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PuPPet  作者: PM
第二幕 欺罔の城  
6/32

(2)

「王女、予定より時間が押しています。城に戻ってから昼食を取られたのでは恐らく会議の時刻までに間に合いませんので、昼食は車内で召し上がって下さい」


 淡々とまるで人語を読み上げる機械のようにそう告げて、付き人――正確には王族護衛官である女は彩り豊かなサンドイッチが芸術的なまでに美しく盛り付けられた皿から一切れ取った。


 新車独特の匂いも無く走行による振動も列車の揺れのように心地良い。とてもゆったりとした快適な車内で、彼女は王女の真隣で警護にあたる。


「あら、ほんと。ごめんなさいね。時間をあまり気にしていなかったわ」


 毒味してから差し出されたたまごサンドはそれでも美味しいと思うものの、自分の為に作ってくれたシェフの顔が浮かんで申し訳ない気になった。


 これまで王女が進んで付き人に毒味をさせる事はなかったが、彼女が付き人になって以降は制止する間もなく毒味が済ませされてしまっている。毒味はしなくても良いと言った後も業務規定に従い続ける彼女に、「食べたいのならもっと食べてもよろしくてよ」と勧めた事もあったが、規則に従っているまでだと恥じた様子もなく返されてしまったので、腹を空かせての事だろうと思った王女の読みはどうやら外れだったようだ。

 どうせ美味しい物を食べるなら一緒に、と護衛官の彼女と同じ食事を王女は希望しているが、有事の際に両者が動けないでは困るからと彼女はいつも自分で調達した携帯食料しか口にしない。


「お召し替えの用意も御座いますから車内で御支度が整えば会議までには充分余裕があります」


 昨日も一昨日も食べていたのと同じ携帯食料を取り出しがてら、抑揚に乏しい声で彼女は言った。


 院長と別れ部屋を出たまでは予定通りだったのだが、出入り口へ向かう途中王女の姿を見つけた患者に取り囲まれてしまい、さらにその輪の周りを囲むように多くの患者が集まってきてしまったので、人の良い王女はなかなかその輪から抜け出せなくなってしまったのだ。

 しかしそれ事態はよくある事で、王女が城を出れば必ずといっていい程今日と同じ状況になる。だから王女のスケジュールはそれに合わせて組まれているのだが、今日は予想の上をいく盛況っぷりに、新人護衛官の彼女が対応しきれなかったという事だ。

 だが裏を返せばそれだけ王女を支持する者が多く、国を治める者としてこれほど光栄で喜ばしい事は無いと王女は心底嬉しそうに誇らしい笑顔を見せる。


「つかぬ事をお聞きしますが、王女は魔術師を、ひいてはパフェレイトをどの様になさるおつもりなのですか」


「どう…とは、どういう事かしら?」


 沢山の人と握手を交わした余韻に浸っているのか、柔らかい目をした王女は小口を抑えて質問の意味を尋ねた。

 するとショートブレッドを食べる手が止まり、感情を塗りつぶしたような紫色の瞳が王女の方を向く。


「今回の無料検診もそうですが、王女は魔術師に対して非常に積極的な改革を進めていらっしゃいます。中でも“魔術師登録制度”は保護区を遥か超え、全世界的な活動にまで発展しました」


 戦乱が続く世界情勢。

 国同士の繋がりは基本的になく、各国がバラバラに国を統治している中で世界共通となっていのがギルド(国直轄の警察組織とは別の営利団体)、イジアール(武器兵器の販売から飲食店まで経営する一大総合商社)、そして魔術師登録制度の三つである。


 魔術師登録制度とは、魔術師の氏名、住所などの個人情報を魔術研究機関(他国ではそれに相当する組織)が収集し、管理局が世界各国の魔術研究機関から寄せられたデータを保存するシステムだ。

 管理局は中央大陸の中心に位置するニーブラウ共和国にあり、各国代表数名と管理局職員試験(試験官は各国代表者が務める)を通過した職員達によって運営されている。


 ちなみにイジアール本社もニーブラウにあり、イジアール職員としての仕事や、職員のための施設運営によってニーブラウの経済は成り立っている。中央大陸のど真ん中という地理的条件から目立った産業のないニーブラウでは、人々の主たる収入源は殆どがイジアールに頼ったものなのである。


「この魔術師登録制度によって魔術師による事件は減少し、逆に魔術師が不当な扱いを受けるケースも減って着実に成果を伸ばしています。しかしながら、その背景には各国機関が登録を望まぬ魔術師を無理矢理登録させている実情がある。それはさながら“魔女狩り”のようだ…と」


