Act.19 決着...
チハルが閉じ込められていた部屋や拷問された部屋は施設の東側。ヒュードムと戦った中央の広いホールへはジルマールと会うために一度連れて来られたが、それよりも西側にはまだ来ていなかった。もちろん、チハルがこの街でジルマールに奴隷のように扱われていた100年前にはこの施設はまだ存在していなかったので知識は全く無い。
「東側とは全く違うな。こちらはまるで迷路のような作りだ。部屋も殆ど無い……」
銃を構えながらチハルは用心して歩く。
通路は直線、T字路、十字路とあるが、部屋が一切無い。チハルが言ったとおり、迷路のように通路だけでフロアが埋め尽くされているようだった。
[カチッ]
「―――っ!」
小さな音が聞こえたところで足をとめ、チハルは体を反らした。鼻先を鉄の矢が横切った。
「侵入者用の罠か……。敵をここに誘い出して殺すための物か……、またはこの先に入られては困る場所があるためか……? 窓は無く、炸裂弾ももう残っていないから壁に穴は空けられない。狙撃者の援護は受けられない……な」
チハルはまたピタリと足を止め、銃で目の前の床を撃った。すると床は割れ、そこから深い穴が見える。それをチハルは必要以上かと思われるジャンプで飛び越える。
[カチッ]
「やはりそう来たか」
チハルは穴のすぐ横の壁に小さなセンサーらしき物がある事に気が付いていた。それが作動するような音がすると、穴は更に廊下の向こうに広がったのだ。
チハルはジャンプ中に左の壁を蹴って右前方に飛ぶ。しかしそれでも足りそうに無かった。
[ガガガガッ]
チハルは右の壁に向かって数発の弾丸を撃った。壁が少し削り取られ、指の先を僅かにかけられるかと言う様なくぼみが出来た。そこにチハルは足のつま先をそっと置いたかと思うと、ふわりと天使のように浮かび上がり穴の向こうの廊下に音も無く舞い降りた。
「200年以上生きている私には……子供だましだな」
チハルは先を急いだ。
ヒュードムが待ち構えていたホールから、北に少し行った場所にある一室。そこには2m級の大男が二人、向かい合って立っていた。
片方はボタンが二列縦に並んでいる将校のような白い制服を着ている。
もう片方は……黒いロングダウンジャケット姿の男。もちろんハルトだった。余裕の笑みを浮かべているハルトの前で、将校姿の男、ジルマールはいぶかしげな顔をしている。
「貴様……。どうやって司令室のここへ……? 中央ホールからここへは隠し通路を通らなければ来れないはずだが……。迷路手前からお前の姿がカメラから消えたが……一体……」
ジルマールは、そばにあるどこかの廊下が映っているモニターをチラリと見ながら言った。
「迷路? あの廊下を真っ直ぐに行ってたら迷路だったの? 俺迷路苦手なんだよな。同じところをぐるぐると回ってしまう。でも……なんだか鼻がむずむずしてさ。上の階に行きたくなったわけ。んで飛び上がって天井を割って見たら……すぐ隣の部屋だった。
扉を開けたら……変なおっさんとご対面。……聞いていた通り、俺と同じようなでかい体。俺らみたいな巨体って、ロボットでもあまりいないよな。おっさんが……ジルマールだな。イケメンな俺とは違って、いかついただのおっさんだったけど」
ハルトは掌を光らして一歩ジルマールに近づいた。ジルマールはひるむ様子も無くハルトに向かって言う。
「お前は……なぜチハルに協力するのだ? カメラで見ていたが……お前ほど強いロボットなどめったにいないだろう。チハルを助けて二人で不利な戦いをするより、もっと力を生かして部下を作ったらどうだ? 北の地方には得体の知れない組織が、未知の科学と資源を独り占めしているのだぞ。それを奪いたくならないか?」
「はぁ? 奪ってどうするんだ?」
気の抜けた様子で聞き返すハルトに、ジルマールは戸惑う。
「奪って……。奪ってその力で世界を征服したら良いではないかっ!」
「……んで? そんな事してどうなるんだ? チハルは喜ぶのか?」
「チハルは……帝王のペットとして扱ったらどうだ? あんな珍しい物、王にこそふさわしい。どんなに痛めつけても壊れない、エネルギー切れも起さない。わしはチハルを飼っていた100年、楽しかったぞ! ……逃げ出してしまった時はがっかりした」
「……ふーん。それでチハルはこの街に詳しかったのか。んで、お前はチハルにあんな事やこんな事しちゃった訳ね。……大体わかったよ」
ハルトの掌が輝きを増した。それを見て、ジルマールも自分の首をコキコキと鳴らして見せる。
「仕方ない。……わしは力でこれだけの組織を作った男だぞ。お前がやっと出会う自分より強いロボットだ」
ジルマールの肘から手首までが回転を始めた。それは唸り声を上げ、周りの空気を振動させる。ハルトはそんな事は気にせず歩き、ジルマールに手が届く距離に立つ。
