3/20 追い出しパーティ(花&智也)
短編を1話ずつUPしていく形にせず、連載の中に纏めることにしました。
お話自体は、短編の形を取っています。
「先輩、卒業おめでとうございます!」
「大学行っても、頑張って下さいね!!」
今日はバスケ部の追い出しパーティ。男女合同がうちの高校の伝統だ。
学校の近くのカフェを貸し切って、立食形式で先輩たちと最後のハイスクールタイムをわいわい過ごす。
男女合同ということもあり、後輩から先輩への告白、またはその逆で先輩から後輩からへの告白なんていうイベントもまた、恒例となっていた。上手くいけば、そのまま二人は一緒に会場から去っていってしまう。ダメだった場合は、みんなにパーッと慰めて貰える、というなんともあっけらかんとしたシステムだった。
ちなみに同学年同士の告白は、今日はNGだ。なにがあっても、先輩縛り。
「うわ~んっ。他校に彼女がいるんだって!!」
「……そっかー」
同じ二年の美帆ちゃんに抱き着かれ、あやうく持ってたジュースを零しそうになった。とりあえず、グラスをテーブルに置いて右手を空け、よしよしと頭を撫でてあげる。ポイントガードの谷先輩に長い片思いしてた子なんだけどね。まあ、しょうがない。他校の彼女の噂は、本当だったってわけなんだ。
「ちょっと、聞いてよ、花。私のどこがダメ? こんな優良物件、なかなかないでしょ!」
ようやく美帆ちゃんが落ち着いたところで、今度は恵美先輩に捕まった。
「あー、もしかして、アレですか?」
親指で、男バスの先輩方と話し込んでいる芝崎 涼を指してやった。精悍な顔に無邪気な笑みを浮かべて、何やら盛り上がっている。芝崎の肩に手を置いて、大笑いしてるのは泉 七瀬だ。
「うん。同じ学年に彼女いるって知ってたけどさ、もしかしたら、って思うじゃん!」
「でも、あいつ彼女にかなりメロメロですよ。仕方ないですって。恵美先輩なら、もーっと良い男いますよ!」
恵美先輩よ、あなたもですか。
本当はそう云って、ガックリ膝をついてやりたい。20人ちょっといる女子バスケの先輩のうち、すでに5人が彼に当たって砕けてるのだ。
どこがいいのかね~。確かに背は高くてスラッとしてるし、バスケのおかげで綺麗に筋肉もついている。ジャンプシュートの練習してる時に、ふわりと浮くTシャツの下から覗くお腹は綺麗に割れてるしね。『ナイス、腹チラ!』が、私達女バスの合言葉になってた時期もあったっけ。
でも実態は、彼女一筋の残念なイケメンなんですよ。
しばらく恵美先輩を慰めてると、男バスの元主将がずかずかとやってきた。
「おいこら。まだグズってんのか。いい加減にしろよ」
「はあ!? あんたに関係ないでしょ!」
いやいや、大いに関係ありそう。前島先輩って、どうみても恵美先輩のこと、好きだよね。
「っ!! そりゃ、関係ねーって云われれば、それまでだけど……」
顔立ちは普通だけど、すごく男らしい外見の前島先輩が、急にトーンダウンした。肩を落とす様子が普段とのギャップを感じさせて、母性本能をくすぐってくるタイプ。う~ん。気の強い恵美先輩には、合ってる気がするんだけどなあ。
前島先輩が可哀想になって、援護射撃を試みることにした。
「恵美先輩。やっぱ失恋の痛みは、新しい恋で忘れる! これに限りますって!」
私はそう言って、恵美先輩に気づかれないように前島先輩にウィンクを飛ばした。
「そ、そうだって。いつまでも引きずってたら、もったいないだろ。その、お前、可愛いんだから」
「……まえじまぁ」
ふえ、と泣き出しそうに眉を下げた恵美先輩に、前島先輩が手を伸ばそうとした瞬間。
「分かった! じゃあ、合コンしよ、前島。いい男、紹介して!」
「――はぁ。」
途中まで伸ばされた手は、恵美先輩の頭に置かれるはずだったんだろうけど、空を切って下に落ちた。
「なに、その溜息。しっつれいなやつ~! フラレ女なんて、誰にも相手にされないってか!?」
「んなこと言ってねーだろ!」
だめだ、こりゃ。しばらくはこのままだろうなあ。
軽く溜息をついて、ぎゃあぎゃあ喧嘩している二人からそーっと離れる。
その時、ジャケットの中のスマホがぶるぶる震えてメールを知らせてきた。
「件名:お疲れ
まだ、かかる?」
そっけないメールの差出人の名前に、思わずニヤけてしまう。私の彼氏、田中 智也くんからです。何の部活にも入ってない彼とは、明日遊ぶ約束をしてるんだけど、もしかして気にしてくれたのかなあ。
クールな物腰の田中くんに、ちゃんと好かれてる! という実感の持てない私は、こんな短いメールにも勝手な期待を膨らませちゃうのだ。
こっそり席に戻り、返信を打った。
「件名:Re
もうちょっとで終わるかな。どうしたの?」
すぐに返信くるかな、どうかな~とスマホを眺めている私に、芝崎が近づいてきた。さっきまで話してた先輩たちは、中央テーブルに追加されたピザに群がっている。
「なに、こんな隅っこで。もしかして、田中から?」
顎でスマホを指され、えへ、と笑ってみせる。
「んー、まあね。芝崎こそ、ひなちゃんはいいの?」
ドカッと芝崎は私の隣に腰を下ろした。あら、なにやら寂しそう。
「それがさ。『楽しんできてねー!』で終了。メールの一つも来ねえの」
「あはは、ひならしいね~」
