乙女ゲームの世界に転生したが、人選ミスだろこれ
俺には前世の記憶がある。
……そこ、ドン引きするな。仕方ないだろ、事実なんだから。
そして現世は、某人気乙女ゲームの攻略対象だ。
何故知っているのかといえば、前世で友人に頼まれて実況プレイをしたからだ。元々男子ならではのツッコミ実況がウケていたらしいが、2人で実況に初挑戦したかったとのこと。
最初は渋々だったが、友人のツッコミや視聴者の反応がなかなか面白く、結局グランドルートクリアまで付き合ってしまった。
だが、その後俺は事情があって早死にしてしまった。
未練たらたらのまま死んだ直後、赤ん坊になってた時の衝撃は今でも忘れられない。
まあ折角の強くてニューゲームだしと、俺は自分磨きを積極的に行った。ハイスペックモテ男は男の夢だからな。
……いや、俺のことはどうでもいい。
問題なのは別の一人だ。
そいつに初めて会った瞬間、前世の因縁があるあいつだと気づいた。
それは相手も同じだったようで、それ以来絡んでくる。
奴の名前は、朱雀院玲奈。
この世界における、悪役令嬢ポジであり――
俺、17歳。
確か今日が、主人公――ヒロインが転校してくる日だ。
登校初日に道に迷い、案内してもらうのが橘恭司。つまり俺だ。
そんなわけで、周囲を気にしつつ登校までの道のりを歩いていた。
ん? あれかな。
記憶どおりのショートボブの美少女が、地図を片手に辺りを見回していた。
とりあえず、声をかけるか。ゲームでもそうだったし。
「どうしたの?」
「え? あ、三咲学園の人ですか? 私、今日から通うんですけど道に迷ってしまいまして……」
うん、ビンゴだ。
「それじゃ、俺が――」
「ついに見えたな、愚かな女よ!」
案内するよ、と言いかけた俺を遮って飛んでくる上から目線の口調。
こんな台詞をほざくのは、あいつしかいない。
視線を向ければ、案の定そこにはストレートロングでつり目気味のやはり美少女が仁王立ちしていた。
よりにもよって、なぜこのタイミングで来るか。お前の出番はまだ先だろ。
「私のものを誑かそうとしてもそうはいかん! 地獄のどん底にまで突き落とし、生まれてきたことを後悔「あほかぁっ!!」ふぐっ!?」
別の意味で黒いオーラを放ちかけたそいつを、聖剣(という名のハリセン)ではっ倒し、ひるんだ隙に襟首をつかんだ。
「あー、悪いなこのバカが。ここからだったら3つ目の角を左だから」
ヒロインに謝罪と簡単な道案内を済ませてから、俺は奴を引きずって移動した。
こいつをこれ以上、彼女の目の前に晒しておくわけにもいかない。主に俺の精神のために。
ある程度距離を置いたことを確認して、俺は適当な物陰に身を潜めた。
無論、このバカとの会話を聞かれないためだ。
「何をする勇者」
「それはこっちの台詞だ! 魔王口調はやめろと何度も言ってるだろ!!」
「しかし、ここでの私は悪役なのだろう? 悪はこういう話し方をすると教育係が言っていたぞ」
「今すぐ捨てろその教育!!」
何で、魔王が悪役令嬢に転生してるんだよ!?
前世の俺は実況プレイ完結後しばらくして、なんと異世界に召喚された。
魔王を倒すには聖剣が必要で、その聖剣を使える人間がその世界にはいないというのが理由らしい。
なんだかんだで旅立ち、聖剣に所有者と認められ、魔王城に乗り込んで魔王と戦った。
結果は相打ち。それが俺の、前世の死因だった。
朱雀院玲奈。前世、魔王。
こいつに会ってからの俺の人生は、奴の尻拭いといっても過言ではない。
なにせ顔は美少女なのに、未だに前世を引きずっている。
ことあるごとに魔王的行動を起こすため、はたから見ればただの中二病。
故に、何も知らない奴らからは「口を開けば残念姫」と言われる始末。
「あの子はごく普通の女の子だぞ、お前の前世に巻き込むな!!」
「しかし、私はあの女の敵だろう?」
「敵でも魔王口調は使うな!! いや、誰相手でも使うな!!」
はあ……前途多難だ。
私の名は朱雀院玲奈。
前世が魔王で、現世もどうやら悪役らしい。
まあ、別にそれ自体はどうでもいいが。
「まおーちゃん、今日もゆーしゃ君に怒られてたね」
休み時間にマンガを読んでいると、友人のあっちゃんが話しかけてきた。
ちなみに彼女は私達の前世を知っているわけではない。やり取りからついたあだ名のようなものだ。
「いいかげん、素直に告白しちゃえば?」
「いや、まだ駄目。恭司にとって、私は未だに『ちょっかい出してくる魔王』のままなんだ」
「だからって……」
「それに、ああ振舞えばあいつは私のところに来てくれる」
前世、私は自分を倒しに来る勇者がどんな奴か気になった。使い魔を出し、勇者と思しき人物を監視することにしたのだ。
そして発見した瞬間、私は恋に落ちた。一目ぼれだった。
だが、私は魔王で彼は勇者。共にある未来など許されない。
考えた末、私は一騎打ちして勇者に討たれる道を選んだ。剣を持っていた位置が悪くて、勇者も巻き添えにしてしまったが後悔はない。これはこれで悪くない気がしたから。
だが、私は死ななかった。正確には生まれ変わった。
ただの人間、しかも勇者も同じ世界にいると知った時は初めて神に感謝した。これで堂々と勇者に迫れると。
だが、勇者のこの世界における立ち位置がヒロインとか言う馬の骨の恋人候補というのは納得できなかった。
勇者に先に目を付けたのは私だ。悪役というなら結構、なんとしてでも奴に勇者、いや恭司を奪われるわけにはいかない!
「とりあえず、まずは情報収集だな。あの女の弱点、得意分野、その他諸々……しっかり調べて」
「どうするの?」
「決闘を挑む! あの女を徹底的に負かせて、恭司には二度と近づかないよう誓わせるのだ!!」
「……そんな発想だから残念姫って言われるんだと思うよ」
「大体、ねちねちいじめたりするのは性に合わん。正面からぶつかって勝利するのが爽快なんだ」
「まあいいけど。ところでそのマンガ……」
「これか? さっき恭司がくれた。これでも読んで振舞い方を学べって」
「え、でもまおーちゃん、それ全巻持ってたでしょ?」
「だからって突っ返せるわけなかろう。恭司からのプレゼントだぞ?」
恭司が真っ赤な顔しながら少女マンガコーナーにいる姿を想像するとなんだかおかしく、でもそんな思いしてまで自分に買ってくれたのが嬉しくて。
にやけ顔を抑えられないまま、私はマンガのページをめくった。