 “魔女狩り”――その言葉に王女の顔は険しく引き攣った。


 悠久の昔より常人にはない特異な力を持つ故、魔術師達は迫害を受けてきた。悲しきかな、戦争ばかりしている国々はその一点においては強い結束を見せ、大規模な“魔女狩り”が全世界で行われたのだ。

 “魔女狩り”にあった魔術師達は、ある者は悪魔の僕と嘲罵された上処刑され、またある者は兵器としての利用価値を見出され従軍させられたが(後述のマニャーナを始め、自ら志願して利益を得ていた魔術師も存在した)、魔術師が戦争に絡んだ事で戦争は凄惨を極める結果となる。

 魔女・マニャーナが反乱を起こして以降は尚更。“魔女狩り”は激化の一途を辿った……


 その“魔女狩り”に歯止めをかけたのが、ラテ・アロマの祖母にあたるフロート・アロマであり、若き日の彼女は“魔女狩り”を逃れ、敗戦寸前だったパフェレイトを勝利に導く事で魔術師の信頼を回復した。圧倒的なフロートの力を盾にパフェレイトは復興を遂げ、今や周辺諸国を保護区として抱える大国へと成長を遂げたのだ。


 現在はフロートの跡を継いだラテが従順にパフェレイトの平和に貢献している。だからこそ失墜した魔術師の面目は何とか保たれ人々も寛容になったが、依然として魔術師への差別や偏見は残っていた。魔術師が生まれやすく、≪裏切りの魔女≫・マニャーナもクログフ人であった事から、特にクログフ人に対する世間の目は冷たい。


 地域によって差があるとは言え、今でも差別を恐れた多くの魔術師は自分が魔術師である事を隠して生活している。

 もっとも、褐色の肌と真紅の瞳、毛先の紅い黒髪といった特徴的な風貌のクログフ人は、差別から逃れられずに苦しめられているようだが…


「これは完全に私の推測ですが、王女が今お進めになっている政策は無料検診の体裁をとったイメージ戦略。違いますか?」


「……随分良く調べているのね。勤勉な事はとても良い事だわ」


 切ない横顔が車窓から差し込む陽光に揺れる。黙って聞いていた王女はブランデー色の目を細め、穏やかに笑んだ。


「貴方の言うとおりよ、アンヘラ。私が登録制度を立案したのはマニャーナが起こしたような事を二度と起こさないため。それから差別を受けている魔術師を救うためよ。なのに嫌がる魔術師を捕まえて無理矢理登録させるなんて論外だわ」


「だから自主的な登録を促す為に、国民のイメージ改革に乗り出した。……という事ですか」


「えぇ。登録制度は元々魔術師を守る為のものなのに、それに苦しめられるなんておかしいじゃない」


「登録制度に賛同した多くの国は、魔術師を守る事より魔術師を管理し彼等の力を抑制する事を目的としていますからね」


「そこが問題なのよ。確かに魔法を悪用されたら大変な事になるけど、魔法を使えない人間だって武器を持ったら十二分に危険だわ。魔術師だけが管理されなければいけないなんて、絶対におかしいのよ!」


