(4)
「墓ヲ荒らス盗人め……王ノ裁きヲ受けるガいい」
がば、と開いた奈落のような大口から、墓土の何とも言えない腐臭が憎々しげな呪いの言葉と一緒に吐き出される。
「っんだとこの野郎! 俺はヒーローだ!」
墓泥棒を背負って咄嗟に髑髏の視界から外れる場所に逃れていたボルガは、髑髏の後頭部に向かって叫び再び剣を抜いた。すると髑髏はボルガの方を振り返り、
「王に剣を向ケるか盗人共ガ」
散開していた骨が巨大な手の形に変化し暗い空を覆い隠す大きさまで広がると、ボルガ目掛けてそれは叩き下ろされた。ぐわんと地面が揺れる。
「だからヒーローだっつってんだろ! この骸骨野郎っ!」
ドッスーーン!
けたたましい音の隙間から、墓泥棒もろとも叩き潰されたかに見えたボルガが天高く飛び上がった。黒雲に翳した剣は重力に引かれ降下する。眼窟にボルガの真紅のマフラーが重なったと同時。四散する亡骸。髑髏は真一文字に斬り裂かれ、切断面から徐々に崩され骨へと還元されていく。
「どうだっ! ……あれ?」
だが崩された骨は再び一か所に集まり、数秒とたたずに髑髏の形が復元された。
「愚か者め。儂は永遠ダ! 永遠の王ダ!」
「ちっきしょー! なんだよあれ!」
「ボルガ、ワタシがやる。死鏡をお願い」
汗も雨に流され、泥だらけのびしょ濡れになったボルガがもう一度斬りかかろうとしたのをラテは止める。
「大丈夫か? あの骸骨斬っても戻っちまうぞ」
「うん、平気。頼んだよ、ヒーロー」
ラテが前に進み出ると、巨大な腕を二本に増やした王は見下したように耳障りな哄笑を浴びせかけた。
「ッハハハハハ! 我が宝はダレニも渡さヌ!」
「そんなのいらないよ。ワタシが欲しいのは《総譜》の鍵と魔女のあの子だから」
「アの奴隷も儂のモノだ! 全部全部儂のモのダ!!!」
「……じゃあ、この土地ごと攻め落とせばどう? 全部アナタのじゃなくなるよ」
「生意気ナ! 小娘一匹くらいスグに始末しテくれる!」
宣言すると同時。片手がラテを掴んで空中に放り投げた。
軽い体は宙を舞って、空気の抵抗を受けたスカートがふわりと広がる。まるで闇に純白の花が咲いたように、はらりはらりと花弁のようなラテは降下していく。
引力に引きずられ、吹き付ける雨粒を吸いながらただ下へ。為す術なく地が迫っていた。
――バチィイン!
しかし地面に激突する手前。まるで小虫を潰すように、骨で出来た両の手が凄まじい勢いでもってラテの体を叩き潰した。
「テッメ……!やりやがったなぁあ!」
まさに一瞬。悲鳴を上げる事すら出来ずに、ボルガの目の前で呆気なくラテは潰されてしまった。
悪人でない者が殺されてしまった。それだけでも許し難いのに、手を擦り合わせたり強く握ったり王は執拗に、まるで見せしめであるかのようにラテを痛めつける。その残虐な行いを目の当たりにしたボルガの怒りは頂点に達した。
人の命を粗末に扱う王がどこにいる!
一旦は人命を守る事に専念する事を約束したボルガだが、ラテの無念を晴らしてやらんでは気が済まなかった。大剣は迷うことなく引き抜かれ、王に的が絞られる。怒りを露わにボルガは駆け出した。
泥が跳ねるのも構わず。当に力尽きているラテを握り締めたままの手に向かって、全速力で掛けた。跳躍し、手を切り裂く。その姿勢に入った。
だがその直後。
狙いを定めた手がミシミシ軋み出して、執拗に捻り潰す動作を繰り返していたそれが、突然、大爆発を起こしたのだ。
爆発により発生した衝撃波が、飛び上がり掛けたボルガを数メートル先まで吹き飛ばす。
何が起こったんだ!?
