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4/23 サン・ジョルディ(ひな&涼)

 「うーん。どうしよう~」


 私は書店の大きな平台の前で途方に暮れていた。

 明日は、4月の23日。サンジョルディの日だ。


 中学校の頃に読んだ少女小説に「男性は女性に赤いバラを贈り、女性は男性に本を贈る日なんだよ」という記述があって、ほわんと淡い憧れを抱いた私。

 話の筋と相まって、すごくロマンティックだな~って感動したんだよね。

 

 『本』なんて云ういわば殊更プライベートな趣向が現れる物を、異性にプレゼントするなんてさ。

 「私は相手のことを知り尽くしてます」的な感じが漂ってくるじゃないですか。

 彼氏が出来たら、私もやっちゃおう! とかなり昔から意気込んでいたんです。我ながら残念だけど。


 ところが、サンジョルディは手ごわかった。


 本屋でそれ用のキャンペーンがやってるんじゃないのかな、と思ってやって来たんだけど、当ては見事に外れてしまった。

 どこにも、コーナーが見当たらない。

 せっかくの『本の日』なのに、書店さんもっとやる気出そうよ!


 仕方ないので、恋愛小説を中心に探してみることにした。

 例の少女小説も、贈った本の中に自分の熱い気持ちを込めてみる、という展開だったんだよね。うふふ、と笑みを浮かべ、私はウロウロと文庫本のコーナーを彷徨った。傍から見たら、さぞ気持ち悪かったことでしょう。


 そして、そこでも私は大きなハードルにぶち当たった。

 涼くんと甘ったるい恋愛小説が結びつかない! どうしよう!


 涼くんは非常に優しいので、多分何を贈っても、頑張って読んでくれると思う。

 思うけど、もし「うわ~、俺にこういうの求められてるんだとしたらキツいな」と読み終わった後に引かれたらどうする!?

 私はそっと『流れ星が消えないうちに』を棚に戻した。

 死に別れたいわけじゃないし、ましてや私には死に別れた恋人なんていない。

 もっとあっさり系の……。

 『人のセックスを笑うな』

 うーん。すごく好きなお話なんだけど、彼氏への贈り物にこのタイトルはない気がする。涼くんが年上好きに目覚めちゃったら困るし。

 『薬指の標本』

 これも好きなんだよね。全編を通じて揺るがない静謐さと滲み出るエロティックさが……って、涼くんがフェチに目覚めたらどうするんだ!


 はあ、はあ。

 安易に自分の好きな恋愛小説をプレゼントするのは、危険。非常に危険です。

 今がクリスマスならば、カポーティの『クリスマスの思い出』あたりを迷わず選ぶんだけどなあ。

 

 そっか。季節繋がりはどうだろう。

 春で探せばいいんじゃないの!?


 自分の思いつきに嬉々として、もう一度店内を回ってみる。


 真っ先に思いついたのは『沈黙の春』だけど、そこはスルーして、三島も芥川もスルーして、えっと、えっと。

 『春になったら苺を摘みに』

 これね。すごく良い本だよね。でも、他民族への共感と理解というテーマが、異性へのプレゼント向きじゃない気がするの。


 かといって、ミステリーやホラーはね。

 『春にして君を離れ』とかおすすめしたいけども。

 「貴方になにか含むところがありますよ」と本を通じて脅迫してる感じになりはしないだろうか。

 

 ビジネス書は論外。

 ドラッガーのマネジメントに涼くんが興味があるなら別だけど。多分、ないだろうな。

 コーヒーショップの多角経営にも、トヨタイズムにも、サービスの神様が教えてくれる何かにも、縁がない高校生なんだもの。


 「どうしよう~」


 迷いに迷って、私はとある一冊を選んだ。


 そして当日。



 「はい、これ」


 ブルーの小花柄で可愛くラッピングしてもらった本を、放課後、部活に行く前の涼くんに手渡した。


 「ん? え……と、今日って何かあったっけ」

 「一応、記念日だから。勝手に買ってきちゃったけど、受け取ってもらえる?」


 サンジョルディの認知度の低さに、幾分がっかりはしたんだけど、気を取り直して私は涼くんを見上げた。

 まあ、当事者のはずの本屋さんも華麗にスルーしてたしね。バレンタインが日本であんなに普及したのは、お菓子メーカーさんの熱すぎる情熱ゆえなんだと勉強になったよ。


 「記念日……。ここで開けてもいい?」

 「そ、それはちょっと恥ずかしいので、出来れば家で見て下さい」


 戸惑ってる涼くんに「部活頑張ってね!」と声を掛け、ダッシュでその場を去る。


 「恥ずかしい、もの?」


 涼くんは、混乱した顔で手元の包みを凝視していた。


 憧れてたシチュエーションだったはずなんだけど、びっくりして目を丸くしてた涼くんの表情がいつまでも目の裏に残っちゃって、私はくつくつ笑いながら家路についた。

 はっきり言って、ロマンティックには程遠かった。

 こういう記念日って、どっちか片方だけに思い入れがあっても駄目だな。

 本を探すのも一苦労だし、来年はやめとこうっと。


 

 

 そして次の日。

 家まで迎えに来てくれた涼くんに、一本の赤いバラを手渡された。


 「遅くなって、ゴメン」


 耳まで赤くなった涼くんを見て、私の胸はドキドキした。

 伝わったんだ!

 いや、あれで伝わらない方がおかしいけど、でもそれでも嬉しい!


 「ありがとう」


 両手でそっと受け取り、ちょっと待っててね、と家に戻る。洗面台で水につけてから、急いで涼くんのところへ戻った。


 「今日、朝練は良かったの?」

 「いや、一回学校行ってバスケして、んでアレ持って迎えに来た」

 「……お手数をおかけしました」


 ペコリと頭を下げた私を見て、涼くんはにっこり笑った。


 「いや、平気。さっきひな、すげえ嬉しそうだったから、恥ずかしいの我慢して持ってきて良かった」

 

 恥ずかしかったんだ。

 そっか、やっぱりそうだよね。


 「変な少女趣味に付き合わせちゃって、ゴメンね」

 

 身を竦めて謝ると、涼くんは照れ笑いを浮かべて、私の頭を撫でてくれた。


 「いいよ、来年はちゃんと覚えとく」


 えー!

 来年も!?

 私は頬の引き攣りを抑え、来年に向けての読書強化期間に入ろう、と決意した。



「で、何をあげたの?」

「『サンジョルディの愛の物語』っていう童話」

「……まんまのタイトルだね。どんな話?」

「悪魔の生贄に捧げられた姫を、白馬に乗った騎士が一輪の薔薇を持って――って笑わないでよ、花ちゃん!」

「無理!!」


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