国電乙女の独白
一般的に狂気を装うなら、普通のものを、それと逆にするのが一番楽で手っ取り早い。
例えば植木鉢、植木鉢を異常にするなら植物ではなく動物を生やせばいい。例えば本、本を異常にするには紙ではなく鉄、あるいは肉や革を用いればいい。
無機物や型が決まっているものは異常にしやすい。それとは逆に型が決まってないもの、臨機応変なものは異常にしにくい。異常と言える状態にしにくい。
例えば心。心はコロコロ変わる上に十人十色どころの話ではない。
正しい心と異常な心は一体誰がどう決めて、どう否定して肯定するのか。それは少なくとも私には分からない。
しかし、彼が言うには彼自身が異常な心の持ち主だと言う。
私からみれば、彼は普通をそのままにしたような男だ。
普通の家庭に生まれ育ち、普通に学校に行って、普通に部活で青春を謳歌して……。
そこには複雑な家庭の事情や、学校での辛いイジメ、部活での大怪我……といった辛い事は一切ない。普通と言うより、それより上。普通よりはるかに不幸がない、もしかしたら普通の上位互換かもしれない。
それでも異常を自称する彼の、一体どこが異常なのか問い詰める。
思春期特有の特別でありたい気持ちなのか、幼馴染でずっと学校もクラスも一緒だった私も知らない彼の異常があるのか、はたまた心の奥底に封じた特殊な性癖でもあるのか……。いや、彼の性癖ならば知っている。彼は巨乳フェチだ。オカズに関しては、彼は巨乳一筋だから、異常な性癖は多分ない。
では何故、彼は異常を自称するのか。狂気を自称するのか。
「そりゃ、頭のおかしいやつとずっと一緒にいるヤツなんか、いくら普通でも異常だ、異常なんだよ」
さてはて、そのずっと一緒にいる頭のおかしいやつとは一体誰の事だろうか。小さい頃から一緒にいた幼馴染である私が知り得ない、彼の友人関係とは一体……いや、友人とは限らない。もしかしたら恋人……だとしたら少し、ショックだ。
恋をしていると言う状態は異常なのだ。彼がもし本当に異常だとしたら、元から異常な上に、さらに属性として異常がつくと言う、異常の二乗になってしまう。……異常の二乗、語呂がいい。私は上機嫌になり鼻歌を歌った。