事態が読み込めず、両脚が地面に着いてすぐに、バッと上空を見上げた。すると細かに砕かれた硬い雪が、ちらちらと悪天候の中雨に混じって舞っているではないか。
ラテを掴んでいた骨も本体の髑髏も、ほんの一瞬のうちに、粉々になって消えてしまった。
そしてさらに驚いた事に、そのおぞましくも幻想的な宙から現れたのは、確かに生きているラテ本人だったのだ。
すとん、と背筋を伸ばして綺麗に着地すると、ラテは王に向き直った。自力で立ち上がる事には何の支障もないようである。そればかりか、
「あららぁ~……アナタ王様なのに統率力ゼロだね。こ~んなにバラバラになっちゃって」
と呆れ顔で、跡形もなく破壊した王へ向けて言い放ったのだった。
「おまっ……すげーな……」
駆け寄ってきたボルガは無事を確かめるのも忘れ(見たところ無傷のようだ)、顔についた泥を拭って余裕の表情を浮かべているラテにほとほと感心する。
「ワタシは強いんだよ、どうしようもないくらいに……。ねぇ、死鏡は無事?」
「おう、勿論だ」
いつの間にか死鏡の痙攣は収まり、完全に伸びている墓泥棒の隣で小さく体を折り畳んで眠ったように静かにしていた。腰まで長い薄紫の髪が水捌けの悪い土の上に晒け出されて、ピカッと空が光る度怯えたように揺らめく。雨雲に稲光が連なり雨足は未だ強い。冷え切った青白い肌の上を流れる雨は洪水のようで、薄着の死鏡の衰弱が心配された。
「早くこんなとこ出ようぜ」
「うん、そうだね。だけど……」
事態がどうにかこうにか終結し安堵の表情を浮かべるラテは、急かすボルガに二つ返事で頷いたものの、魔鏡の中から出る方法は分からなかった。死鏡の呪いを解くことに神経がいっていて、魔鏡から抜け出すという第一関門の事を疎かにしていたからだ。
だが今更自己の緩怠事悔いていても仕方がない。可哀想だが死鏡を起こしてもっと良く話を聞く必要がある。
二人は次第にぬかるみが酷くなる土の上を、死鏡のいる方へ引き返そうと踵を返した――その時。
これまでで最も煩く不快な叫び声に、思わず踏み出した脚が止まった。
緩顔したのも束の間。不気味な絶叫に耳を塞ぎつつ、もしやと思い振り返ると、今度は髑髏の代わりに大小様々な骨で出来た剣や斧、その他武器がぐるぐると飛び回っていた。
「図ニ乗ルなヨ小娘ガッ!」
そう聞こえた瞬間には、シャキン、と裁ち鋏がラテの肩を掠め、避けた時に出来た一筋の線からはツ―…と赤が滲んだ。傷に染み込む雨のせいでピリピリした傷みが肩に走る。
二人は完全に事態を集結させたつもりになっていたが、まだ終わっていなかった。
永遠の王と豪語するだけあり、並外れたしぶとさではない。
力で圧倒するのが不利と見て今度は的を小さくしてきた。
一撃が加えられてからはひっきりなしに四方八方から連続的な攻撃が繰り返される。
ラテとボルガは向かってきた武器を片っ端から壊していくものの、体積が小さい分再生も早いので、すぐにまた武器の形をとられてしまう。これではキリがなかった。
「っんだよ、しつけぇな!」
舌打ちして、ボルガは大剣で広範囲の武器を凪払う。しかし切った先から新たな武器が再生し、次第に居場所を無くした二人はついに背中合わせになるところまで追い詰められた。
そこへ、百八十度全体から同時に刃先が向けられる。
「我にひれ伏セ!」
王の合図で一斉に武器が二人に降り注ぐ。ギリッとボルガ歯を食いしばった、その瞬間。
「……バラバラなら、まとめちゃえばいいんだよ」
ラテの指先が純白に煌めいた。ピン、と張った長い指からはするすると細い糸が伸び、間一髪、まるで蜘蛛のように全ての武器を巻き取った。
団子状にぐるぐる巻きにされた武器はそれ以上二人に危害を加えるどころか近付く事さえ出来ない。
しかしラテのカウンターはそれだけでは終わらない。何本もの糸を束にして王を締め上げた。
「っぐ……オノれェエ゛ェエエッッ! 小娘如きガ悪足掻きなンぞしオッテ! 貴様にナド砂利一粒とテ渡さヌワッッ!」
ヒステリックに怒号を飛ばす王は絡み付く糸を振り払おうともがくが、余計にどんどん絡まって締め付けられていくばかり。
「無駄だよ。そんなんじゃ解けない」
ぷらぷらと手を振る動作が余計に王の怒りを煽る。しかし当の本人はそんな事には全く関心が無いようで、暴れ狂う王へとこう尋ねた。
「ねぇ、ワタシのお姫様はいつも言ってるよ、宝は国民だって。アナタは違うの?」
「民ガなんだ! 全ては儂の所有物ダッ!」
王は理性を引き千切ったような声で吼える。そこには労りも思いやりも、人を慈しむ心など欠片も存在しなかった。
所詮がらんどうの骸に宿っていたのは黒い怨念だけ。生きた人間を魔道具を用いなければ操れなかった王は、今も魂の無い骨しか操れずその事に気付いてもいない。死して尚救い難い。救いようも無い。
「よく分かった……。その真っ黒な魂ごと火葬してあげるね」
諦めたように溜め息を付いたラテは、糸の縛り付ける強さを一気に上げ、完全に髑髏が糸で隠れてしまうまで何十にも何百にも王を締め上げた。
「小娘、何ヲッ……!?」
「永焔ノ結末」
「ウぐォぁァアアア~~~~!!!」
瞬く間に燃え広がる蒼い焔に焼かれ、王は地獄絵図に描かれた死者の如き形相で悲鳴を上げた。もがき苦しみ、やがて灰となるまで焔の糸は王を燃やし尽くす。木霊する死はそのうちに焼失するのだ。
誰からも忘れられ、人々の記憶に残るのは王本人ではなく宝。執着する物を間違えた王が終着したのは、なんて事はない。ただの孤独だ。
ラテは生前から孤独であった彼をより完全な形で孤独の中に戻してやったに過ぎない。眠たくなる程退屈な理由。お似合いの最期だ。
焔が骨の内部に侵入すると、骨に隠れて見えなかった鏡がパリィインと音を立てて割れ、破片が激しく空中に飛び散った。依り代を失い、焔に巻かれながら王は崩れていく。
宝だった魔道具は消えた。王も消える。
何もかも幻になった世界で、光は白く現実を呼び寄せた…――