「チハルがいじめられた100年。それに相応する刑は……死刑だな」
「ペットのためにわしと戦って死ぬのか?」
「ペットじゃねぇ。恋人だ。……の予定」
「恋人? 何だそれは?」
「お前らに好きって気持ちは理解できねえよ」
ハルトがそばにあった機械に手を触れると、それは蒸発を始める。
「まあいい。お前を破壊してからチハルをまたペットにしてやろう。そして組織もすぐに作り直す。わしのこの力でな」
ジルマールがハルトと同じように機械に手を置くと、それは粉となって崩れた。
「超微細振動か。また古風な兵器を」
次の瞬間、ハルトが右腕を振りかぶり、ジルマールもそれを右腕で向かい撃った。
チハルはまだ暗い廊下を歩いていた。これまでに数十もの罠を回避していた。僅かにツナギは破れていたが、その下に着こんだ黒い運動能力サポートタイツには届かせていなかった。
「妙だな。迷ってはいないが長すぎる。これなら、奥の部屋へ続く隠し通路のような物が無いと、通常の使用に効率が悪すぎる。見過ごしたか……元々無いのか……」
しかし、同じ道を通る事無く歩くチハルは、徐々に建物の西の端に近づいている確かな方向感覚があった。ようやく廊下が少し広くなったかと思うと、その先に扉が一つ見えた。
「やっと着いたか……。ふう」
扉を開けると、チハルは銃身を前に突き出して部屋に入る。すると……、
―ブンッ―
[ガキンッ]
扉の影から振り下ろされてきた鉄の棒に、チハルの銃身は殴りつけられた。
銃を落とすかに思えたチハルだったが、右手の引き金にかけてある指を支点に銃を回転させる。銃の先が下がるのと引き換えに、銃の後ろ側が上がり、そのストックに左手を添えて殴りつけてきた敵を打った。
「ぐわぁ!」
男は転がると、頬を押さえて起き上がる。チハルを睨むと、テンガロンハットの位置を直した。
「カンタス。一人か? 部下はどうしたんだ?」
「……俺一人でェ十分だろゥ。この戦いはァジルマール様がァ見ておられるゥゥ。お前を捕らえてェェ、俺はァまた幹部にィ返り咲くのだァ」
カンタスが部屋の隅に目をやる。そこには部屋の中を映し出す小型カメラが備え付けてあった。
「それでか。さっきの作戦参謀みたいな奴も私達の前に姿を現したのは、改めて自分と黒い兵士達の有能さをジルマールに見せようと考えたのか」
「そんなところだァ。チハルゥ、ジルマール様のお気に入りのお前を捕らえるのはァ、かなりポイントが高いんでねェ」
「……残った僅かな部下を、黒い兵士達の手下として狙撃者捜索にこき使われるお前らの今の立場からなら……同情できるな」
「なんだとォォ! どうしてそれをォォ! お前を拷問させていた部下にィ無理やりしゃべらせたのかァ?」
「いや……。適当に言ってみただけだ。図星だったようだな。それに、その部下は話せるような状態ではないな」
「……ゥまあいい。お前を捕らえてェ新しい部下を手に入れればいい話だァ。最初お前とォ戦ったビルの戦いで分かっているだろォ? お前はァ俺に勝てない」
「あの時は弾に不安があった。今はどうだかな? お前一人だけだからふんだんに使わせてもらう」
チハルが銃を持つ手に力をこめると、カンタスも両手の鉄棒を握りなおしたようだった。
「……その銃を渡せェ! それが無ければァお前はただの不死身なだけの弱い奴だァァ!」
カンタスは嬉々とした顔で、両腕を同時に振りかぶって二本の鉄棒でチハルに襲い掛かってきた。
チハルは身をかがめ、カンタスに背を向けて水平に足を伸ばして回し蹴りを送る。
それをジャンプして避けたカンタスがチハルに向かって棒を振り下ろそうとした所、チハルは床に仰向けに寝転がって銃を天井に向かって構えていた。
[ガガガガガッ]
身をよじって交わしたカンタスは、チハルを飛び越えて転がった。チハルが銃を構えながら立ち上がると、カンタスは転がったまま手を突いて飛び上がって立った。
[ガガガガガガ…]
「無駄だァァ! 俺の方が素早いィィ! 銃など効かんンン!」
カンタスは次の瞬間には銃を撃つチハルの右側に立っていた。チハルは瞳だけを動かしてそれを確認すると、飛び込み前転をして銃を狙ってきたカンタスの鉄の棒をかわした。
[ガガガガガ]
「何ィ!」
チハルは回転をしながらも、正確にカンタスに照準を合わせながら引き金を引いていた。
その一発がカンタスの二の腕を貫通し、片方の鉄の棒を落とさせた。右腕をだらりと下ろしたカンタスは、左手の鉄の棒をチハルに向ける。
「動きが違うなァ……チハルゥ」
「当たり前だ。あの時はお前以外に兵士達にも取り囲まれ、更には逃げる事も考えながら戦っていた。どうする? まだやるか?」
「……よくそれほどまで戦えるようになったなァ。100年前はァ脅えるばかりの少女だったって言うのにィ……」
「人間は環境によって、性能以上の事が出来るようになる。成長の無いお前達機械とは違う」
