私、メリーさん…だけど間違えて中央線に乗っちゃったみたい…
奥手な美少女から毎朝モーニングコール欲しい(挨拶)
全然ホラー要素ないです。むしろこれを真顔で書いてる俺がホラー。
【7月12日】
朝6時。俺の1日が始まる。
顔を洗い、スーツに袖を通し、パンをくわえる。
普通の朝だ。
ただ一つ、奇妙な現象を除けば。
6時13分。
くる。おそらく今日もくる…。
prrrrrrrrrr…
prrrrrrrrrr…
うんざりしながら受話器を取る。
「わたし、メリーさん。今東京駅にいるの」
また『いつもの』だ。
最近俺の家の電話に毎朝かかってくる変な電話。
俺がなにか言う前に毎回切れてしまう。
はじめのうちはなんとかこちらの意思を伝えようとしたものだが、最近は適当に聞き流している。
受話器を取らなきゃいいじゃないかって?
電話が鳴り止まなくなっちゃうんだよ。
一言聞くだけでコールが止まるなら安いもんだと最近は思ってるよ。
そして6時15分、またくる。
ニュースを眺めてその瞬間を待つ。
無論、待つ義理などどこにもないのだが。
prrrrrrrrrr…
prrrrrrrrrr…
「わたし、メリーさん。今あなたの家の最寄駅にいるの。」
これも毎朝だ。
趣味の悪いモーニングコールだ。
そしてラスト一回。
それは6時18分のこと。
prrrrrrrrrr…
prrrrrrrrrr…
「わたし、メリーさん。いまあなたのマンションの前にいるの」
何度これに引っかかったことか。
外に出て確認してもなにもいない。
まぁいい、これを聞けばそろそろ出勤時間だってことが分かるのだから。
こうして今日も俺の社畜なワンデイが始まるのであった。
【7月13日】
prrrrrrrrrr…
prrrrrrrrrr…
prrrrrrrrrr…
皮肉にも着信音で目が覚めた。
これがなければ寝坊していたかもしれない。
割と早起きは得意だと思っていたのに。
おかしいな。風邪でもひいたかな。
しかめっ面で受話器を取る。
すると今日は『彼女』の方にも異変が起きていた。
「……わたし、メリーさ…ねぇ」
えっ。
いま「ねぇ」って俺に呼びかけたの?
初めてだ。というかこれ機械音声でリピートしてるんじゃなかったんだ。
「なに…?」
一応聞き返してみる。今朝は不本意ながら世話になったしな。
「なんで今日は出るのに時間かかったの。いつも2コールで出るのに」
「は…?」
思わず間抜けな声を出してしまっていた。
いやいやいやいや。
勝手にかけてきておいて何を言ってるんだ。
だいたい出てやってるだけでもありがたく思って欲しいよ。
…とはさすがに言えないので適当にはぐらかす。
「いやぁ…風邪ひいちゃったみたいで…寝てたわ…っていうか君は…」
「そっか。わたしは、メリーさん。」
そうしていつもより少し長い6時13分の電話は切れた。
っていうか。
何してるんだ俺は。
次話す機会があればもう掛けてくるなって言わなくちゃ。
なにに気を遣ってるんだ…。
鏡の前で「やっぱりおかしい…」と呟いていると6時15分の電話が鳴った。
「あのさ…」
「わたし、メリーさん。いまドラッグストアにいるの。」
「は…?」
なんだ今度は。
今日はキレッキレだな、メリーさん。
「あなたの風邪はどこから?」
「えぇっと…鼻かな…?」
ってなに答えてるんだ俺。
なにが「鼻かな…?」だ!!
頭から治すべきじゃねえか!!
