猫紳士は花嫁の夢をみるか
もう少しだけにゃん太さんの夢が続きます。
結婚式の当日新郎がやることなんてほとんどない。
メイクも特にしないし、もちろん髪を結うこともない。
衣装のフロックコートも普段着ているスーツと細かいパーツが違う程度で難なく着れるし、着てしまえばあとは時間が来るのを待つばかりだ。
3時間も前に現場入りして手持ち無沙汰が2時間も続いた頃、控え室の扉がノックされた。
介添人が扉を開けると、そこにはようやく支度の整った花嫁が立っていた。
髪を結い、普段とは違うバッチリメイク。選ぶのに半月かかった少々無理目サイズのドレスにきちんと体が納まったようでなによりだ。式まではまだ時間があるのに、もうブーケも持って準備万端。緊張と不安と、沢山の幸せをいっしょくたにした顔でこっちの様子を伺っている。
「そんなところに立ってないで、こっちに入ってきなさい」
長い裾を介添人に持ってもらってなお余りあるスカートと、履き慣れないてんこ盛り上げ底ヒールのせいでギクシャク歩く姿を見て、数刻後の本番が心配になる。
「それで、どうしたんです? もうすぐ式始まっちゃいますよ?」
「あのね、あのね、旦那様には先に見て貰いたくて! ほらほら! こんなん出ましたけど! どうかな?」
「……うん。あの豪放磊落なウエストが、よくも収まりましたね。さすがプロの技です」
「えへへ、コルセットぎっちぎちに締めてもらっちゃった。せっかくご飯美味しいところにしたのに、今日は食べれそうにないや」
「そんなことよりその歩き方、ちゃんとバージンロードを歩ききれるんです?」
「むー、しょうがないじゃないー。旦那様身長高いから、合わせるために厚底とヒールでプラス20センチですよ!? 手離して竹馬乗ってるようなものなんですからー。それに……」
文句を言いながら花嫁がドッタンドッタンと近づいてきて、俺の腕を掴む。
「大丈夫ですよ。こうやってちゃんと旦那様にエスコートしていただきますからね」
いつもとは違う同じ高さの目線で向けてくるいつもの笑顔は、なんだか照れくさかった。
「頑張って、一緒に幸せになろうな」
「うん……でも私、もう結構幸せっぽいですよ。女の幸せの3分の1くらいは叶ったかなって感じです」
「女の幸せ?」
「うん。大好きな人と結婚して、ずっとずっと一緒に暮らして、最後はその旦那様を看取るの」
「ずいぶん長期的な計画だな。勝手に先に殺すんじゃないよ」
「旦那様を一人にしたら可哀想ですからね! 安心して! 私も寂しいからすぐに後を追います!」
「やめなさい。物騒な宣言をするんじゃありません。看取るのは削除。幸せの半分はかなったことにしておいてください」
「はい! それじゃあ感想をやり直しです! 花嫁がそんな感想で満足するとおもいまして?」
「ついぞ花嫁衣装を着た日本人女性を綺麗だとか可愛いとか思ったことはなかったけども、いざ自分がこういう立場にたってみると、これもでかなか悪いもんじゃないな」
「ちゃんと言ってください」
「綺麗だよ」
「よろしい」
上機嫌だ。ちょっとおだてればすぐ機嫌がよくなる。ちょろい妻である。
「旦那様、大丈夫です? 顔赤いですよ?」
「慣れないことを言わせるからだ。……高校からの腐れ縁が、まさかこんな風になるなんてなぁ」
「あと50年? 60年? もっとかな? まだまだ長い付き合いになるんですから、こうやって上手くおだてて使ってやってくださいね」
多分こいつには一生かなわないなぁと思った。
こんな毎日がずっと続くと思っていた。
幸せの残り半分も、至極当たり前のように手に入る。
この頃そんなふうに思っていたんですにゃ…。
◆◆◆
「やはり猫人族にとって、この陽だまりは天敵ですにゃ」
目を覚ましたにゃん太がひとりごちる。
そういえば今日も遠征の打ち合わせにセララが若年組のところへ来ているはずだ。
後でお茶と茶菓子でも差し入れてあげよう。
どうにも覚醒しきらない体に鞭をいれ、にゃん太は立ち上がった。
これが終わったら俺、ログホラの更新を読みに行くんだ(まだゴーウェストの途中までしか読んでない)