Act.17 乙女の裸...
緊張感がかけらも無いハルトとは違い、要塞の内部では兵士達が慌しく動いていた。
機械兵士達の脳は全てリンクさせられており、それは参謀室にいる背の高い男に伝えられている。兵士達の無駄の無い動き、部隊の素早い展開を指示しているのはこの男だった。
面長の顔に鋭い目。軍服姿のこの男の名をヒュードムと言う。姿は人間で言うなら20歳半ば程。チハルが100年前にこの街から逃げ出した後、どこからとも無く現れ、近隣の組織との戦闘で頭角を現し、あっという間にこの地位まで上り詰めた。兵士や街の住民の自我を破壊する計画を提案した男でもある。
「狙撃の正確な位置は分かったのか?」
「南東の方角、距離……不明」
「不明だと?」
「金属製の弾を使っており、軌道計算ができません! データがありません!」
「金属製の弾……。もしかして、プラズマ弾では届かないような……長距離射撃では……? プラズマは空気との摩擦で変耗してしまい500mが限界だ。金属の弾なら……どのくらい飛ぶのだ? しかし、空気抵抗や風の影響、更には湿度の影響、そして引力の影響まで受ける金属製の弾丸を狙ったところに命中させるなど……」
ヒュードムは腕組みをして考えている。ふと顔を上げると、近くの兵士に命令を出す。
「要塞の南東、1kmから2kmの高い建物を調べろ! 兵士を5小隊出せ!」
「要塞内に潜入した男はいかがなさいますかっ?」
「まだ破壊できないのか?」
「それが……」
ハルトの正面でプラズマ銃を向けていた兵士が二人とも突然うつぶせに倒れた。チャンスとばかりにその兵士達を飛び越えてハルトは中庭を走り、要塞中央部を目指す。
「また電池切れか? ここの兵士を操っている奴って、策は練ってるけど、兵士のメンテナンスをサボってんじゃねーか? それよりも、どうしてあっさりと見つかったんだ?」
ぶつぶつ言いながら走り去るハルトを、建物の影やオブジェの下になど取り付けられている小型カメラが追っていく。しかし、そのカメラは次々と破裂するかのようにばらばらになった。
誰かに助けられていると気が付かないハルトは、まだ自分は運が良いと思っていた。そして、建物のある場所の壁を触ると何かひらめいたという顔をする。
「どうせ見つかるなら……建物の中を走った方がチハルを見つけられるんじゃないか? きっとそうだ! んで、今日の俺は幸運だから、あっという間に見つかる! 絶対そうだぜ!」
ハルトは振りかぶり、右手の拳を壁に叩き付けた。熱さ10cmの壁は3m四方に渡って崩れて大きな穴が開いた。
「チハルぅーどこだぁ!」
ハルトは建物の中に踏み込むと、赤いマットが敷き詰められている廊下を走った。
それを約3.5km南東から見ていたリクスはため息を付く。
「ハルト……、まさかまだ援護されている事に気が付いていないのか……。信じられない男だよ……。気が付いていたら狙撃出来ない建物の中になんて入らないよね……」
リクスは両眼スコープの方角を変える。
すると、リクスがいるビルと要塞との間にある小高いビルを捜索している黒いアーマースーツを着た兵士達が見えた。
「長距離狙撃に気が付いたみたいだね。ハルトが言っていた通り、なかなか切れる司令官だ。だけど……、君が予想した距離の倍離れたところからの狙撃に気が付くのと、ハルトが君の居場所を見つけるのはどちらが早いかな?」
スコープを街中央の要塞に戻す。建物の中に入ったハルトの姿は全く見えなくなっていた。
「さてさて。僕の能力はまだ一部だけしかお見せしていないんだ。ここからが……本気だよ」
スコープを覗いたまま、リクスは左手でやや長い前髪をかき上げた。
すると、右のこめかみに空いた直径一cmほどの穴が覗く。
「司令官……驚くだろうね。顔が見てみたいよ」
リクスは、スコープから伸びる同じ1cmほどのケーブルを右手で取り、それをこめかみの穴にブスリと差し込んだ。
「βγδカメラ接続。4方向からの映像をシンクロ合成。従来の弾道補正に加え、予測補正に入る。予測1秒後……2秒後……3秒後……シュート! ……ヒット。シュート! ……ヒット。シュート!」
南東から中央を見つめるリクスの他に、街の北東北西南西にあらかじめ仕掛けておいたカメラも要塞に向かって目を光らせていた。
ハルトは建物に入り、本人は気が付いていないが、リクスの援護が無くなった為ある部屋に追い詰められていた。廊下の前後から挟み撃ちにされ、出るに出られない。