芝崎の彼女のひなこちゃんは、すごく素直な女の子。深読みしたり先回りしたり、という駆け引きとは縁遠いまっすぐな子なのだ。芝崎の「今日は部活の追い出しパーティだよ」という言葉をそのまま信じ、邪魔しちゃいけないな、と思ってるんだろう。
「そういうところが好きなんでしょ」
「……そうだけど、ちょっとだけ不安っつーか。あー、俺、ちいせえな」
「本当に小さいよね」
さっきまで綺麗な先輩たちからの告白ラッシュを受けていながら、ここで彼女が構ってくれない発言するって。ほんと、残念なイケメンだよ、この人。でも私もちょっとだけ、彼の気持ちが分かった。自分ばっかり好きなんじゃないかって不安。実は私にもあるから。
「うわー、マジでカッコわりい。今の忘れて」
「ご心配なく。芝崎の発言で覚えてたことって一つもない」
ずけずけ言ってやるのだが、もう慣れっこになってるのか、芝崎は人懐っこい笑みを浮かべた。
「あ、お前の呼び出し頼まれてたんだった。ユキ先輩が、告らせろってさ」
「ええ~~!! もう、ちゃんと断っておいてよ、芝崎がさあ」
「やだ。先輩のが大事だし」
さっきの笑みはどうやらフェイクだったみたい。私がそういうの苦手だって知ってる癖に。きつく睨みつけてやると、しっしっと手で追い払われた。
「ユキ先輩だぜ? なんもされないって。すっぱり振ってやれよ。いざとなったら、助けてやるから」
私がでっかい男の人を苦手にしてると、芝崎は知ってる。しょうがないので、しぶしぶ席を立った。優しそうな人だったよね、確か。
カフェから出たところで、先輩は立っていた。無言で少しだけ脇の方に移動する。私もその後に続いた。
「ごめんな。……関川に付き合ってるヤツいるって知ってたんだけど、けじめつけたくて」
「はい。私の方こそ、気持ちに応えられなくてごめんなさい!」
先にペコリ、と頭を下げると、ユキ先輩と呼ばれてる人は、ふっと表情を緩めた。さっきまで怖い顔してたのは緊張してたからなんだなあと分かった。
「そういうとこ、すげえ可愛いと思ってた。ずっと好きだったよ」
「……ありがとうございました」
不覚にも胸がトキめいた。潔い人は嫌いじゃない。だけど、このトキめきは「こんな台詞を言われてみたいな~」という種類のものだ。決して目の前のこの人に向けられたものじゃない。申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
若干沈んだ気持ちで外から席に戻ると、芝崎はまだそこにいた。
「大丈夫だったろ?」
一応、心配してくれてたようだ。育ちがいいっていうか、こういう律儀な部分が人気の秘密なのかもね。私が無言で頷くと、「メール来てたみたいだぜ」と言い残して、芝崎は賑やかなお喋りの輪に戻っていった。
「件名:会いたい
から終わるの、待ってる」
現金なもので、私の心からさっきの先輩の告白は見事に拭い去られてしまった。
田中くん!! 待ってて!!
結局、お開きになったのは4時だった。11時から始まったから、5時間も馬鹿騒ぎしてたことになる。毎年のことで慣れているのか、最後までお店のスタッフさん達は笑顔だった。
幹事の一人である女バスの主将の優実ちゃんに会費を渡して、まだ明るい外に出る。
「はなー。こっから2次会流れるってよ!」
「わたし、パスー!」
みんなでカラオケにでも行くのかな。でも、私は自転車に跨って、仲間たちに手を振った。ぶーぶー文句言ってるフラレ組に、投げキッスを送ってみる。見事にキャッチ。そしてそのまま投げ返されました。
田中くんは、家の近所の公園のベンチで本を読んでいた。
「ごめんね、待った?」
自転車を停め、急いで走っていく。
「ううん、それより、危ないから急ぐなよって言ったのに」
肩で息をついてる私を一瞥した田中くんに、眉を顰められてしまった。うう、ごめん。
彼の座ってるベンチの隣に、そっと腰かける。
「でも」
ちょっとでも早く会いたかったんだもん。
思わず本音がこぼれそうになって、慌てて口を噤む。
「でも、なに?」
田中くんが素知らぬ顔で、距離を詰めてきた。本当に可愛いお顔です。でも、いつもより笑顔が黒い気がするのはどうして?
「な、なんでもない!」
ベンチの端まで追い詰められて、頬がカーッと熱くなるのが分かる。
「もしかして先輩に告白された? バスケ部の恒例なんでしょ」
「へ? なんで知ってるの?」
「やっぱ、そうなんだ」
カマをかけられた、と気づいたのだけど、後の祭り。田中くんは、もう後がない私の顎に指をかけた。小柄な田中くんなのだけど、筋ばった手はすごく男らしいんです。どうしよう、心臓が飛び出そう。
「こ、こここは公園だよっ」
「うん、知ってる」
にっこり笑って、田中くんは私の耳元に唇を寄せた。
「ずっと好きだった」
「っ!!」
飛び上がりそうになった私に、田中くんは軽く眉を上げた。
「なんて言われてたりして」
悔しいけど、図星過ぎて反論できない。
田中くんの甘い囁きに、死にそうな程トキめいたなんて、もっと言えない。恥ずかしさでわなわな震えてると、田中くんはこてん、と形のいい頭を私の肩にもたれかけさせた。
「ごめん、意地悪言った」
かすれたようなその声に、完全にノックアウトされてしまう。
この先もこうやって、いいように翻弄されちゃうのかなあ~とぼんやりと思う。でも、それでもいいや、と諦め、私は田中くんの背中にそっと手を回した。