく疲れた水の精霊が顔を出した。
「初めまして。私はマヤと申します」
「あらあらご丁寧に。私はこの河に住む精霊です。名前は…まぁ好きに読んでね」
「それならば、この河に名前からジラオン様と呼ばせていただきます」
「あらあら。よろしくね~」
目の前に現れた水の精霊ジラオンは、女性型の妖精であった。おっとりしているといえばいいのか、おばさんくさいと言っていいのか、ともかく人懐っこい精霊あるように見えた。
「それで、私に何か用かしら~?こんな風に人と話すなんて久しぶりだから、ドキドキしちゃうわ~」
「実はお願いがあってまいりました」
「ハイハイなんでしょう~?」
軽い感じで問い返された。
「お願いしたいことは二つ。一つは今回の河川の決壊によって流れた水を少しでも早く引かせていただきたいということ」
「それは大丈夫よ。今はちょっと無理だけど、明日くらいになればかなり落ち着く感じ。そのあとでなら私の力で、ある程度は水を川に戻すわ」
「ありがとうございます。もう一つは今回の豪雨で、この河に関係して亡くなってしまった人達の魂に安らぎある所に案内をお願いしたいです」
これについてはジラオンの顔が少し変化した。
「ん~それは―…出来ないこともないないのだけど、私の管轄じゃないから出来るとは言いづら――」
「ジラオン様、今回のことで色々とご迷惑をおかけするだろうと思い、こちらに饅頭をご用意しました」
「え、饅頭?」
「エレナこっちに来て」
ジラオンの話をぶった斬ってマヤはエレナを呼ぶ。エレナは黙ってマヤの隣まで行きバスケットを渡した。
「こちらのバスケットの中に入っているのが、饅頭でございます」
そう言って勿体ぶってマヤがバスケットを開くと、色とりどりの饅頭が中にはいっていた。
「あらあらあら、とても綺麗ね。これは食べ物かしら?」
「その通りでございます。お一つどうぞ」
「ありがとう。それでは早速」
ハムッと噛んだジラオンは饅頭を口に含んだ途端、叫んでいた。
「おーいーし―!こんなの食べたことない」
ジラオンは手に持っていた饅頭を一気に食べ終え、
「ねぇまだそこにあるのよね?」
鬼気迫るように問いかけた。その様子にマヤの後ろにいたエレナは思わずたじろぐが、マヤは一切そんな様子を見せず話そうとしたが、
「はい。こちらの中に入っていますが――」
「わかったわ!私に任せなさい!私の知り合いの天使に話して、ちょっと良いようして
もらうわ!」
マヤの言葉を遮った。
「ありがとうございます」
そう言ってバスケットを手渡そうとしたが、バスケットはジラオンがひったくるように奪い取って、そのまま消え去ってしまった。
「なんていうか…この河の精霊様なんですよね?」
普段見ることができない存在に圧倒されながらも、最後があんな風に終わってしまった。エレナはそのことに驚き、同時に呆れてしまった。
「まぁうちの国と違って、この国だとああいった存在は娯楽が少ないんじゃないかな?うちの国だとあんな新鮮反応見せてくれないし」
「そんなものなんですか?」
「そんなもんですよ」
「とりあえずバスケットが一つなくなり身軽になり、帰りは楽できますが……返してはいただけないですよね?」
「そこは諦めて新しいもの買いましょう」
再びジラオンが出てくる気配はない。二人は一度顔を見合わせ、来た道を戻った。