開いたドアから廊下の様子を見ようと顔を出すか出さないかの瞬間にはもう弾を打ち込まれる。部屋の天井を破壊して上階に逃げようか考えていたところ、銃声が減っていくのに気が付いた。
「また……電池切れだったりして?」
ハルトが廊下に顔を出すと、両側に5人ずつはいた兵士達の、最後の一人が倒れるところだった。
「やっぱりな。姫を助ける王子には神のご加護が付くってね!」
部屋を出て廊下を先に進む。倒れている兵士達を飛び越えようとしたとき、仰向けに倒れている兵士の眉間の穴に気が付いた。動かない兵士の首を掴み、顔のそばまで近づけるとそれが弾痕だとさすがにハルトも気が付いた。
「誰だ? チハルが脱走したのか?」
ハルトは振り返り、兵士の頭に打ち込まれた弾道を辿る。すると、壁に5つの小さな穴が開いていた。廊下の向こう側に倒れている兵士の近くの壁にも同じような穴があり、外の光が差し込んでいた。
「か……壁越しに撃っている……? それも全員一発で? 狙撃かっ? こんなバカな……。こんな事が出来る奴がいるなら……凄い特殊能力だぜ……。化け物か? ……けど、どうやら俺と同じようにジルマールに恨みでも持っている奴だろうな。……ひょっとして助けてくれているのか?」
そうしていると、廊下の先から足音が聞こえ、角から黒い兵士が二人姿を現した。しかし、その二人とも壁を突き抜けて現れた弾丸が頭部に突き刺さり、同時に倒れる。
「こっ……怖ぇぇ……。こいつは敵に回したくないぜ……。この御仁の気が変わらないうちに……チハルをさがすぜ!」
ハルトはドアを開けるのも時間がもったいないと、すべての扉を拳で吹き飛ばして探し始めた。
参謀ヒュードムは慌てていた。建物の中にいる兵士達も狙撃されて倒れているのだ。
遠距離の射撃でこんな事が出来るはずがない。銃を持った敵は近距離からの射撃だった。そう考え直し、外へ狙撃手を探しに行かせた兵士を呼び戻していた。
広範囲の場所を探すために要塞の外へ出した兵士は5部隊の25人。それと同じくらいの兵士達がハルトと狙撃によって倒れている。黒い兵士達の数はもう半分を切っていた。
「くそ……くそっ! 敵は捕らえた女と大男の二人じゃなかったのかっ! 計算違いだ! あの街の東に置いていた……リクスとか言ったか、奴め……適当な報告をしおって……」
そのゴミだと思っていたリクスによってここまで追い詰められている事を、ヒュードムは露ほども気が付かなかった。
一階の奥にある一室。鉄格子に隔てられた個室がいくつかあり、その中央に立っている兵士は顔を上げた。何か壁が崩れるような破壊音が聞こえたからだ。
「行かなくていいのか? 敵かもしれないぞ?」
チハルが濡れた髪を顔に張り付かせたままそう言った。
「うるせぇ! 敵であったとしても、黒の兵士達がすぐ片付ける!」
汚いグレーのジャケットを着た兵士は、鉄の棒を手にしながらチハルの前に立つ。
「黒い姿の兵士達は有能なのだな? お前と違って」
チハルがそう言った瞬間、鉄の棒で顔を殴られた。チハルは相変わらず手首を後ろに拘束されながら、裸で床を転がった。チハルは伏せたそのままの姿勢で声を出す。
「お前も行って手柄を立てて来たほうがいいんじゃないか? こんな場所でこんな事を今してどうする?」
「カンタス様の命令だから……動くわけには行かん!」
「あいつやジルマールは、私を痛めつけて喜ぶような輩だ。お前はこうやっていて楽しいのか?」
「……正直、何の意味があるのか分からん! だが、俺は言われたとおりにするんだ! あの方達はお前が散々痛めつけられたと言う事を知ると、なぜか喜んでくれる!」
「ふん……サドが……」
「……サド?」
「ああ。言葉を変えれば……変態。お前らにも分かりやすく言うと……ゴミだな」
「ゴミだとっ!」
相変わらずうつぶせになったまま言うチハル。男はそばまで歩いて行くと、チハルの細い首を右手で掴んで持ち上げた。
「今はお前がゴミのような扱いを受けているんだがな……。……っ? あっ! お前っ! いつの間にっ!」
男は左手で自分の腰を探った。そこにあったはずのナイフは、今チハルの口に咥えられていた。
[ガキンッ]
チハルは男の首にナイフを突き立てたが、力が足らずに歯から抜けて床を転がる。それを再び拾おうともせず、チハルは鉄の棒を振り上げている男に体当たりをした。
「うぉ……」
[バシャン!]
