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PuPPet  作者: PM
第一幕 贖罪を見つめるもの ~それもまた罪人なり~
1/32

(1)

 スゥ……と辺りを吹き抜けた風は、闇を吸ってどんよりと湿っている。

 ひたり、ひたり。暗闇が寄り添う。

 夜に触れた肌からは、ゆっくり、確実に生気が抜けていく。


 ――いつまでこれは続くのだろう。


 虚ろな時にはすっかり飽いてしまった。昼も夜も暗く、もやもやとすっきりしない空気に纏わりつく冷気が嫌に冷たい。

 凍えてしまいそうだ。寒さにも。孤独にも。



 ――いつからこれは続いているのだろう。


 水底のような静寂は、何も答えてはくれない。

 まぁ……そんなのは、いつかから考え続けていたけれど、いつまでも分からない事だと諦めたのだった。 


 寂寞という冷水の中に長いこと漬け込まれた感情はどんどんふやけて、もはや世界をまともに感ずる事が出来ないらしい。

 それでも、泥水のように濁った世界をただ徘徊しては、そこには何もない事をただ思い知るしかないのだ。

 気紛れが浮かび上がる記憶の泡に思考を委ね、死神は一人、錆びた城を亡霊のように彷徨う。


 いっそ、泡沫として消えて無くなりたいとの思いが、じとりと胸に張り付いた。だが一歩足を進めた途端それはずるずると滑り落ちていく。


 きっと…、それは叶わない。


 絶望を引き連れ、悲哀の影を引き摺り、延々と暗鬱に沈む虚城を巡る。

 魂ごと怨念に縛られた死神は、今宵もしめやかに鏡の夜を嘆く。


 今日もいつかと変わらず、空にはまるで鏡面みたいな月が嗤っていた。

 




***



――ロスト・イパリーベ


 十年前、大嵐による水害で滅亡した国。国土の大部分が河川に流され、その後も度重なる暴風雨により被害を受け為、奇跡的に生き残った少数の国民達も復興を諦め、随分昔に他の国へと移り住んだ。

 今は無人で空っぽ。

 人々から見放され荒地になってしまった土地には、唯一、イパリーベ城だけが嘗ての姿を留めて現存している。そこには数々の財宝が眠っていて、城主が消え、国が滅びて十年経った今も墓泥棒が跡を経たない。

 だが不思議な事に、墓泥棒達がこぞって探している筈の王家の宝は、未だ持ち出されていないらしい。

 らしい、と言うのは、“王家の墓”を暴こうとした墓泥棒の幾人かの証言による。

 墓泥棒は言った。死神を見た、と。あるいは亡霊が出たとも。

 彼等は決まって、本来自分自身が映るべき鏡の中に突如として黒い影が現れ、城から去るように警告されたのだと言う。

 仮に“死鏡しにかがみ”と呼称されるそれは、国を見捨てて出て行った国民達を恨む王族の怨霊ではないか、と近隣の街に住む者は噂している……


 と、ここまでが、この度ラテが手に入れた情報である。


 日も落ち欠け闇が迫った、いっとう寂しさを誘う頃。彼女がイパリーベ城に着いたのは、そんな時であった。

 ギイ、と傷んだ扉を開くまでもなく、片方の戸が無くなっている入口から中へ入ると、朽ちて今にも落下しそうなシャンデリアがラテを出迎えてくれた。

 闇の濃さが少しだけ増した城内は何となく黴臭い匂いが充満していて、湿気を多く含んだ空気が肺に入ると、直接憂鬱を吸い込んだみたいに気が重くなった。

 平素は古城巡りも楽しく思うラテであったが、どうも水腐れしたような澱んだ空気が好きになれない。

 時代の香りを嗅ぐのは今回は止めにしよう。

 意識が沈み込む前に匂いから意図的に気を逸らして、曇天から差し込む光に鈍く輝くエントランスを抜け、ラテは城の奥へと進んだ。

 淡い月光のようなクリーム色の髪を揺らし、まるで浮遊しているかのように音もなく。何かに導かれるように、湿っぽい空気の中を漂う。

 一階をぐるりと見て回ったところ、馬鹿デカい外観の割に部屋の数は少ないようだが、それでもその全てを回りきるには骨が折れそうだった。

 二階の廊下に差し掛かったところで、進路について悩む。

 寄りかかった壁から何気なく見た割れた窓ガラスの向こうは、昼とも夜ともつかない灰色。ゴロゴロと不機嫌そうな音が鳴り続き、無音と言っていい静かな場内は雷鳴を喚ぶ声で震えた。

