(4)
そこは、まるで祭りのような騒々しさだった。
爆音と男達の雄叫び――呻く声。
マフィア同士の戦いは夜を裂く勢いで激しい最中である。
罵声や銃声が飛び交いナイフの応酬が続くそんな様を、赤髪の男は一人、辺りが見渡しやすい崖の上から息を呑んで窺っていた。
「ミスター!」
「お前達、来てくれたか」
木の影に潜んでいたMr.アンナローロに皆が駆け寄ると、かなり安堵した反応が返ってきた。
「あのっ、ニコルを見たって、本当ですか!?」
息を乱したベヴェルが倒れ込みそうになりながら尋ねる。
「見たのは俺じゃなくてジョットくんだけどね。ガンビーノの首領と一緒にいたっていうから、まさか……とは思ったんだが」
「怪我は?怪我はしてませんでしたか!?ニコルは無事なんでしょうか!?」
「見た目には大きい外傷はなかったらしい」
「良かった……」
Mr.アンナローロは何か大きな動きがないか二つのファミリーの監視を続けていた。近いうちに党員全てを投入した大規模な戦闘が起きるだろう事は予測できていたから。――けれどそれが今日起こるなんて。
合併した町が新しく動き出すまでにはまだ日がある。式典だって来月だ。
なのにこんなに早く決着を着けようとしている。
嫌な違和感を覚えた直後、ジョットから受けた報告。
「――ガンビーノの領土にニコラシカがいた」
それこそが理由だった。
本来ならあり得ないが、もしガンビーノが絶好の人質を手に入れたんだとすれば、好機を逃すまいと一斉攻撃をしかけ、レオーネファミリーはそれに応じる形で人員を追加していったとも考えられる。
ここまでの規模の戦いになった背景は大体読めたが、しかしMr.アンナローロはこの事態に拱手しているしかなかった。対マフィアのために本部へ要請したエージェントも、このタイミングでは間に合わなかったのだ。
「俺の連れを三人とも鎮圧に向かわせたが、何せマフィア二つ分の人数だ。一足先に着いたボルガも加勢してくれてるが、戦いはどんどん激しくなっていってる。はっきり言って全然捌ききれてない」
応急対策として今いるエージェントで可能な限り粘ってみるも、結果は見ての通りだ。
「自警団の到着も間もなくだろうが、あんまり期待は出来ないな。そこでラテ、君に折り入って頼みがある」
「ワタシに?」
「ボルガの友人って事で、人形使いの力を貸してもらえないか?」
「え~っと……」
ラテは一国の軍人で、その彼女がギルドへ加担するのが難しいのはMr.アンナローロも承知している。
しかしこの限られた状況で事態の収集を図るには、もう彼女の力を借りる他にない。
「君が嫌だと言うなら、俺は無理強い出来ない。だが下手をすれば町の方へも被害が及ぶし、俺の部下だけでなくニコラシカくんの命も危険に晒す事になるだろう。もしギルドの最高責任者で取れる責任ならば俺が何でも取る。だからどうか、引き受けてはもらえないか」
「……分かりました。でもあんまり“派手に”協力は出来ないので、魔法は使いません。それでも構いませんか?」
「力加減は君に任せるよ」
「はい。あの、ところでニコルの情報は他にありませんか?」
「あぁ、近くで見張ってたのは首領の他に五人。他にもまだいたかもしれないが、ジョットくんが確認したのは五人だけだ」
「五人くらいアイツなら倒せそうなもんだけど、なんでニコルの奴は逃げねぇんだ?」
「もしかしたら自分のいる場所が分からなかったのかもしれません。闇雲に逃げてまた捕まってしまったら……。それか単に隙を窺っていたのではないでしょうか?」
「なんとかワタシ達が救助に来た事をニコルに気付かせられれば……」
「よし。ラテとシャンエリゼ、お前達はギルドと協力して正面からマフィアを潰しに掛かってくれ。その間に俺とエルディーはなるべく安全にニコラシカが逃走できるルートを確保した後、ニコラシカに接近する」
「了解」
「心得ました」
「んじゃ、救出ミッション開始。あ、ヴェルちゃんはミスターとここでお留守番ね。ミスター、うちの子頼みます」
「あぁ。この子の事は任せてくれ。武運を」
下に降りやすそうな場所を探して、ラテ、シャンエリゼ、エルディー、アドニスは崖を離れた。
耳を覆いたくなる銃声は鳴り止まない。……開戦の夜はまだ始まったばかりだ。