男はチハルを拷問するために置いていた水を張った風呂のような箱に落ちた。チハルは逃げようともせず、その水槽の中に一緒に頭から突っ込む。
「や……やめ……」
バシャバシャと男の足とチハルの足が水面から出てもつれる。少しすると、「バチッ」と言う弾けるような音と共に、二人の足は動かなくなった。
そこへ建物の一階右側の数十もの部屋を全て探し終わったハルトが、一番奥のこの部屋へやってきた。
扉を開け、鉄格子が見えると、ここだと思い足を踏み入れる。鉄格子の檻の中を一つ一つ覗きながらハルトは部屋の中ほどにやってくると、声をあげた。
「うおぉっ!」
水槽の中から出る二本の白い足と汚い男の足。その白い足がチハルだと気が付いたハルトは、水槽の中から引っ張り出した。
「チハル! またまた刺激的な姿で……」
「じろじろ見ている暇があったら、枷をはずせ」
ハルトは言われるとすぐに、チハルの手と足を拘束している金属を掌のプラズマで焼き切った。そして懐からチハル用の黒いサポートスーツを取り出して渡す。
「さっきの状態で……どうやってこの男を倒したんだ?」
チハルがスーツを身につけている間、ハルトは自分の腰ほどの高さの水槽を覗く。水の中は汚れたグレーのジャケットを着た男が漂っていた。
「首に傷を付け、水の中に落としてショートさせた。私も感電するのは初めての経験だったな。ツナギは無いのか?」
「あるよ。でも……俺はそのタイツみたいな体にぴったりとしたスーツ姿の方がいいんだけどな……。体の線がでて…」
「早くよこせ」
しぶしぶハルトは自分のジャケットの内ポケットから白いツナギを取り出してチハルに投げる。チハルは細い体にはダブダブなそれに足を通すと、さっとジッパーを首元まで上げた。
「武器は?」
「あいよっ」
ハルトは、いつもチハルがしているように、腰の後ろにぶら下げていた銃を取り出してみせる。
「大きいな?」
チハルはいつものロングマシンガンよりも重厚な作りのそれを手に取る。ストックが大きく、銃身も太い。だが、重さはいつもと殆ど変わらなかった。
「アサルトライフルってリクスが言ってた。奴に手伝ってもらって、改良を加えた銃だ。弾のバリエーションもお陰で豊富になった。炸裂弾とか、他に…」
「リクスが? そうかあの工房で作ったのか。弾はいつもの貫通力がある鉄甲弾をくれ」
「好きだなぁ。チハルはロボットを穴だらけにするのが」
ハルトはロングダウンジャケットの内側に取り付けてある弾薬カートリッジを幾つかチハルに渡す。チハルはそれをツナギのポケットに仕舞いこんだ。
「そう言えば報告がある。パダットがこの建物内にいるはずだ」
「こっちも報告。どうやら俺達を助けてくれる奴がいるみたいだ。すげー狙撃が上手い奴」
「助けてくれる? ……リクスか?」
「へっ? なんでリクス?」
「私達を助けてくれるような奴は他にいない。……と言うか、私にはハルト以外、他に知り合いがいない」
「あっ……。なるほど。俺達友達少ないもんな」
銃のチェックをするチハルの横で、ハルトは大声で笑っている。広い牢屋内に声がこだました。
「さて……」
チハルは銃を右手で持ち、それを肩に寄りかからせるとハルトに言った。ハルトは手を開いては閉じると言う動作をしながら答える。
「チハルも助けたし……ここから逃げるか?」
「いや、やはりパダットは危険な奴だった。奴は予定通り停止させる。それと……この街のボス、ジルマール。そしてその参謀。あと、カンタス。こいつらも……破壊する」
「やっぱりね。気に入らないからか?」
「ああ、気に入らないな。私を裸で連れまわすなど…」
「裸に興味ないロボットに見られても気にならないんじゃなかったっけ?」
「何か……お前と出会って、古い感情が戻ってきた。言葉にするなら……、乙女の無垢な裸を見た奴は……地獄に落ちろ。……そんな感じだ」
「…………こわ。俺も程ほどにしておこっと……。拷問よりも裸を見られた事を怒ってら……」
「いくぞっ!」
「あいよっ!」
いつものように、白いツナギを来た細いチハルの後ろを、黒いロングダウンジャケットを着た大男のハルトが付いて走る。




