Act.14 ローグタウン...
そこはガストタウンよりも2回りほど小さい街だった。とは言っても、端から端までは5キロ以上ありそうである。
ガストタウンと同じように幾つかの高層ビルと多少の高い建物があるが、街の殆どを占めるのが2階立て程度の低い建物であった。もちろん、無傷な物など一切無く、良くて亀裂、普通で半壊しているような程度の建造物ばかりだ。
その街の、昔は乗り物が走っていたのでは無いかというような少し広めの通りをチハルとハルトは歩いていた。動くモノの気配は全く無く、無人のゴーストタウンのように見える。
「誰もいないんじゃねーの?」
気の抜けた顔でいるハルトに対して、チハルは鋭い視線を辺りに配って歩く。
「油断するな。それにここはガストタウン程、人が多い街では無い」
「チハルってなんかこの街を良く知っている風だけど、来た事あんの?」
「まあな。私が時間の壁を越えたとき、この街に飛ばされたのだ」
「それって……。この町で育ったって事か?」
「育った……。そんな良いものでは無いがな」
[カラン]
「…………」
小さな音だった。二人は石の破片が転がるような細やかな音で足を止める。視線だけを動かすと、左にある3階建ての建物、その一階部分に人影が見えた。
「街に入ってすぐこれかよ。バイク置いてきて良かったぜ」
「私のマントをかぶせて砂に埋めて隠した時のお前は五月蝿かったな」
「よく言うぜ。俺が文句言わなきゃ、マントなし、そのまま埋めようとしてたくせに……。そんな事をされちゃ、後で整備が大変なんだよ」
人影が見えた建物のすぐ前まで来ると、チハルは大きく息を吸い、そして吐き、大きな目を瞬かせて言った。
「行くぞっ! 捕らえて話を聞くっ!」
「あいよ!」
ハルトはこぶしを振り上げると、鉄の扉の真ん中を殴りつけた。扉はひしゃげ、建物の中に吹っ飛んでいく。チハルは壁の亀裂に足を引っ掛け二階に飛び上がり、割れた窓枠から中に飛び込んだ。
ハルトも一階の中に踏み込み、フロア全体を見回す。装飾品の類は一切無い殺風景な灰色の建物で、壁が壊れたところから光が差し込むが、多くの場所は暗がりとなっている。
ハルトは無闇に飛び込もうとせず様子を探っているが、それはほんの数秒だけの事だった。ハルトはある壁の影に向かってニヤリと笑う。
「おらぁ! 出て来い」
そう言いながら、左手でこぶしを作り、その甲ですぐそばの壁を強く殴った。壁は1m四方に渡って崩れて穴が開き、そこから日の光が大きく差し込んでくる。
それはフロア中程までを明るく照らし、奥にいた人影をもうっすらと浮き上がらせた。
「そこ。見えてるぜ。話を聞きたいだけだから出て来い。攻撃してこなきゃなんもしねーから」
ハルトは歩を進め、フロア中央で止まった。それを見て恐る恐る出てきた人影は、小さな物だった。
「子供……?」
立ち止まったまま様子を見ていたハルトは、その人影が見覚えのある顔だった事に驚いた。
「おおっ! コステル! お前大丈夫だったのかよ! パダ1に食われたかと思ってたぜ!」
それは、ガストタウンで左手を売ってチハルに櫛を買った少年だった。ハルトは笑顔で近づき、その少年の頭に手を乗せる。
「何でこんな遠い街にいるんだ?」
「ハルト! 離れろ!」
チハルの声にハルトは首を振る。見ると、ハルトが入ってきた入り口のずっと左に階段があり、その踊り場でチハルが銃をこちらに向けて立っていた。
「チハル! コステルだぜ! 行方不明だと思ってたら、こんな所にいたぞ」
「バカを言うな。なぜ一人でここにいる。バイクで走ってきた私達よりもどうやって早くここに来たんだというのだ」
コステルは、チハルとハルトの顔を交互に見ながら不思議そうな表情をして黙っている。
「誰かに誘拐されたとか……、何かしらの乗り物で来たんじゃないのか? 別にいいじゃねーか。コステルはここにいるんだから」
ハルトがいくら笑顔を向けても、チハルの顔は厳しいまま変わらない。
「パダ1にコステルの左手で作った銃弾を打ち込めた事から、コステル本体は確実にパダ1の体内に取り込まれていたはずだ。ハルト! いいから離れろ!」
チハルがロングマシンガンを腰の位置から肩の位置に構えなおした。それを見て、ハルトはやれやれと言った顔をしてコステルの顔を見る。
「まったく、疑い深いお姉さんですねー。コステルからもらった櫛を墓標とか言って置いてきたから後ろめたい…。……ん?」
ふと気が付くと、コステルの目は青く光っていた。体の各所から小さな煙を上げている。
―カッ―
コステルの全身は白い光に包まれた。
[ドガ―――――――ン!]
