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PuPPet  作者: PM
第二幕 欺罔の城  
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(1)


 魔法と薬とは作用発現までの流れが非常によく似ています。

 薬は体内で吸収され、血流に乗って体のあちこちにある受容体に作用する事で様々な効果を発揮しますが、酵素は薬が吸収され、組織に分布し、代謝され、排泄されるまでの過程において触媒として働くのです。魔法の理解にはこの「酵素」と「受容体」が欠かせません。


 まず「受容体」の方から説明しますと、魔法も薬と同じような経路を経て作用を発現します。

 人が何か強くイメージした時に脳から出た物質が受容体と結合する事でそのイメージが実際に起こるのです。

 しかし受容体が無い事にはどんなにイメージしても反応は起こりません。

 つまり「受容体」が体内に存在し、物質と結合してイメージを形に出来るのが魔術師。受容体が無いから反応が起こらず、魔法が使えないのが我々のような魔術師でない人という事になります。


 余談ですが、一口に魔術師と言っても色んなバリエーションがあって、それは「受容体」の種類によるものなんです。

 火をイメージした時に働く受容体を持つ人もいれば、雷をイメージした時に働く受容体を持つ人もいますし、その両方の受容体を持つ人もいます。

 仮に両方の受容体を持つ人が、爆発のイメージをしたとしましょう。すると、爆発は火と雷によって起こせるので、魔法が発現するのです。

 逆に、どちらか片方の受容体では爆発の魔法は起こせません。

 この様に「受容体」の種類の多さが、そのまま使える魔法の種類になるのです。


 次に「酵素」。魔術師とそうでない人では酵素の活性にも違いがあって、魔術師ではこの酵素活性がとても高いのです。

 物質を分解するのに役立つ酵素ですが、今から言う酵素とは、エネルギーを作るのに役立つ酵素を指します。

 よく「火事場の馬鹿力」なんて言ったりしますでしょ?あれの原理なんですよ。


 我々の血液中には不活性なエネルギー体が含まれていて、それが酵素によって活性化されて、やっとエネルギーとして使える状態になります。

 魔術師でない人は酵素活性が低いので普段はこのエネルギーを使えていないのですが、危機に直面して酵素の働きが活発化すると、今まで使えなかったエネルギーがその時使えるようになるのです。

 重たい物を持ち上げたり速く走ったり、急にすごい力が出せるのはこの為なんですね。

 では危機的状況になったら我々も魔法が使えるか、といったら答えはノー。エネルギー源もイメージを形にする物質もあっても、それを具現化する「受容体」が無いから結局魔法は使えないのです。


 ちなみに「受容体」は魔法の種類に関連しますが、「酵素」は魔法の強さに関連します。

 強力な魔法ほど大量のエネルギーを必要とし、そのエネルギーを作り出しているのが「酵素」だからです。


 ここまではご理解頂けましたか?


 それでは最後に、魔術師とそうでない人との違いをどの様に判断するのかについてお話ししましょう。

 検査は非常に簡単でご家庭でも出来ますよ。なんたって暗闇で目を見つめるだけですからね。


 魔術師の体内では、不活性なエネルギー体と活性化したエネルギー体の間で、平衡状態が保たれています。

 魔法を使っていない状態では活性化したエネルギーはすぐに不活性な状態に戻ってしまうので、この時余分なエネルギーを蛍光として放出するのです。

 例えば、このような真っ暗な環境であれば、魔術師の目は猫の目のようになっているでしょう。

 明るい場所では同じような目の色でも、暗い場所ではハッキリと差が現れます。

 この時点で魔術師かどうかはほぼ確定されますが、希望があればさらに血液検査で詳しく調べる事も可能です。


 保護区も含めてパフェレイト領の指定病院ではいつでも無料で検査を受けられますので、是非検査される事をお勧めします。

 まだ魔法のコントロールが出来ない小さなお子様が魔法を使ってしまうと、大きな事故に繋がる恐れもあります。

 育児の方法や注意点など専門のスタッフと相談する用意も御座いますので、早いうちに検討してみて下さい。


「ご静聴有難う御座いました」


 と医師が一礼すると、パチリ、パチリと部屋の電気が付き始め、スクリーンの映像が光にぼやけた。


「どうですかな、王女。母親講習会の感想は?」


 パフェレイト国立病院の一室で行われた、明日から始まる母親講習会のリハーサル。

 最後部の座席でそれを聴講していた女性に歩み寄りながら、医師はマイクの電源を切った。

 

「映像付きでとても分かりやすかったです。でも、爆発という例えは……。もっと柔らかい表現はないでしょうか。たとえば水と炎で雲を作るとか」


「はぁ。しかし保健省の方針では、魔術師の人権養護と徹底管理の必要性、それから管理不行き届きがもたらす危険性について充分理解を深めてもらうように、との事でしたので……」


 お言葉ですが、それだと危険性が伝わらないのでは?と申し訳なさそうな彼は、この国立病院の院長である。


「分かりました。保健省とは改めて協議してその後追ってご連絡致しますので、当面は危険性よりむしろ魔法も“個性の一つ”という事に重点を置いた説明をしてください。遺伝子的に病気に掛かり易かったり掛かりにくかったり、お酒に強かったり弱かったりするのと同じ理由だと、そういう方向で宜しくお願いします」


「分かりました。ところで本日は院内の視察はされないのですか?」


「えぇ、残念ですけれどこれから会議と来訪者との面会の約束がありますので、今日はこれで失礼させて頂きます。また日を改めて伺いますので」


 にこりと上品に笑むと、側に控えていた付き人が差し出す上着を羽織り、「では」と完璧な御辞儀をして、王女はアッシュブロンドの髪を翻した。


「玄関までお送りしますよ」


「いえ、結構ですわ。院長もお仕事が御座いますでしょう?」


「はは、参りましたな。実は魔術研究機関当ての報告書の期限が迫っておりまして」


「まぁ。お忙しいところお邪魔してしまいましたわね。仰ってくださればこちらも予定を変えましたのに」


「いえいえ。多忙でいらっしゃいます王女様に対してそんな滅相もない。どうぞお気を付けてお戻り下さい」


 互いにくすりと笑んで軽く別れの挨拶を交わした後。人の良さそうな笑顔に見送られ、王女はコツと磨かれたヒールを鳴らし正面出入り口へと堂々たる足取りで歩みを進めた。




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