 一波乱ありそうな、いやぁな予感を植え付ける天気だ。

 此処ら一帯は昔から水害の多い場所だと聞く(現に水害で滅んだ国だ)。自分が今立っているカーペットにも大きな染みがついていて、それも水害に見舞われた時のものだろう。

 しかし水害が多いという割に執られていた治水対策は万全とは言い難く、着工した跡の見える堤防は途中で放棄されて肝心の街の手前辺り(もう街の体をなしていないが…)で途切れていた。 

 もし強く降ってこられたら確実にこの階は浸水を受けるだろう。染みを隠そうとするかのようにカーペット全面に広がった砂も、恐らくは水害で流れ込んだもの。……――いや、それはそうとも限らないか。

 ふと目についた部屋の戸を開け、徐に中の様子を窺ってみる。

 客間として使用されていたと思しき室内には、今は誰もいない。

 だが、墓泥棒達が泥をろくに落とさず、あちこち踏みつけて歩いた痕跡はきちんと残っている。

 もしかしたら墓泥棒と鉢合わせ、なんて展開も一応は警戒しておかねば。


 寝心地に期待出来ないおんぼろベッドから破けたカーテンへ、カーテンから茶ばんで色の変わった壁へ。思考を巡らせるついで視線もぐるりと部屋を巡らせる。


『本物は反転世界を越えた先』


 今に至るまで、何度も繰り返し考えた言葉をもう一度心の中で唱えた。その言葉から想像出来うる限りを、噛んで噛んで意味を吸い尽くしたが、新たに膨らませられそうな発想は涌いてこなかった。

 そうなると、差し当たってどう行動したものか。

 蜘蛛の巣の張った天井を見つめながらラテは考え込む。

 そんな時、バタン、ドスン!と乱暴な音が真上の部屋から響いた。

 続いてドアの強く閉まる音と何かが慌てて走っていくような音。


 上に、何かいる。


 墓泥棒か、それとも……


 ラテは弾かれたように部屋を出て、急いで階段を駆け上がる。上階の廊下はそっくりそのまま下の階と同じで、真上の部屋を見つけるのは容易だった。

 立ち金の塗装が剥がれ落ちたドアノブに手を掛ける。すると、


――ガタン、ガツンッ!