一階の壁と外壁が全て吹っ飛ぶ。支柱を失った二階より上部が、ダルマ落としのように一階にめり込むように落ちた。
二階の窓から外に飛び出して地面を転がっているチハルが見たものは、爆破解体されたように瓦礫の山となった物だった。
「ハルト……あの……バカ……」
チハルは感傷に浸る隙も見せず、すぐに向かいのビルの壁に右肩を押し付ける。今度はサウスポーに構えた銃を、通りの先から歩いてくる一団に向けた。
現れたのは、いかにもならず者と言った風体の男達だった。数はおよそ30体。先頭にいる男は、カウボーイが好んで身に着けそうなテンガロンハットを深くかぶっている。そいつはチハルの少し手前で足を止めると、うつむき加減のまま話しかけてきた。
「あの爆弾で無事とはァ……さすがだねェ」
「あんなものに引っかかるのは、バカだけだ」
爆発で崩れた正面のビルを一瞥しながら答えた後、チハルは男に言う。
「……いきなり幹部のお出ましか? カンタス自ら来るとはな」
カンタスと呼ばれた男は、右手の人差し指で帽子のつばを押し上げた。
「ジルマール様のあの従順なペットがァ……いっぱしの口を聞くねェ」
「奴はまだ健在だったか。なら100年前の宿泊代金を鉄の弾で払いに行くかな」
「おうおうゥ。勇ましい話し方にィなったねェ。昔は泣いてばかりだったのにねェ」
チハルは両手で構えていた銃を右手だけで持つと、腕をぴんと伸ばして銃口をカンタスの頭に向ける。
「お前にもずいぶん世話になった。ここだけの話し、私はお前の拷問が一番嫌だった」
「あれまァ。喜んでいたと思ったけどォ。嬉しくて手足をバタバタとしてたァんじゃなかったのかァ」
「………」
チハルの視線がより鋭いものとなった。軽口を叩いていた男も、口を閉じて革ジャンのポケットから手を抜いた。
[バタンッ]
チハルはすぐ横にあった扉からビルの中に飛び込んだ。その鉄の扉を、カンタスの後ろにいた男達の銃から放たれたプラズマが溶かす。
「捕まえろォ! 奴はプラズマが効かない不死の体だがァ、力は弱いィ! 押さえつけろォ!」
男の一人が半分ほど溶けた扉を蹴破ると、部下の兵士達は銃を持ってぞろぞろと建物の中に入っていく。その後ろから、ゆっくりとカンタスは革ジャンのポケットに手を突っ込みながら続いた。
チハルは階段を一直線に駆け上がり、3階付近で待ち構える。こちらのビルは先ほどの低いビルとは違い、下から見上げた感じだと10階程度の高さに感じた。耳を澄ませ、目を凝らし、階段から上がってきた男の頭が見えた瞬間、銃の引き金を引いた。
[ガガガンッ]
男の頭は数発の弾丸を食らって吹っ飛んだ。すぐに場所を変え、銃を放つ。男達のプラズマ弾はチハルの先ほどいた場所を消し飛ばすが、チハルは別の場所から正確に男達の頭部を破壊していく。
「20発入りの弾薬カートリッジの予備が胸ポケットに2つ、腰のポケットに2つ。今入っているのと合わせて100発。あのバカに持たせていたのは爆発で当てには出来ない」
右手に銃を持ったまま、左手でチハルは腰からナイフを抜いた。暗い建物内を素早く走り、気が付いてない男の後ろに迫ると、ナイフを横向きで男の首に刺しこむ。
[ザクッ ガガガッ]
そして右の銃では、正面にいた男の胸に風穴を開けた。
「―――っ!」
別の男が、斧をチハルの顔にめがけて振り下ろしてきていた。それを上体を反らして交わしたチハルは、体の捻れを利用して右足を振り上げる。
