5/23 キスの日(エトセトラ)
☆ひなと涼の23日~登校直後~☆
「ねえ、今日って何の日か知ってる?」
朝一番、学校で花ちゃんにそう聞かれた。
「実力テストの範囲発表日?」
うーんと考えてから答えを返すと、花ちゃんは手をチョップに変えて私のつむじに落としてきた。
「あた!」
「ちっがーう!!」
もちろん手加減してくれてるんだけど、結構いい角度で入ってきたよ、今の。
頭を両手で押さえて、花ちゃんを見上げる。
私は自分の席に座ってて、花ちゃんは目の前に立っていた。
「あ、その顔いい」
突然なんだろう。
キョトンとしている私の顎に、花ちゃんは指をかけてきた。くい、と上を向かされる。
「涙目、そして上目遣いか~。このコンボは強力ですぞ!」
「なんなの、さっきから」
首を振って指を外そうとするのと、花ちゃんが悲鳴を上げたのは同時だった。
いつの間に来てたのか、涼くんが手に持っていた日直の日誌を花ちゃんの頭に乗せている。多分、上から落下させたんだろうな。花ちゃんは涼くんをキッと睨みあげた。
「ちょっと。か弱い乙女に何すんのよ」
「乙女って言葉を辞書でひいてこい。あと、人の彼女で遊ぶな」
また始まった。
涼くんと花ちゃんは、仲がいいのか悪いのか、顔を合わすと口喧嘩ばっかりしている。
「ひな、大丈夫?」
涼くんは、むきーと怒る花ちゃんを華麗にスルーして私の頭を優しく撫でた。
「平気だよ。花ちゃんの方が痛かったかも。大丈夫?」
「言うほど痛くなかったけど、びっくりして心が傷ついた。ガラスのハートがざっくりいった」
「ガラスって鋼鉄の同義語じゃないからな、関川」
ああ、これじゃエンドレスじゃないか。
私は助けを求めようと、花ちゃんの彼氏である田中くんを目で探してみた。
自分の席にはいない。あれ? とキョロキョロしてるうちに、ベランダの手摺にもたれて優雅に読書をしてらっしゃる彼を発見。背中から漂うオーラは「巻・き・込・む・な」だ。ぎゃあぎゃあ言い合う彼らの声は、聞こえてるはずだもんね。
「ちょっと、もうすぐSHRが始まっちゃうから。花ちゃん、今日が何の日なのか、正解を教えてよ」
あんな言い方されたら、気になって仕方ない。
急かすように聞くと、花ちゃんはにんまり口角を上げた。私と涼くんを意味ありげに交互に見遣る。
「キスの日、だって」
☆花と智也の23日~昼休み~☆
「朝、なんの話をしてたの?」
田中くんに聞かれて、私は返答に詰まってしまった。
屋上あがってすぐの壁際。
いつもの定位置でのんびり自販機のパックジュースを飲んでたところです。
お昼ご飯はひな達と4人で食べるのが恒例になってるんだけど、最近では柴崎は食べ終わるとすぐに昼バスに向かってしまうし、ひなも彼に引きずられるようにして体育館へ。
『ひなにも都合があるんじゃないの? 無理やりバスケにつき合わさなくてもいいのに』
それに対し、彼女の応援がある方が女除けになる、と返してきた今や学校一のモテ男に、私は密かに殺意を抱いた。3年になってからますます精悍になったと評判の芝崎 涼は、調子に乗ってると思う。私と同意見のアンチファンだって、絶対いるはずなんだよね。真剣に探したいよ。
まあ、もうすぐインターハイだから、ちょっとの時間も惜しいっていうのは分かるけど。女バスは男バスと違って、いつも予選で負けちゃうから、のんびりしたものだった。
って、そんな回想はいいんだよね。
田中くんは、辛抱強く私の答えを待っている。
覚悟を決めて、私は朝の話を繰り返すことにした。
「今日は何の日でしょう? ってひなに聞いてたの」
田中くんが知らないならそれで良し。
もし知ってたら。
知ってたら、すごーく恥ずかしい。
まるでキスをねだってるみたいな話の振りなんだもん。
「ふうん。で、何の日?」
「せ、世界亀の日」
「…………くっ」
しばらくの沈黙の後、田中くんは肩を震わせて笑い始めた。
ひとしきり笑った後。
「言い訳用の記念日をちゃん調べてるとこ、すごく可愛い」
悪戯っぽい瞳でそういうと、腕を伸ばして私の後頭部を意外と大きな手で引き寄せる。
びっくりして目を見開いたままの私に、ちゅと軽いキス。
こ、ここ、学校だよ!?
真っ赤になって意味不明な言葉を口ごもる私に、田中くんは「キスの日だから、しょうがないよね」と涼しい顔をした。
☆ひなと涼の23日・再び~放課後編~☆
『夏までは、すげえ忙しいと思う。最後の大会だし』
涼くんにはあらかじめ、そう言われていた。
練習で疲れて電話とかメールもおろそかになるかも、とか、休日も全部部活で埋まってる、とか。
帰宅部の私からすれば、眩しいくらいの青春っぷりだ。でも昼休みはともかく、放課後の部活を覗きに行くことは、どうしても出来なかった。
「時々見に来てくれたら、めちゃくちゃモチベが上がんのに」
涼くんはさらっとそんなことを口にするけど、女子が手すりに鈴なりになった二階席にポツンと座ってるのは、針のむしろに等しいんですよ! 彼女面してんじゃねえよ。とか、怖いことも言われるんですよ!
だから、放課後はいつも体育館に向かう涼くんと途中まで一緒に行って、下駄箱へと分かれる渡り廊下でバイバイ、と手を振ることにしていた。ほんのちょっとの間だけど、私にとっては貴重な時間。
だけど今日は、涼くんを変に意識しちゃって上手く話せなかった。それもこれも、朝の花ちゃんの「キスの日」発言のせいだよ。
もしかして……。
いやいや、ここは学校だからね。
ああ、リップクリーム持って来とけばよかったな。
って何考えてんの、破廉恥!
そんなグルグルにすっかり疲れ、早く家に帰ってのんびりしたいなあと思いながら、涼くんの隣を歩く。涼くんは全く気にしてないみたいで、いつものように今日あった面白いことなんかを話してくれた。
こういう時、すごく自分と彼の温度差を感じる。
私ばっかりが涼くんを好きな気がして、アイタタタ、ってなる。
そしてこういう時は、あんまり一緒にいない方がいいんだよね。素早く撤収して、ネガティブモードを切り替えるに限るんです。
「じゃあ、部活頑張ってね」
「ああ」
……って、涼くん?
私の制服の袖を離してくれないと、帰れないんですけど。
「ひな」
涼くんは耳を真っ赤にしつつ、辺りを見回し。
誰もいないことを確認してから、素早く長身をかがめ私の頬にキスをした。
「り、涼くん!!」
同じように真っ赤になってしまった私を見て、涼くんはその場にしゃがみ込んでしまった。
「はあ……どうしてここで口にいけないかな、俺」
「いかなくていいです!」
恥ずかしさのあまり、涼くんのつむじにてい! とチョップを落とし、私は脱兎のごとくその場を逃げ出した。
ほっぺが熱くて堪らない。
思わず逃げちゃったけど、本当はすごく嬉しかったんだって、いつか私もさらっと言えるといいな。