 抑えきれずにいた憤りは窓ガラスが割れるのではないかという大声で車内に響いた。突然苛立ちを露わにした王女に、目が点になった護衛官は暫し返す言葉に詰まる。

 すると先程の大声で感情的になっている自身に気付いた王女は我に返り、少しの沈黙の後、押し殺すように続けた。


「……本当は登録だってさせたくない。だけどこうしなければ私には魔術師を守れないの」


 握り締めた拳は不甲斐ない自分への悔しさに震えていた。

 車窓を流れる風景はどこまでも平和で、公園で遊ぶ子供も談笑するカップルも手を繋いで散歩している老夫婦も、みんな幸せそうに王女の目の前を通り過ぎていく。

 ずっと、あんな風に笑っていてもらいたい。そう強く願った。

 ……だがあの人達の笑顔をこれまで守ってきたのは自分ではない。国を治め民を守る立場の自分ではないのだ。自分はまだ、何一つ守れていない…


「何故そこまで魔術師にこだわってらっしゃるのですか?」


「……本当、貴方は勉強熱心ね」


 小さく笑った声には寂しさが残る。自嘲気味な笑顔は誰に向けられたものでもなかった。


「私はパフェレイトに来てまだ日をおかないもので、少しでもパフェレイトについて学びたいと思ったのですが……愚問でした。御気分を害してしまい大変申し訳御座いません」


「いいのよ、そんなつもりで言ったんじゃないの。顔を上げて頂戴」


 深々と丁寧に頭を下げた彼女の肩をそっと押し戻すと、ほぅっ、と息をついて、王女は静かに言った。


「もし……ラテが魔女じゃなかったら、こんなに魔術師に関心を持つことも無かったでしょうね……」


 仕切り直すように、車内のカーテンを全て閉じる。用意されていた自分専用の軍服に着替えながら、王女は遠い目をしていた。


「王女とラテ様は幼少の頃からお付き合いがあったと伺いしました。さぞや仲がよろしくていらっしゃるのですね」


「だといいんだけど……。ラテは私の事を疎ましく思っているんじゃないかしら」


「自分の為にここまでして下さる方を、私でしたら到底そのようには思えませんが?」


「全部私が勝手にしている事よ。あの子へのせめてもの御礼」


 くいくいとネクタイを引っ張って位置を整える。しとやかに纏った鎧の着心地は悪くない。この国の王女として尽くすと決めた時からずっと日常的に着ているのだからそうだろうが、自分の認識とは裏腹にその軍服姿はいつまでたっても似合わないとかみっともないとか酷評されるのだった。

 端から見ればお転婆王女のごっこ遊び。“総督王女”が続けられるのもパフェレイトが平和で国王が王女のワガママを聞いている余裕がある内だけだと皆思っている。

 けれど王女は御飾りで終わるつもりはなかった。いつの日も変わらずパフェレイトが平和であるように世界ごと改革する。それが王女の目標だ。それが叶えばきっと……きっと……――


「ところで、今ラテ様はどちらに?」


 閉口した王女はそれ以上話す事はないだろうと、アンヘラは話題を変えた。


「さぁ……分からないわ。休暇中の事は敢えて耳にいれないようにしているの」


「それはまた何故?」


「私から解放してあげたいから……かしら」


 意味ありげに細められた目が慈愛と悲しみで満ちるのを敏感に感じ取り、アンヘラはそこから新たに話題を振る事を差し控えた。というより、余りに切なげな表情に言葉が続かなかったのだ。


 会話の途切れるタイミングを見計らったかのようにすっと車が止まる。どうやら会議堂の東玄関口に到着したらしい。

 車を降りようとアンヘラがドアノブに手をかけると、まだ触れただけなのにガチャリとロックが外れる音がした。後ろから聞こえたので振り返って見れば、王女側のドアがゆっくりと開いていく。

 先に降りて王女が安全に降車出来るよう護衛するのは護衛官の役目。アンヘラはまだ車内にいるのに、どういう訳かドアは開いていく。


「御公務お疲れ様です。アシェリー王女」


「ドロシー!?」


 春風のように爽やかな声の主は完全に開ききったドアの脇に立ち、王女に手を差し伸べる。


「貴方もご苦労様」


 と、その手を取った王女は驚きつつも本当に嬉しそうで、その顔には既に晴れやかな笑みが戻っていた。


「何故貴方がここに?」


「今回の会議で諜報部の報告は私が担当するもので。それから宜しければ、私の事はファミリーネームか愛称でお呼び下さい」


 わざとらしくかしずいた萌葱色の髪をした青年は、眼鏡の奥の目をすっと緩め困ったように笑う。


「勿体ないわ。せっかく可愛らしい名前なのに」


「そりゃ女性名ですからね…。ところでお付きの方は?」


 いつの間にか移動し、王女の隣にぴたりと張り付いていたリシーの事を青年が尋ねる。

 許可なく王女に近付くなど、本来ならリシーはこの青年に飛びかからねばならない所だったが、青年が王女に危害を加える様子が無かったので、車を降りた後もリシーはそのまま歓談を見守る事にしたのだ。


「紹介するわ。アンヘラ・ドラードよ。今月から配属になったの。アンヘラ、こちら諜報部のドロシー・バークレイ。とても紳士的で頼りになる人だから、貴方もきっと仲良くなれるわ」


「初めましてミス・ドラード。どうぞドットとお呼び下さい」


「こちらこそ初めまして、バークレイ殿。王族護衛官のアンヘラ・ドラードと申します。以後お見知り置きを」


 教科書の定型文を抜き出したみたいな台詞を単調に読み上げ一礼すると、ドロシーが握手しようと伸ばした手を無視して、アンヘラは会議堂前で待機していた護衛官を手招きした。そして王女の荷物を交代の護衛官に渡し引き継ぎを終えると、


「では王女、失礼致します」


 王女以外を無い者と見なすような態度でつかつかとその場を去ってしまった。


「ふ~む。ガードの堅いお嬢さんみたいですね」


「あら、貴方相手には丁度いいんじゃなくって? いきましょう」


 離れてゆく淡いオレンジ色の髪を惜しむドロシーにクスッと笑みを零すと、王女は会議堂へと歩き出す。

 此処からは王女としてではなく、パフェレイト王国軍総督として。会議への熱意と緊張感から表情を引き締めた王女は、爆撃にも耐えうる特殊合金の戸を越えた。

 この先にいる“絶対の安全”に護られてきた人々は、あの夜の事をまだ知らない……――




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