[バキッ ドシャッ]
即頭部を蹴られ倒れた男に向かって、一発の弾丸を頭部に撃ち込むチハル。流れる動きのまま、次の瞬間にはその場から姿を消し、上の階への階段を上がっていた。
「このペースだと十分足りそうだ。素早さを生かせるビル内なら私が有利。おまけに、縦にフロア数が多いビルだったのは幸運…っ! くっ!」
目の前に突然黒く細い鉄の棒が振り下ろされてきた。チハルはそれを側方向に宙返りをして避けた。着地と同時に身を伏せ、銃をその場所に向けたが誰もいなかった。
「良くよけたなァ……」
「カンタスかっ!」
叫んだその瞬間、チハルの背中がぞくっとした。すぐ左側に足が見えていたのだ。
「くっ!」
チハルがなりふり構わず避けたところ、その床を細い警棒のような物が砕いた。チハルは地面を後ろ向きに二回転がると立ち上がる。正面には薄笑いを浮かべているカンタスがいた。片手に一本ずつ鉄の棒が握られている。
[ガガガガガッ]
チハルは銃を撃ったが、引き金を引く瞬間にはカンタスが目の間にいなくなっていたのを認識していた。
[ドスッ]
チハルの体はくの字に折れ曲がる。今度は自分の意思では無く、転がされた。立ち上がったチハルは、ナイフを持った左手でわき腹を押さえて顔をしかめている。
「痛みはァ、多少ゥ、感じるンだよねェ」
カンタスの言うとおり、チハルのわき腹はジンジンと痛んでいた。チハルの体は損傷する事は無いが、本来の痛みの10分の1くらいを感じる。もしチハルもロボットだったとしたら、あの鉄の棒で体を切断されていただろう力のある一撃だったと感じ取った。
[ガガガガッ]
痛みに耐えながら撃ったチハルの弾は、誰もいない壁にめり込んだ。慌てて場所を変えようとするチハルだったが、その右腕に焼けた鉄の棒を押し付けられたような痛みが走る。
[ガシャ]
「おいおいィ。銃を落としちゃァ駄目でェしょォォ」
チハルは左手のナイフをカンタスに向けながら、右手を床に向かってだらりと伸ばしたまま後ろに下がる。
しかし、その後方にかなりの数の人の気配がした。カンタスの部下がこのフロアに到着したようだった。それを見たカンタスは、鉄の棒を収縮させて掌サイズにすると、ジーンズの後ろポケットに仕舞う。そしてチハルに向かってバカにしたような顔で言った。
「チェックゥメイトォ」
だが、それに続いてどこからか声が聞こえてきた。
「……ぉぉぉお! 待ったぁ!」
[ドガァ―――――ン!]
その瞬間、チハルから少し離れた場所の床が弾け飛び、上に吹き上がった。床の破片と共に現れたボロボロのダウンジャケットを着ている男は、床に立つとフロアを見回した。
「いただきぃ!」
もちろんハルトだった。爆発の直撃を受けたとは思えないような動きでチハルを担ぎ上げ、彼女の銃を拾ってそのまま壁に一直線に走ると、派手な音と共につき抜けた。
「しまったァァァ! 俺のォ、手柄がァァ! 手柄にしないとォいけないのにィ! 幹部への復帰がァァ!」
カンタスは壁際に行き、砕かれた穴から下を見下ろす。ハルトはその階まで聞こえるような大きな音をさせて地面に着地をしていた。
「お前らァァもォォ、行けェェエ!」
カンタスは自分と同じように下を覗いていた部下の肩を掴み、壁の外へと突き落とした。
7階から落とされた部下は、地面に叩きつけられたまま起き上がることは無かった。




