歩き巫女(仮) マヤ
ちょっとした時間つぶしにどうぞ
「エレナありがとう。それじゃ行ってくるわ」
「はい。行ってらっしゃいませ奥様」
「も~…その呼ばれ方あまり好きじゃないんだよ。だからマヤでいいよ」
「いえ、そこは譲れません」
「もう。まぁじょじょに崩してあげるから」
「本日はどのあたりまで足を運ばれるご予定ですか?」
「うわ、無視されたよ。まぁいつも通りな感じで、夕方になる前には戻ってくる予定」
「かしこまりました」
マヤはエレナに今日の予定を伝えると、スタスタと歩き出す。
マヤの服装このあたりの人が着るような服装ではない。白の紬に紺色の袴をはいている。袴も普通の袴ではなく馬上袴だ。いつも着用していた緋色の袴はこの辺りにでは目立ってどんな目に合うか分からないとアーロンやエミリオが心配するので、エレナに生地を用立てて貰い自分で縫い合わせたものだ。それでもこの服装をしている以上、この国の人間ではないことを喧伝しているには違いなかった。
しばらく歩いたところでマヤの目の前に大きな岩が現れる。マヤはその岩に手を置く。
「や~、おはよう。今日も元気かい?」
そう岩に向かって挨拶した。端から見れば異常な光景である。年若い女性がにこやかに岩に向かって挨拶しているのだ。これが不気味と言わずなんと言う。
しかしマヤには別の世界が見えている。
「うん。マヤは?」
そこには岩に天辺でちょこんと座る岩の妖精がいた。
「何か変わった事や困ったことはある?」
「今はないかな」
「そっか。それじゃ何かあったら教えて。あとこれ交換しておくね」
「ありがとうマヤ」
マヤは岩の妖精との話を終えると、岩の傍においてある小さい木箱の札を入れ替えをする。ちゃんと見ないと気付かれないような場所に置いてあるこの木箱の中には、この道を使う人の安全を祈願した札が納められている。効果は気休め程度しかないが、岩の妖精はとても嬉しそうだ。
「それじゃあまたね」
別れを告げると、マヤは再び歩き出し、今度は丘の上で一本だけ生えている大木に声をかけた。
「どう?生きている?」
「何をいう貴様よりは長生きだし、看取ってやるぞ」
今度は樹木一部が顔となり、マヤの軽口答えて見せた。
「だよね。その時はよろしくね」
「はぁ。久しぶりにこう喋れる人間と出会えたというのに寂しいこと言うの」
「でも私がいる間はおしゃべりできるでしょ。こうやって」
「それも長い時間のことを考えれば僅かな時間よ」
「ん~まぁそうなるか。ところで変わった事あった」
「特にはないが…そうじゃな、しばらくすると激しい雨がやってくるかの」
「それは今日の話?」
「いや日がまた昇るころかの」
「そっかありがとうね~」
木の妖精との話が終わると、岩の妖精の時と同じように札の交換をする。ただし今度は木の妖精が開けた口の中に札を放りこんだ。
「なになに。こちらこそ珍しい加護を見られて楽しいわい」
札を飲み込んだ木の妖精はそう言うと顔を隠し、元の大木に戻ってしまう。
マヤはこの後も同じことを繰り返し様々な妖精たちとのお喋りを続けていった。
そしてエレナの用意してくれた弁当を食べ、遅い時間の昼食を終えた。
「そろそろ戻りますか」
昼食を食べ、少し休んだマヤは、来た路を戻り領館を目指す。道中は自分が渡した加護で守られている。だから一人でも気にせずのんびりと帰ることにした。