擬人化パルス ~ハコブモノ~
文学ではありますが、推理小説でもあります。
擬人化のルールは単純、「非生物は喋らない」。ごく一部例外もありますが。
そのまま読んで最後に気がついてまた読み返すもよし、推理しながら読んでもよしの作品となっているはずです。
「遠くへ、できるだけ遠くへ行くのよ」
「はぁい、ママ」
舌足らずな声で子供達が返事をした。無邪気に笑う彼らの中で、一体どれほどの子供たちがその意味をわかっているのだろうか。
母親はその無邪気な返事に、静かに笑った。
私は。
母様が、自分のことをあまり気に留めていないことは知っている。母様にとって重要なのは、いつか自分と同じように美しく成長するあの子達だけなのだ。将来性もない自分達など、消耗品でしかない。生まれたときからすでに決まっていたこと。
それでも、私は母様が好きだ。毛先が傷んでいないかまで、そんな些細なことまで気にかけてくれる母様が好きなのだ。
それがあの子達のためだと知っていても。
いや、知っているからこそ。
晴れの日が続いた。
優しい風が凪いで、日向ぼっこが気持ちいい。このまま穏やかな日々が続けばいいのに。
でも、そんな訳にはいかなかった。
「来るわ。今よ、子供達。さあ、風が止む前に、遠くへ、遠くへ行くのよ!」
激しいものを内に秘めたその言葉が終わる前に、突風が私達と母様を引き裂いた。
「ママぁ!」
子供たちが口々に叫ぶ。訳もわからないままに別れさせられる親子。本当は私だって離れたくない。美しいあなたと離れるなんて、身を裂かれるよりも苦しい。けれどもそれが母様、あなたの望みならば。
私達はそれに応えましょう。
そのとき、母様が私達を見た。
私達を通してこの子達を見るのではなく、私達自身を。
「子供達を、お願いね」
きっと届くかどうかだって気にしていないのだろう、とても小さな声。
でも、それでも私達にはしっかりと届いた。それが全てだ。
なんであなたは私達を見たの?
あなたにそんな優しさは必要ない。
食べ物もろくになく、飲む物だってめったに手に入らないこの不衛生な場所で、こうも可憐に美しくあるあなたに。
消耗品である私達を気にかける隙なんて必要ない。
私は母様の子だから、母様の生い立ちなど、母様が語った以上のことは知りえない。
けれども、母様は確かに、有望な子供達に向けて言ったのよ。
私はその言葉に惹かれたの。
『私の子供に恥じないよう、綺麗にはなってもらいたいけど、あまり私の栄養を奪っていかないでね。老けたら嫌だもの』
どこまでも自己中心的に、逆境にも負けずに、いや、苦境などもろともせずに、ただひたすらに気高く、麗しいあなただから。
そんなあなただから私は好きなのよ。
いや、好きだったのよ。
いまや母様の体は衰え、シワも目立ち始めていた。それでも母様は美しくあろうとした。
自慢だったらしい髪も抜け落ちて、代わりに子を宿したのだと、嘆くような口調で言っていた。
子宝に恵まれていることも、母様にとっては不要なもの。自分さえ美しければ、それで良いのだ。
私は少しシワのある母様からしか知らない。でも、ご近所さんのお姉さんやお兄さんの話を聞けば聞くほど、母様の美しさは格別なのだと知る。
そしてシワのある今の母様でさえ、こうも美しい。細い体躯に、ピンと伸びた背筋。空を飛んでやってくる、羽の生えたあの方も、あの美しい髪は抜け落ちてしまったのかと、しきりに嘆いていらっしゃった。
それほどまでの美しさを持つあなたが何故。
こんな不要なものに心を遣ったの?
分からない。
分からない。
分からないわ、母様。
もうあなたも、歳なのかしら。耄碌して、しまったのかしら。
嫌だわ、母様。
そんなあなたなんて見たくない。
言われなくとも遠くへ旅立ってやるわ。この子達を、あなたの目の届く範囲に届けたりなんかしない。そんなことをしたらあなたが嫌でも目に入ってしまうのだろうから。
だから心配しないで、母様。
この子達がいくら美しく成長しようとも、あなたと競うことはありえないから。
競争するのが嫌なのでしょう?
視線を独占したいのでしょう?
こんなひどい環境で、ひとりぽつんと美しいあなたは、それを誇りにしているのだから。
いいわ、いいわ、素敵だわ。母様のその、どこまでも傲慢で自愛的な姿に惚れたのだもの。
本当に、強い風ね。
別れの挨拶をする間もなく、風に任せて旅立った。もう母様の姿は遥か向こう。いやいやと揺れるこの子を連れて、私は母様のために、自分のために、遠くへ、遠くへ連れて行くのだ。
ふっと、揺れが静かになる。
もう母様の姿は見えない。
「あーあ。ねえ、姉さん。姉さんは母様のこと、好きだった? いいわ。答えなくても。あなたに口がないことは知ってるもの。だから私の独り言。私はね、母様のことは好きよ。あなたもなんでしょ? 清々しいくらいに美に固執するあの方が、好きだったんでしょ? 私だって知ってるわよ。あの方の独善は。ねえ、早く遠くへ行けないかしら? ああ、硬い土の隙間なんて最高よね。あの子が羨ましいわ」
ちょうど広く黒い土のそばを通った時のことだった。
うっとりとした表情でそこで背筋を伸ばしている、すまし顔の方に羨望の眼差しを送る。
困ったように微笑み返す彼女は、きっと正常な感性を有していたのだと思う。
無邪気に見えて、あなたも結構腹黒かったのね。
旅に出てよかったと、心の底から思った。
母様の代わりに、あなたが美しく成長していく姿を、傍でずっと見ていてあげる。
私、あなたに惚れちゃったわ。
嫌ね、私ったら惚れっぽい。
辺りを見回せば、一緒に旅立った兄弟姉妹が、見も知らなかった従兄弟姉妹か再従兄弟姉妹か親戚達が、もうどこにも見当たらない。
「最高ね! ありがとう! もっと遠くへ行きましょう! 私がより美しく輝ける場所へ!!」
あなたはきっと母様にも負けないくらい、美しくなるわ。きっと。ああ、ときめきが止まらない。
さあ、行きましょう。
天高く、たんぽぽの綿毛が一片舞っていた。
……正体がわかった上で読んで、納得できるものだったでしょうか?
第三弾、つまり第一弾、第二弾もあるわけですが、興味があればそちらもどうぞ。
また擬人化小説を書いてみたいと思います。
感想をいただけると励みになります。どうぞよろしく。
追記:2014/11/29(土)
類似作品があるということなので、全面的に改稿しました。
どうぞよろしくお願いします。