メリーさんとやらは「黄色か…」とだけ呟いて電話を切った。
なんの話だ。
そして6時18分。
もうなんだか楽しくなってきた。
そこら辺に頭のネジが散乱してるな。
「わたし、メリーさん。いまあなたの会社のデスクにいるの」
うっそだろ。そっちかよ。
会社教えた覚えないぞ。
まぁマンションも最寄駅も電話番号も教えた覚えないけど。
その日の電話はそれきりかかってこなかった。
あぁもう、ほんと趣味悪いよな…
ゾンビもびっくりの猫背で会社へ。
「おはようございまー……!?」
俺のデスクの上に黄色の風邪薬が置いてある。同僚に聞きまわっても皆「知らない」と言う。
途端に寒気が襲う。
あぁそうか。これ飲めばいいのか。
【7月14日】
結局昨日は本当に体調を崩し、定時帰宅した。
うちはいわゆる黒い企業なのでこの行動には相当の勇気がいる。
つまりそれくらい辛かったってことだ。
時計をチラ見する。6時12…13分。
胸が高鳴る。これが恋かな…いや違うか。
prrrrrrrrrr…
受話器を取り、強く握りしめる。
「…今日は早いのね…」
「えっ今なんて…?」
「わたし、メリーさん。いま東京駅にいるの。」
電話が切れる。
あれ。一昨日…というかいつも通りに戻った…?
なんだか物足りない。
って俺、なにを期待して…。
少し火照った顔を洗面台で冷水に浸していると6時15分の電話が鳴る。
「わたしメリーさん……なんだけど…間違えて中央線に乗っちゃったみたい…」
東京駅から俺の家まではメトロを乗り継げば着くはずだ。
っていうかメリーさんどこ住みだよ。
「とりあえず落ち着け。なにがあった」
落ち着くのはお前だ。俺。
なに相手してんだよ。
「迷って…気づいたらなんか速い電車乗ってた…」
中央線…速い…なるほど。
「通勤特快か…?」
「そうかも…」
あー、うん。
「それ、多分13駅先まで停まんねえぞ」
電話の向こうでの驚きがこっちまで伝わってくる。
だが知ったこっちゃない。
「なんか分からんが頑張れ。じゃあ切るから…」
初めて俺から切った。
…
…
………。
あぁ…なんだかモヤモヤする。
いやいや、支度支度。
パンをくわえてネクタイを締める。
靴を履き、ドアを開け…ようとした、その時。
prrrrrrrrrr…
prrrrrrrrrr…
部屋から聞き慣れた音が聞こえた。
時間は6時18分。
そうか。忘れてた。3回目があるんだった。
このまま会社に行ってしまえば気持ちはリセットできるだろうか。
一度履いた靴を脱ぎつつ考える。
触らぬ神に祟りなし、そう言うじゃないか。
廊下をスタスタと歩きながら呟く。
なんてお人好しなんだ俺は。
気づけば受話器を取っていた。
「わたしメリーさん。いま痴漢に遭ってる…たす…けて…」
………。
………。
…あぁもう!!!
電話を放り投げ、靴もきちんと履けていないまま家を飛び出した。
通勤特快なら次の停車駅は…よし。
大通りでタクシーを捕まえる。
俺の少ない給与がガリガリ削られていく。
全くなにしてんだ俺は…。
どう考えても正常な思考回路じゃない。
でも…。
いつの間にか俺はあいつ…メリーに毎日活力を貰っていたのかもしれない。
流れる景色を横目に、苦笑した。
ホームに降り立つ。
タクシーの運転手を急かしたおかげか列車の到着と同時くらいに駅に着いた。
オレンジ色のラインがホームに滑り込む。
そしてドアが開き、人が溢れ出す。
メリー…お前はどこに…?
俺はメリーのことを見たこともないし非通知で電話かけてきやがるせいで電話番号も知らない。
思えば俺はメリーのことをなにも知らない。
その姿も性格も…。
「メリーぃぃい!!!」
俺が知る唯一の手がかりを叫ぶ。
乗客たちは異常なものを見る目で俺を睨みつけ、避けていく。
いつしかホームには俺1人。
「メリー……。」
肩を落とし、視界が少し曇った…その時。
ふっと背後に気配を感じる。
視線を落とすと俺の腰に回された白くか細い腕に気がついた。
「わたし、メリーさん。いまあなたの後ろにいるの」