「人間? お前はァ昔から人間、人間と言うがァ……、人間などォいやしないんだよゥゥ! お前は構造こそわからんがァ、特殊なロボットだァ!」
瞬きよりも短い時間でカンタスは5mの距離を詰めてきた。かわしはしたが、チハルの頬は風圧で揺れる。
「人間がいないとはどういう意味だっ!」
チハルはカンタスの膝の裏を蹴りながら後ろに回り、バランスを崩したカンタスの側頭部を回し蹴りで横になぎ払った。カンタスは壁に叩きつけられたがすぐに立ち上がる。
「俺はァ……時間変動を乗り越えた数少ないロボットだァ。その俺がァ言う。時間変動以前にもォ……人間などォいなかった」
「……何? それは……この地方にはいなかっただけじゃないのか?」
「いや……。それまでェ俺はいろんな地方をォ乗り物に乗って旅をしていたァ。どの場所へ行ってもォ……、この地球上にはロボットだけしかいなかったァ。人間など……ォとっくの昔に滅んだモノなんだよォ。お前もォ人間だったと言う記憶を与えられたァロボットに違いないィィ!」
カンタスの攻撃を、チハルは壁を蹴って飛び上がり、更には天井を蹴り、部屋全体を使って大きく宙返りをした。そして宙から銃口をカンタスの背中に向ける。
しかし、チハルは別の場所に急に銃の狙いを変えて、誰もいない所に向かって引き金を引いた。
[ガガガガガガ]
「ぐわぁ!」
チハルが着地したとき、すぐ後ろにはカンタスがいた。
しかし、その膝はチハルの銃弾によってかろうじて繋がっている程にズタズタにされ、立っているのもやっとだった。それでもカンタスは、顔をしかめながらも左手で鉄の棒を振り降ろしてくる。
「お前はァ所詮ンン! 人間だと思わされているゥゥロボットなんだよォォ!」
[ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガガ……]
チハルは反転し、後ろに飛びながら、引き金を引き続けていた。チハルの銃口は下から上に上がっていく。そして、カンタスの体の真ん中に打ち込まれている銃創も、下から上に上がって行き、頭の先にまで撃ちこまれた。
[ドサッ]
チハルが床に背中を着いた時、銃口を向けられているカンタスは、真っ二つに体を割った。
「私が……ロボット? ……考えた事も無かった」
チハルはゆっくりと起き上がると、銃の弾薬カートリッジを替えながらつぶやいた。
「な……何なんだ……お前は……」
ジルマールは体の端々を破壊され、ヨロヨロと後ろに歩いて机に腰をぶつけた。顔の表皮も半分ほど無くなり、機械の頭が露出されている。
「おっさんも良くやったよ。俺のお気に入りの金属ダウンジャケットが……破れちゃったしな」
そうは言う物の、ハルトのジャケットはどこが破れたのか本人以外は分からないほどだった。
「なぜ粉にならない……。どうして微細動が効かない……?」
「効いてるよ? ただ、ナノロボットが殆ど打ち消して、即座に修復しているからわかんないだけだって」
「ナノ……マシン? ナノサイズの修復ロボットシステムがあるだと……?」
「さて、男と男の殴り合いに決着つけましょうか! せっかくあっさり勝負がつかないように、プラズマ使ってないんだからねっ!」
ハルトは大きく右手を振りかぶる。
ジルマールは両腕を上げて防御の姿勢をとり、その影に隠れるようにして震える膝でハルトを向く。
「終わりだおっさんっ!」
「油断したなっ! くらえっ!」
「えっ?」
ジルマールの肘が爆発したように破裂し、腕の先が超高速でハルトの顔面にめり込んだ。
「ははははっ! どうだっ! ……どう……だ?」
普通なら頭に当たれば頭が吹っ飛び、胴に当たれば風穴が開くような威力に思えた右手のロケットだったが、ハルトはそのまま3mほど滑るように下がっただけだった。その足のつま先は、コンクリートの床を砕いてめり込んでいる。
「……鼻が……高すぎたから……困っちゃったね。曲がったかも」
顔からジルマールの右手を引き剥がし、それを床に転がした。ハルトの野生的だが、端正ともいえる顔の鼻が、少し左に曲がっていた。
「あったま来たっ! 拳と拳の殴り合いだって言ったろ! 急に飛び道具使うんじゃねぇ!」
「それはお前が勝手に言ってただけで……わしは……」
「問答無用! リクス! ほらっ! 約束の奴だっ!」
ハルトはジャケットのポケットから鉛筆の半分ほどの短い鉄の棒を取り出し、それを指の間に挟んだ。その拳をジルマールの顔に向かって振り下ろす。
「待てっ! 世界征服だぞつ! お前の力で……。欲しくはないのかっ!」
「チハルのハート以外は欲しくねぇっ!」
ハルトの拳は、防ごうとしたジルマールの左腕を砕き、顔に届いた。指に挟んだリクスから預かった鉄の棒がジルマールの眉間に突き刺さる。ジルマールの組織との連絡にリクスが使っていた通信機は、約束どおりジルマールに返された。