 ドアが、暴れている。

 瞬時に手を引っ込め、今にも噛み付いてきそうなそれから距離を取った。


――ガタッ………


 暫しの沈黙。まだ、中には“何か”がいる。

 ラテは慎重に“何か”の出方を見極める。



「……おーい、誰かいるんだろ―?こっから出してくれ―」


 ガツン、ガツンと吼えていたドアの向こうから声が聞こえる。

 口調、声音からすると、男性のようだ。

 開けるか。開けまいか。ラテは逡巡する。

 ……迷っているだけ時間の無駄だ。

 消えていった音の所在も気になるし、ここは覚悟を決めて開け……――開かない。

 いざ開けようと指に力を込めるが、何かに突っかかって中途半端にしか開かないのだ。

 ならば、とラテはドアに思い切り体当たりした。


「ぎゃうん゛っ!」


 勢いのついたタックルをかましてやると、妙な声とドスン、と何かが倒れる音がしてドアは開いた。

 開けたばかりの部屋に踏み入るラテの眼下にあるのは開いたクローゼット。そして、ラテと同い年くらいの少年だった。


「……っててて…お、」


 ラテが少年に灯りを近づけると、少年はラテに気付いたようだった。


「サンキュー!助かったぜ。俺はボルガ。正義のヒーローだ!」


 焔が咲いたような真っ赤な髪に、刀剣のような鈍色の瞳。赤いロングマフラーを纏った少年は、クローゼットから半身だけ出して、屈託の無い笑みを浮かべてた。


「ヒー…ロー…?」


「おう!ヒーローだ!」


「ヒーローがこんなところで何を?」


「墓泥棒を捕まえてやろうと思ってここで張ってたら、泥棒に閉じ込められちまったんだ!」


「へぇ~……」


 ヒーローとは、果たしてこんな無様な登場をする人物だっただろうか。

 ラテが記憶を改めつつ少年の動向を見守っていると、彼は閉じ込められていたというクローゼットから這い出て、荷を担いで部屋から出て行こうとしている。


「ここ危ねぇし、お前も早く帰った方いいぞ。んじゃ、俺は泥棒捕まえに行くから」


「えっ!?ちょっと待って」


 まるで太陽みたいな笑顔で嵐のように去って行こうとする背中をラテは引き留めた。


「ねぇキミ、この城で“死鏡”見なかった?」


「しに……何だそれ?俺はここに来たばっかだから知らねぇよ。ずっと宝探ししてる泥棒だったら知ってるかもしれねぇけど」


「じゃあ宝の情報でもいいや。何か知らない?」


「何だよ。お前も墓泥棒か?」


「ちがうちがう。ワタシは探してるだけで見つけたらそれでいいんだ。盗ったりしないよ」


 急に雷を降らせそうになった剣呑な雰囲気を、ラテはにこりと笑んで至って穏やかに鎮めた。


「ん~でも、墓泥棒から聞き出すってのは名案かも……。そうだ、ワタシも泥棒探しに混ぜてくれない?」


「しに何とかを探すのはいいのか?」


「うん。宝を守ってる死鏡に会って宝を見つけようと思ったけど、他に知ってる人がいるならそっちをあたるよ」


「けど危ねぇぞ。俺が追ってる墓泥棒だって傷害事件起こして指名手配されてる奴だし。俺はギルドの依頼で探しに来たんだけどさ」


「問題ないよ。探し物もお尋ね者も、一人より二人の方が見つけやすいと思うんだ」


「そっか、なら行こうぜ。まだ遠くには行っちゃいねぇみてぇだ」


 ラテの言葉に納得したらしい少年、もといボルガは、皮のブーツを鳴らし、つかつかと階段を上って行く。

 行き先を迷う事無く歩み始めた彼に、「分かるの?」とラテが問う。


「上からアイツの足音がするんだ」


「?」


 ボルガはそう言うが、ラテの耳には暴風雨による窓に雨を叩き付ける音や、風が建物を裂こうと躍起になっている音しか聞こえなかった。

 仮に聞こえたとして、足音の特定など自分には出来そうもない。

 少し急いた感じで、一段一段階段を上がる自分の足音と、一段飛ばしのボルガの足音。その区別さえとっさには出来ないと思う。


「耳いいんだね?」


「俺の耳は特別だからな!」


「ふぅん?」


「つぅかさ、お前は何て名前なんだ?」


「ワタシ?」


「な~んかどっかで見た事あるような気がすんだよなぁ」


 ラテの方を振り返り、じーっと顔を近づける。

 燃え盛るような強い眼差し。そういえばこんな目を、ラテは以前にも見たことがあったような気がした。


「ねぇボルガ、アナタもしかして――」


「ギャア゛ァアアァアアアァアアアァアアア゛」


 次の瞬間、言いかけたラテの言葉は嵐の音さえ打ち破る悲鳴に掻き消された。

 

 二人はハッとなり、互いに瞬時に意識を切り替えて大急ぎで階段を上り切った。


 ボルガを先頭に辿り着いたのは階段が無くなる最上階。廊下は相変わらずの造りだが、部屋が一室だけという点が他の階とは大きく異なっている。

 その最上階において追っていた墓泥棒の姿は既に無く、声の残響は残っているののそれを発した者の姿は何処にも見当たらなかった。

 状況から判断するに、先程の悲鳴は墓泥棒のものでまず間違いない。墓泥棒が此処にいたのは事実だろう。自分達が上がってきたのとは別の階段を下って逃げたとも考えられるが、あの断末魔のような悲鳴からはとてもそんな余裕があったようには思えなかった。

 総合すると、墓泥棒がいる可能性が高いのはこの階に一室しかないあの部屋だ。


「鏡……?」


 部屋が一つだけである事の他に、最上階にはもう一つ他の階とは違う点があった。廊下の突き当たりの壁がそこだけ丸々一枚の鏡になっている。

 また何かつっかえているのかドアがなかなか開かないようでボルガは苦戦しているが、とりあえずそちらは彼に任せ、ラテは気になる鏡の方へ。

 綺麗に磨かれた錆一つ無い表面。この古びた城の中で唯一不老不死を得たように、その鏡は新品の如き輝きを放っていた。

 直接水に曝されなかった手前、下の階より傷みが少ない周りの壁も黒ずんだり日焼けしたりしているのに、鏡だけは塵一つ被らず真新しいのだ。

 おかしい。わざわざ壁に鏡を用いるのも、状態がこんなにいいのも不自然だ。

 ならば何だ?これも宝に繋がるとして、一体どんな関連が……


 ――宝、水害、墓泥棒、死神、鏡……つまりそれらが意味するのは


「!」


 気付いたラテは駆け出す。


「ボルガ、待っ――!」


 叫んだ瞬間、漸くドアが開く。

 そのドアの内側には鏡が張られていた。不自然な程ありありと、ドアの形にぴったり合わせて、鏡が一枚張られていた。

 突き当たりの鏡の壁と開いたドアの間に、永遠の回廊が形成される。合わせ鏡のその中に、今ボルガとラテはいた。

 刹那。

 太陽の光を招き入れたように、突然眩しく鏡が光る。目を焼き切られそうな鋭い閃光が二人を襲い、反射的に目を閉じた。

 闇の中にあったその階全体が強烈な光に呑まれ、やがて消光した時には、ボルガも消え、ラテも消えていた……――




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